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  • 2015.07.11 Saturday
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水の中に見え隠れする魚たち

 水の中に見え隠れする魚たち

                                                    宇津木 洋 

    1 手と足の反乱


 夜の一〇時過ぎ、入浴もすませ、家族からも離れて、彼は、ようやく一人きりの部屋に引きこもった。
〈さて…〉と、くつろいで、冷蔵庫から持ち出してきた缶ビールの栓を開け、コップに注いで、一口飲んだ。
 すると、はたしてゼンソクの小悪魔がやってきて、彼の気管支の中で、ゼロゼロ…、ゼロゼロゼロ…、ゼロ… と、調子外れの音楽を奏ではじめた。いつものことで、特別のことではない。アルコールを摂取すると、たいていの場合、まず、喉の奥の方から、あまり愉快とはいえないメロディーが鳴りはじめるのだ。そのまま放置すると、次第にトーンが上がってやっかいなことになる。彼は急いで、机の周りを見回し、ずぼんのポケットを探り、それから昼間着ていたブレザーコートをさがしだした。たしか、そのポケットに喘息用の吸入薬を入れておいたはずだ。応接間のテーブルの横の床に、脱ぎ捨てられたブレザーコートが見つかったときには、正直ほっとする思いだった。吸入薬を一回、そして二回、と吸い込むと、息苦しかった呼吸がやや落ち着いた。
 それから、彼は、しばらくパソコンに向かって、書きかけの雑文の続きを考えていた。

《……日常生活の中で目にする何でもないありふれた心の動きを、文章の網でさっとすくいとるのだ。心は水の中に見え隠れする魚である。魚たちは、くすんで目立たない色をして水中に出没する。底の方でちょろちょろ動き回るこれらの水中生物は、街のスーパーマーケットで見かけるいろんな人の顔や姿と同じように、ほとんど注目されず、思い出されることもないままに、川の中を通り過ぎていく。たとえば……》

 しばらく考えても、次が浮かばなかったので、彼は椅子から立ち上がろうとした。
 立ち上がって、どうするつもりだったのか。たぶん、台所へ行って酒のツマミでも取ってこようと思ったのではなかったか。あるいは自分の担当業務である食器洗いをまだ終えていなかったことを思い出したのかも知れない。

 ちょうどそのとき、〈あいつ〉がやってきた。
 
 彼は椅子から立とうとして、意外なことに、それが出来ないことにきづいた。
「おい、まさか?… そんなことあるわけない…」
 頭は非常にはっきりしていた。
 ただ、身体を持ち上げようとすると、足のやつがまるでこちらの言うことをきいてくれないのだ。そのせいで彼はついに椅子から崩れ落ちてしまった。
「おいおい、ばかな」
 そう思いながら、彼はなおも起き上がろうとした。しかしまるで駄目。起き上がれないばかりか、ついに床にうつ伏せになってしまった。さらに手で身体を支えて立とうとした。けれども、手までが気まぐれをおこして、こちらの意向どおりに働いてくれないのだ。
「そんなあほな」彼はほとんど声に出していった。「動こうとしさえすれば、動けるはずなのに」
 呼吸が激しくなっていた。ゼンソクの発作がおさまらないのだ。窒息による苦しさがないのに、ゼーゼーと息が早く激しい。どうもそれが酸素不足の原因になっているような感じでもある。身体がもちあがらず倒れた姿勢で、肺を床に押しつけるような状態で、これはまずい、このままではどうもよくない、という思いがあった。
 この有様では、来週予定されている職場親睦会のソフトボール大会に出られるだろうか、という懸念が、まず彼の心をよぎった。彼はその大会を楽しみにしていたのだ。次の瞬間、それどころではない、いま倒れたら家族が大変なことになる、という考えが頭にひらめいた。
 どれくらいのあいだ、そうして倒れていただろうか。そう長くはない。おそらく三分ていどだったのではないか。おさまるのを待ってもよかったのだが、自力で起き上がりたい気があって、何度目かにいよいよ本格的に力を入れると、やっとのことで立ち上がることができた。

 立ち上がってもまだ感触が奇妙だった。
 さっそくパソコンのワープロファイルを開いて、指を動かしはじめた。今経験したばかりの危機を記録したかったのだ。
 そうしながら、彼は手を伸ばして、ビールのコップをつかんだ。指に力が入らなくて、コップを少し持ち上げだけで落としてしまった。コップはひっくり返って、ビールが机から床にこぼれた。彼はあわててコップを起こし、残っていた缶ビールを注いで、それを空けた。

 そうすると、いつのまにか、〈あいつ〉はいなくなっていた。

    2 ガラクタが輝く

 ふと気づくと彼は見るともなく部屋の様子を眺めていた。
 床の上にとりとめもないガラクタの類が乱雑に積まれてあった。
 シワくちゃに丸められた紙片、インクが出なくなったボールペン、何かの木の切れ端、ホウキ、チリトリ、ティッシュペーパー、目覚まし時計、缶詰の空き缶、コップ、スプーン、ホッチキス、ハサミ… 
 いずれも、ありふれて詰まらないものばかりである。
 これが自分の存在の中身だ。自分の中にあるのは、光を発することがない色あせたガラクタばかりだ。平凡で冴えないガラクタを、いくら一か所に寄せ集めてみても、そこから価値あるものが生まれてくることはない。……「
 そんなふうに思いながら、彼はその光景を眺めていた。
 
 次の瞬間、驚いたことに、そんなガラクタの山に微妙な変化が生じた。色褪せてくすんだガラクタが、にわかに生気を帯びはじめた。いずれのガラクタも、互いに関連をもちながら、意味に満ちて息づいている。彼はその光景をじっと眺めた。
 そうか、ありふれて詰まらないガラクタがこんなふうに輝くのだ。水のない小石ばかりの川原を見ていると、いつのまにかさらさらと水が流れはじめた、という詩は、このことを言っていたのだ。

 われに返ると、彼はベッドに横になっている自分を見出した。何だ、夢だったのか。

    3 本社からの電話

 朝、会社に行くとき、今日はこれこれの仕事がある、この仕事を片づけよう、と思うことは、三谷秀彦にとって、一つの楽しみでないこともなかった。
 たしかに、仕事は山と積まれている。それを一つ一つ片端から片づけていかなければならない。
 日々の暮らしのためには不可欠でありとても有難いともいうべき給料をいただいて、そんな仕事に従事しているからには、それから逃がれることはできない。そうだとすると、ただいっときも早くそれを片づけて、〈自由〉になりたい、というのが、偽らぬところだった。
 伝説の巨人が、大山をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、大奮闘するように、自分にとって本質的でもない課題を、きれいさっぱりと平らげてしまって、楽になりたい、まず何よりも彼の頭のなかにあるのはそんな思いだった。
 きれいに片づけたら、それで楽になるかというと、必ずしもそうではない。
 その前方には、さらに別の仕事ややっかいな案件が待ちうけている。それでもとにかく今の仕事を早く片づけてしまいたい、そうすれば一息つける、という気になるのだ。
 そもそも、その課題というのが、自分が人生について抱いている関心事とはおよそ無関係であり、自分の精神生活にとって意味あるものとはとてもいえない。いや、むしろ、明らかに無意味といっていいものばかりだ。それを考えると、どうしてそんなことにそれほどまでに頭を傷めて苦しまなければならないのか、もうたくさん、という思いにもなる。
 とはいうものの、自分にとって本来意味もなく面白くもないそんな課題でも、実際にそれに従事していると、頭が活力を帯びてきて、次第に自分の能力が目ざめてくる。そうなると、それを見事に手際よく片づけることへの意欲がわいてきて、そこに楽しみさえ感じるようになるのである。

 いま目下、秀彦が片づけなければならない仕事は、年一度の検査を受けるために提出を求められている資料を作成することだった。
 検査は、検査当局から派遣される三名の職員によって行われる。通常、〈重箱の隅をつつくような点検〉が実施されて、そこで、たまたま重大なミスやゴマカシが明らかになって、窮地に追い込まれることもある。自分の失策、無責任、欠陥、無能のほどが、白日のもとに曝されて、致命的な〈失格の烙印〉を押されることになるのではないか、という不安がある。
 何でもない普通の日常の傍らに、目に見えないそんな恐怖が広がっているのである。

 その日、朝から、秀彦は、さっそくパソコンの前に座って、資料作成の作業にとりかかった。一年間の実績の数字をあちらこちらの書類から拾ってきて、決められた書式の空白を数字と文字で埋めていくのだ。作成期限は一週間後に迫っていて、あるていどの余裕をもって何とか仕上がるだろう、と彼は見込んでいた。
 彼の担当する仕事は、ちょうど、一年中で一番忙しい時期にさしかかっていた。三か月後までに片づけてしまわなければならない案件が書類の山として待ち受けていた。それが彼の担当する本来の仕事で、彼は一日も早くそれに取りかかりたいと思っていた。けれども検査が目前に迫っていて、当面まずそちらを片づけるほかない。
 そんな状況の中へ、さらに先週末に、本社から突然予期せぬ調査書類が送られてきた。こういうことは今の職場へ来てから、ひんぱんにあった。この忙しいときに、と秀彦はかなり腹立たしく思ったので、一部手間を省いて、ちょっとばかり適当でいい加減な報告をしておいた。

 夕方までにこれだけは片付けようと考えていた仕事に取りかかってまもないころ、本社○○課の担当から電話の訪問を受けた。
「○○課の松島です」と親しさを交えた丁寧な声音で電話の主はいった。「先週ご報告いただいた××調査ですけれど、三か所ほど数字がおかしいので、もういちど拾い直していただけますか」
 うーむ。やっぱり来たか。
 松島というのは大柄で頑丈そうな体格の人で、右手の肘から先半分が欠けていて、左手で受話器をもつのだ。文字も左手で器用に書く。そんな目につく身体上のハンディをもっていながら、彼は少しも悪びれたところがなく、相手が嫌がることや抵抗を見せてしぶることでも、必要なことはしっかりと伝えるタフさをもっている。彼の語りかたには、この仕事をしているからには、当然、かくあるべきだと感じさせる調子がある。
 こうなってみると、秀彦も、自分ながらいい加減な報告をしたものだ、恥ずかしい、という思いを感じた。けれどもタカが調査、どうせ大した意味のない調査じゃないか、と開きなおる思いもあった。
「うーん。どうすればいいのですか」彼はムッとなるのを抑えて松島に答えた。「いちいち書類をめくって全部拾うとなると、大変ですよ。いま検査の資料作りとか、××とかが重なって、余裕がないところ…」
「そうですか」と松島は受けて、ちょっと間をおいて、親しみを込めた口調を崩すことなく、これこれこうしたらいい、と説明した。
 簡単に言ってくれるなあ、とこちらは思う。そこまでやらなければならないのだろうか、この大変な時期に。 
「忙しいところ、すみませんねえ」と松島はひるむ様子もなく、しかも適度な気軽さを込めた調子で言う。「できたら今日中に、できるなら少しでも早めにご回答願いたいのですが。部長に報告しなければならないので」
 本社の部長といえば、社では大層な存在である。松島は、雲の上の偉い人(逆らおうなどとは夢にも考えることができない人)から命じられて、今回の調査にのぞんでいるのだ。その立場も考えなければならない。
 松島としては、当然、いい加減なところで要求を曲げることができない事情があるのだ。そんなことをすると、いい加減な数字の責任が彼の身にかかってきて、彼自身が恥をかくか、窮地におちいることになるだろうから。
 秀彦としても、そんな松島に逆らって、相手の立場を危機におとしいれることも、そうすることによって自分を不快な立場に追い込むことも、もちろんできない。
 お互いに、給料をもらって生活している身であってみれば、このていどの労は当然のこと、いや、もっと理不尽なことだって、身を惜しまずに引き受けて、何としてでもそれなりの結果を出すのが、われわれの職業人気質というものなのだろうから。
「わかりました」と、秀彦は返事した。「何とかやってみます。…」
 そう答えたものの、不満があるので、彼は、すぐには要求された作業に取りかからなかった。あらかじめ予定していた作業をそのまま進め、昼前になってようやく松島からいわれた作業に取りかかった。
 そうするうちに昼休みのチャイムが鳴ったので、彼はさっさと昼食に出た。

    4 町の大衆食堂

 昼休み、三谷秀彦はいつも単独で行動した。
 何人かで誘い合って食事に行く人たちを見ると、彼は自分を欠陥人間のように感じた。一人の方が気楽だ、人といっしょにいると、自由な気分になれない、というのが、彼の自然な傾向だった。同時に、人も、彼といっしょにいると退屈で面白くないだろう、彼を避けたいと思うだろう、と気遣うところがあった。どこへ行っても、彼は知った人と出食わすことを避けようとしている自分を見出すのだった。
 食事に向かう途中、元同僚の桐原吾郎と出合った。桐原は、秀彦が以前所属した職場の年下の同僚で、かつては、仕事の関係でいっしょに行動することも多かった。
 桐原吾郎にもどことなく孤独の影があるように秀彦には見えた。といっても、桐原のほうは、色気が多くて、あちらこちらへ頭を突っ込んで行く傾向があって、それが彼を社交的にも見せていた。
 人にはそれぞれ特有の癖、性格の偏りのようなものがある。桐原吾郎の場合にも、そのような偏りがあった。それがどのようなものであるか、つきあっていると何となくわかるものだが、言葉でいうのは難しい。たとえば神経質というのもその一つである。人から批判されたとか、悪く言われたとかいったことを、桐原は、かなり極端に気にするところがあった。そんなとき、彼はしきりに繰り返し自己弁護して、自分は悪くない、相手が間違っている、という理由をくどいほどに何度も並べ立てる。
 もちろん、それ自体は、誰にでもある普通のことだ。批判されると、人は自分の人格が危機におとしいれられたように感じ、自然の防御反応が起こる。それが強い場合には、ちょっとした恐慌状態におちいるのだ。三谷秀彦には、とりわけ桐原のそういう点が印象に残っていた。桐原は、そうした危機を人より強く感じる性分なのかも知れない、と思ったものだった。
 秀彦は、軽く桐原に会釈して、そのままやりすごそうとした。当然相手もそうするだろうと予期したのだ。
「三谷さん、いっしょに食事にいきましょうか」と桐原は誘った。
 予期しない展開で、秀彦は一瞬戸惑った。ちょっと煩わしい気がしたけれども、彼は、すぐに心をきめて、いいだろう、それじゃ行こうか、という気になった。

 会社の周辺には、従業員目当ての安食堂が幾つかあった。桐原が先に立って入っていったのは、そんな中でも小さ目の大衆食堂だった。どんぶりもの、うどん、ラーメン、カレーライス、チャーハン、焼きそば、などのほかに、幾種類かの定食があった。
 メニューを見てから、桐原は天ぷらどんぶりを注文した。三谷秀彦はちょっと迷ったすえに、カツカレーに決めた。
「久しぶりですね。三谷さん」と桐原。「いまの職場はどうですか。いいところですか」
「いやあ、けっこう大変なところで」と秀彦。「早く別の所へ変えて欲しいと願っている。これからちょっと忙しくなる。検査も近づいているし。でも、いくら忙しくて大変でも、それはいい。仕事だからね。参ってしまうのは、やっかいな難問が舞い込んできて、それが重荷で悩むこと。これまでいろんなところに転勤してきたけれども、こんなに悩んだことはない。自分はこの仕事に向いてない、とつくづく感じる」
「残業はあるの?」
「うん、あるよ。実のところ、ぼくは、仕事が忙しくても、なるべく残業したくない主義なんだけど、周りがみな技術職の人たちで、彼らは、年中掛け値なしに忙しい。毎日遅くまで居残るのが当たり前の世界になっていて、彼らは彼らで仲間意識が強い。こちらもある程度つきあわないと、まずいかな、と思ったり、つきあいきれないよと思ったり。何しろこちらから彼らに頼まなければならない仕事も結構あるのでね。残業を当然と受け入れる心がこちらにあれば、それで問題はないのだろうけれども、時間外まで仕事に縛られるのは、自分の意に反していると感じるので、本当はひどく憂鬱なんだよね。この状況は、ストレスがたまってよくない」
 注文の品が運ばれてきた。
 桐原は天ぷらどんぶりに箸をつけ、秀彦はカツカレーのスプーンを握りながら、しばし黙した。

「そうですか。それは大変ですねえ。職場社会には、ストレスがつきものですからね」一瞬の間があった後、桐原は、店内を見回して言った。「ぼくもこのごろ、南田さんのにぎやかなおしゃべりに悩ませられて、ストレスがたまりがちなんですよ」
「南田さんは相変わらず?」
 南田さんというのは、中年のベテラン事務屋で、三谷秀彦もかつて数年間同僚として同じ事務所で過ごしたことがある。彼女は、いわゆる「能天気」という言葉が当てはまるような、陽気な女性で、ヒマさえあれば、若い人たちをつかまえておしゃべりして、賑やかな声で笑う、といった印象があった。もちろん、仕事はきちんとやる。見かけとは別に、個人的にも仕事の上でも、それなりに悩みを抱えてもいるようだった。いつも能天気にしているわけではないが、とにかくそういう印象が目立っていた。
 桐原は以前から彼女と性が合わないところがあった。彼女の声のみならず、存在そのものが彼を悩ませるらしかった。彼女の派手なしゃべり声を聞きながら、桐原は、机に向かって、何も言わすに仕事をしている。彼女に対する苦情めいた様子は外に出さないでいながら、ときおりぽつりと「騒音公害やな」とつぶやいたり、「最近はこんなもんで防衛してるんですよ」と耳栓を取り出して、秀彦に見せたりした。彼女からちょっとした雑用を回されると、桐原は、「へい、へい。わかりました。やっておきます」と愛想のよい声でいったあと、彼女が立ち去ると、「自分でやればいい。腹立つなあ。…あ、いかんいかん。腹を立ててはいかんな」と声に出してつぶやいた。
 おそらく相性というものだろう。周囲の人たちは、彼女と普通につきあっていて、彼女の声にそれほど特別なストレスや反感を感じているようでもなかった。
「とくにこのごろ奇妙なふうに彼女が意識されて困ってます」天ぷらどんぶりのエビ天を一口かじってから桐原は言った。「たとえば歩いていて、前方に彼女の姿を目に留めると、ぷいと横を向いてしまいそうになるんです。彼女をひどく嫌っていることをおもてに見せてしまいそうになる。見せたら相手はそれを察するだろうし、ぼくへの不快感をますます強めるにちがいない。そうなるとさらに関係が複雑になって、近くにいるのがいよいよ気まずくなってしまう」
「うん。わかる、わかるよ」三谷秀彦はトンカツの一切れを口に放りこみながらいった。「相手は南田さんじゃないけど、似たような経験がぼくにもある」
「こちらが南田さんを不快に思い嫌っていることを、南田さんも何となく感づいている、そのために、彼女はぼくを許せないと思い、心でぼくを批判し軽蔑する気持になっている、という気がする。こういうことは互いに微妙にわかりあうものですからね。心の内が表に出てしまうことをぼくは恐れていて、なるべくそれを隠したい。いや、隠すよりも以前に、できるならばそのようなものを感じないでいたいと思うんです。正確に言うなら、ぼくがそう思うというよりも、〈ぼくの心〉がそう思うのを、ぼくはただ見て知るだけなんですけどね」
「なるほど、なるほど」笑いながら秀彦は言った。「心は人の意向に関係なしに、勝手に動いて行く。ぼくらは、心がどう動いていくかを〈見る〉だけで、それをどのように動かそうとか、どのように動かさないでおこうとかと考えても、なかなか思うとおりには行かないものだからね」
 桐原は天ぷらどんぶりを半分近くまで平らげた。
「ぼくが何よりも願うのは」桐原はさらに話を続けた。「彼女の〈おしゃべりの洪水〉が氾濫する川辺に立っていても、それを〈馬の耳に念仏〉みたいに聞きながしてしのぐことができる、そんなコツを感得したいということです。そうできれば動揺も不快もなく、平静でいられるわけですからね。実際ぼくは何度もそのコツを感得しました。そうすると、信じられないくらいに心が軽くなります。けれどもそれは一度感得してそれで終わり、というものじゃないんですね。その都度新たに感得する必要があるんです」

 三谷秀彦は、先日読んだ入門的な心理学の本のことを思い出した。
「このまえ読んだ本の中で、女性の心理専門家が書いていたよ」と彼は言った。「社会生活をするなかには、誰でも〈どうにも虫が好かない人の二三はあるもの〉だって。〈そういう感情を人に対して持つことはありふれた普通のことで、何ら不自然でも異常でもない〉んだって」
「そう。人と人の間には、自然に発生する奇妙な好き嫌いがあるようですね」
「その本の中で、面白いと思ったのは」と秀彦は続けた。「最近、〈亭主在宅ストレス症候群〉とかいうのが、話題になっているという話。たとえば、普通のサラリーマン。通常、昼間、亭主は働きに出て、家にいない。定年退職後、亭主が一日中家にいるようになってから、妻が強いストレスに害されて、身体を悪くして、病院にくる。症状はいろいろのようだけれど、たとえば肝機能、高血圧、胃かいよう、ぜんそく、不安神経症といった具合」
「その話なら、ぼくもいつかテレビで見たことがあります」と桐原。「深刻な話ですねえ。今、その話を聞いて、ぼくは、白洲次郎が言ったというおもしろい言葉を思い出しましたよ。『夫婦円満の秘訣は?』と尋ねられて、白洲次郎は『夫婦が一緒にいないこと』と答えたそうです。彼の奥さんはご存じのとおり、ご主人に劣らずユニークで個性豊かな女性で、文筆家としても名前を知られた白洲正子さんです」
「神経質な人の場合」秀彦は自分が話し始めたテーマをさらに続けていった。「たとえ家族であっても、同じ空間にずっといしょにいなければならないというだけで、相当なストレスを感じることがある。亭主がずっと家にいるために余計な手間が増えるってこともある。食事も作らないし、家事もしない亭主が、家でゴロゴロしながら、小うるさく指図をしたり、『おい、コーヒー』と注文したり、妻が外出するのをいちいち嫌がったり、妻の買い物についてきたり、なんてことになると、奥さんもたまらないだろうからね。妻が家を空けるのを嫌がる亭主は、日本にはいまだにあるそうだから。あるいは亭主がこまめで、家の中をクルクル動き回って働くってのも、いいようでいて、奥さんは落ち着いてのんびりしていられない。一時期、〈粗大ゴミ〉〈亭主は無事で留守がいい〉といった言葉が、おもしろ可笑しくもてはやされたのも、まさに奥さん方の気持にぴったりフィットするところがあったからなんだろうね」
「怖い話ですねえ」と桐原は言った。「われわれも気をつけないと、何が起こるかわかりませんね。知らずに奥さんにストレスを与えつづけていて、ある日突然サヨナラなどということになるかもわからない。熟年離婚などというものも増えているそうですからね」
「ダンナが家にいる間、心が落ち着かない、何も手につかない」と秀彦は続けていった。「亭主の一挙手一投足が気に障って腹が立つ。出かけるのなら早く出ていったらいいのに、家にいるだけで息が詰まる、といった状態の奥さんも多いらしいよ。奥さんの方も、自分が望んでそうなるというよりも、心が勝手にそうなるのだから、やっかいだね」
「そうそう、心が勝手にそうなるのだから、始末に終えない」と桐原。「ぼくが南田さんに対して感じるものと本質的に似ていますね。ほんとうにやっかいなんですよ」
「ある中年夫婦の例で面白い話がある。(笑ってはいけないな、深刻な話だから)」秀彦はさらに続ける。「小学生の娘が摂食障害を起こし、妻がそれを気に病んで体調を崩した。医者に行くと、妻はストレスによる肝機能障害だといわれた。その後、何年ものあいだ妻の病状はよくならないどころか、悪化する一方だった。ところが、一〇年後、夫が単身赴任で家を空けて東京へいくことがあって、その間、妻の病気が嘘のように改善した。さらに、その後数年して、夫が単身赴任を終えて家にもどってくると、妻の症状もまたいっしょに帰ってきたとか」
「うーん、なるほど。すごいですねえ」と桐原はいう。「そうなるとダンナの立場がありませんねえ。長年にわたり、家族の生計を維持するために、不本意な時間外労働を続け、逃げ出したくなるのを耐えて精励刻苦してきたのに、定年になって夫が家にいるようになると、妻の身にあらぬストレスがかかって、病気になってしまう。妻だって、家族に対する夫の功績を過小評価しているわけではない。ただ、妻の病気という余りにも明白な事実が、ストレスや不満を白日のもとに照らし出すのですからね」
「このまえインターネットで調べたところ」と秀彦は付け加えた。「最近は、〈妻在宅ストレス症候群〉というのも、あるそうだよ。こちらは、奥さんが家庭にいることによって、亭主が病気になる話だけれど」

 ここまで話すうちに、ようやく秀彦はカツカレーを食べ終え、ほとんど同時に桐原も天ぷらどんぶりを平らげた。空になったカレーライスの皿と天ぷらどんぶりの鉢を前に、さて、店を出ようか、どうしようか、と二人は向き合った。
 桐原はいま少し話し足りない部分があると思ったのか、先ほどの話を補足しはじめた。
「南田さんが目の前からいなくなると、ぼくの緊張はやわらいで、楽になります」と桐原は言った。「彼女が目の前にもどってくると、再びぼくは緊張しはじめるのです。それは主として、彼女を不快に思っている様子を彼女に見せたくない、彼女をそばに感じる時の心のこわばりを隠さなければならない、と思う緊張です。彼女の傍にいると、微妙な感じとして、自分の様子に彼女への不快な感情が出てしまう、と恐れ、ぼくは、実際にどのように振る舞ったらいいのか、困惑するのです。陽気に楽しそうにM**君やS**氏と話す彼女の声が聞こえると、彼女はぼくを軽蔑し、ぼくにあてつけているのだ、と感じます。何とかそのような状態から抜け出たいと思って、彼女と周囲の人たちの間の会話に入りこもうと、ぼくは、一言ことばを挟むのですが、南田さんは、明らかにぼくにあてつけるようにそれに振り向かないで、他の人との会話を続け、さらに他の人の方に向けてばかり話そうとするです。彼女はこのところぼくにものをいうとき、奇妙にていねいに気を遣って、『忙しいところ恐縮です』などと、改まって丁重すぎることばをつかいます。そのことばがぼくへの不快感の表れなのだと、ぼくは察知してしまうわけです」

    5 もやの中の出来事

 何だかよくわからない経緯があったあと(それがどんな経緯だったのか、はたして経緯などというものがあったのか、経緯などというようなものは何もなかったといったほうがいいのではないか)、彼らは四人で、ある人物を殺しに出かけるところだった。何でも、身内か仲間が受けたひどい傷害に対して、その加害者に怒りの一撃を加える必要がある、といったことらしく、そうするのが、世間的にも、正義の上でも、当然の権利であり義務でもある、というような事情が、前提として厳としてそこに存在するようだった。
 いきなりそんな状況の真っただ中に投げ込まれた彼は、次第にわれに返って、こんな大変なことに加わっていいのだろうか、と強い戸惑い、不安を感じ始めた。不安と戸惑いのなかで、殺害を行う場面が、彼の脳裏のスクリーンに鮮やかに浮かんだ。彼らのうちの一人がある人物の身体を短刀で突き刺し、次の者がまた一刺しし、次々と四人が凶器を振り下ろした。最後の一刺しはおそらく彼だったのだ。こんなふうにして、彼は、仲間とともに、一人の人間を殺すことになるのだろうか。… 

 彼は、従来から、死刑廃止論に共鳴していた。個人的であれ、社会的であれ、恨みを晴らすためであれ、制裁のためであれ、たとえ正義と法の名においてであっても、人為的に人の命を奪うことには大いに疑問を感じる、と思うところがあった。
 けれども、そんな個人的な信条とは無関係に、現に、いま彼らは、四人でグルになって、一人の生命を滅ぼすために出かけてきたのだ。先頭に○○氏と××氏が歩き、後から少し離れて、彼が誰か知らない女性と並んで道を進んでいく。子どももいっしょにいたのだろうか。彼が小さな娘を腕に抱きながら歩いている場面が部分的にあったようだが、単なる空想だったのか、現実だったのか、はっきりしない。何しろすべてが朦朧たるもやの中で進行しているような具合だった。
 そういえば、さきほど彼は仲間から何か知らない品物を手渡された。何であったのか、多分、殺しのために必要な品なのだろう。
 さらにしばらく歩くと、同行の女性が「これまだ渡してなかったね?」と言って、薬の入った袋のようなものを彼に見せた。彼女はそれを彼の服のポケットに入れた。毒薬だと彼は思った。
 そんなことはしたくない、何とかやめられないか、という思いがますます高じてくる。しかし今さらやめるとは言い出せない状況になっている。…
 しばらく行くと、同行の女性がぽつんと言った。
「嫌だね。どうしてこんなことになったんだろう」
 彼女も本当は気が進んでいない、やめたいと思っているのだ、と彼には感じられた。
 彼はついに心を決めた。
「やっぱりぼくは止めとくわ」
 彼はそう宣言し、宣言を確かなものにするために、手に持った容器の中身(多分仲間から人殺しのため手渡されたものだろう)を、「えい!」とばかりに路上にぶちまけた。ぶちまけられた中身は、アイスクリームのような感じで、ぺちゃりと地面にぶつかって、周囲に広がって飛び散った。


    6 検査がすぐ目の前に

 今の職場へ来てから、三谷秀彦は、仕事のことで気持が萎縮するようなことが次々と続いて、精神的に参っていた。これまで所属してきた部局では経験しなかったような苦しい状況が、次々と彼を襲ってきた。
 仕事量が多くて忙しいだけなら、何もいうことはない。仕事の処理の仕方はわかっているのだから、残業しながらでも、時間をかけ、手間をかければ、いずれ片づいていく。
 たしかに、中にはあれかこれかと迷う案件があって、その都度頭を悩ませなければならない。頭を悩ませながら、責任を追求されても大丈夫というもっともらしい理屈をひねり出して、処理していくわけだが、ときにはどうにも決めようのない案件があって、えい、とばかりに処理してしまうこともある。それが明るみに出されたら、責任を問われて、無防備に責められる立場に置かれることになるかもしれない。
 いや、しかし、この程度のことは、どんな仕事にもつきもので、まだ大した苦労ではないのだ。
 もっと深刻なのは、ときどき臨時的に降って来て、彼を悩ます難問にあった。そうした難問は、一難去ってまた一難とばかりに、次々と降ってきて、信じられないほどの悩み、苦しみを彼に与えるのである。
〈自分にとってはとても荷が重い、いっそのこと逃げ出したい〉と思われるような問題、〈そんなことをしなければならないのか、もう嫌だ〉と思われるような案件が、彼のいまの担当には、ことのほかに多い。
 その都度、彼は頭を悩ませながら、自分に問いかけるのだ。
〈こんなつまらないことで、どうしてこれほどまでに苦しむのだ。何も大したことはないではないか。他の人なら朝飯前に片づけただろう。…〉
 彼は、穴ぐらに追い込まれたウサギみたいに青ざめて必死の形相になっている自分を見出す。それを人に知られたくないと思い、さりげない顔を装って隠そうとする。
 自分の意思とは関係なしに湧いてくる深刻な不安感情が、有毒な分泌物のように広がって、心を蝕んでいくのがわかる。
〈これはまずい。とてもよくない〉と思いながら、彼は、心に蔓延する不安感情を懸命に鎮静させようとする。〈だいじょうぶ。何も恐れることはない。こんなことはすべて本質的に取るに足りないことだ。自分の存在のすべてがかかっているわけではない。一年後の状態を考えてみるがいい。過ぎ去ればすべて終わって忘れ去られているだろう。…〉
 自分に向かってそんなふうに言ってみても、直面する問題から解放されるわけではない。問題を放置して、自分の無責任性をさらけだすことはできない。
 これこれこうして、こうすればいい、と彼は、問題の処理方針を自分に向けて繰り返す。あとはそれを実行に移すこと、解決に向かって現実的、具体的に進んでいくだけだ。しり込みしたくなるような課題である。しかし、それを避けて通ることは、問題の先送りにしかならない。
 こうした事態に次々と直面するうちに、不安が心に常駐するようになり、彼の精神は次第に弾力を失って、〈メゲ〉てきた。「メゲル」という言葉は、関西方面で「壊れる」という意味である。「地震で家がメゲた」などという。強いストレスが長期間続くと、脳の細胞が壊れて萎縮するというような話を、彼はいつか何かの本で読んだ。
 このところの状態はちょっとやばい。何か問題が生じるたびに、彼の精神は過剰反応を起こす。濃密な不安物質が心全体に広がって、必要以上に筋肉が硬直状態におちいり、心が麻痺して働かなくなる。
 とはいっても、彼は完全に〈メゲ〉たのではなく、そんな中でもまだまだ何とかやっていける状態にあった。

 彼の課のメンバーは、課長をはじめ七人で、彼以外の六人はみな技術職だった。技術職は年中忙しく、連日夜遅くまで残業するのが常態となっていた。そんな中で事務は彼一人であり、彼の性格が陰性であるせいもあって、気軽に周囲にとけ込めない状況があった。技術職の連中は、連帯感が強く、互いの間で共通の知識、経験を共有していて、困ったときには、教えあい、助け合っていた。
 秀彦は、仕事上の問題を人に相談できないことが多かった。課長の岸上氏に相談すべきなのだが、課長も技術職であるうえに、事務のことにそう精通しているようではない。課長自身、難しい問題を抱えて大変なのが傍目にもわかる。そのころ、課長は課長で、頭をいためる大きな問題に直面していて、連日連夜、所内の打ち合わせや、関係団体との交渉に駆け回っていた。そんな課長に、彼自身の詰まらない小さな問題で負担をかけることはできないと感じられた。本来、秀彦が抱える問題は、自分が専門なのであり、自分で処理しなければならないものだ、と彼は感じていた。
 
 三谷秀彦の隣席の、若い森野光男のところへはあちらこちらの人がよく来て話し込んでいった。若い女性たちもときどきくる。森野は、ついこのごろ結婚したばかりであるが、人付き合いがよく、いろんな人に話しかけ、話しかけられ、言葉を交わす相手が多いようだ。
 秀彦はどういうわけか、最初の顔合わせのときから、森野とは相性がよくないと感じるところがあった。用があったら言葉を交わすが、気軽な雑談というものができない。
 もともと秀彦は自分から人に話しかけない性分だった。そのせいもあるのだろう、人からも話しかけられることがあまりなかった。当然、親しい友人もできなかった。自分が黙りがちであるために、しばしばまわりから浮いているように自分でも感じ、人からもそう見られていると思いがちで、それを不都合なことのように感じていた。それだけに、用があって人と言葉を交わす機会が訪れると、彼は、ほっとするところがあった。
 人と親しく個人的に話し込むことは、秀彦にはめったになかった。どこかで知った人と出会っても、すぐに別れようとした。たまたま必要から長く同席する時間が生じない限り、彼は人と親しく長く話すことをしなかった。
 森野に対し悪い感情をもっているというのではない。どちらかというと、森野は、意外に繊細であり、音楽や文学方面のことにも関心がありそうな印象があり、秀彦が興味を感じることのできる部類の人間かも知れない気がしていた。ただ、どうしてそうなるのか、秀彦は、森野と顔を合わすのも具合悪く、戸惑う状態で、いつも妙にそっぽを向き合うことになった。
 傍にいると当惑を感じ、相手もこちらに対して似たような当惑を感じている、という気がするのだ。
 自分が感じる当惑よりも、相手が感じるであろう当惑の方が、もっと秀彦を当惑させた。

 まだいくらか日数があると思っていた検査が、すぐ目の前に迫っていた。
 景気が落ち込んでいる時勢もあって、最近の検査は、念が入っていて、手厳しい、という認識があった。それを実施する側は、できるだけ間違いを見つけだして、成績をあげよう、何も見つけられなかったら、自分の資質とやる気が疑われる、と考える。中には、細かい数字や項目を馬鹿の字がつくほど几帳面に一つ一つ調べていく検査員もある。検査の時間は限られている。こういう人は、通常よく間違うツボを心得ていて、予めねらった点に集中して、丹念に根気よく見ていくのだ。そうすると、間違いはたいてい見つかるものなのである。
 責任を感じる立場になかった若い頃には、三谷秀彦は、検査ときいても呑気にかまえていた。権威筋や偉いさんに大げさに気を遣い、頭を下げるといったことへの反発心があったので、検査が何だ、間違いを指摘されたら、それでいいじゃないか。びくびくしないで、どーんと構えていればいい。間違ったら、すみません、と率直に謝ればいい。そんなふうに思ったものだった。
 検査のためにてんやわんやする人々に、秀彦はしばしば皮肉な思いを感じた。
 けれども、年齢を重ねるうちに、彼にも次第に検査の怖さがわかってきた。それは、担当者一人だけの問題ではなく、上の立場にいる人の責任にもなる。いったんミスを指摘されると、その事後処理のために、当局へ伺って、平身低頭お詫びしなければならず、是正措置を考えて報告し、了承を得なければならない。担当者の詰まらぬミスのために、他の人たちまでが煩雑な対応に追われることになるのだ。
 実際、つまらない小さな間違いであっても、それを見つけられたときの気持は格別である。そのことを彼はおいおい知るようになった。
 とりわけ前年の検査のとき、彼の担当する事務の誤りが見つかった。それは、あらかじめ懸念されていた案件だったが、通常は何ごともなく見過ごされてしまうのだ。思いがけない偶然から発覚し、検査員はそれに食いついて、執拗に追求してきた。秀彦は誤魔化しの説明をしながら、顔が青ざめ、身体が硬直し、麻痺したようになるのを感じた。このとき、ベテランの検査員の顔が鬼のように見えた。検査でこんなふうに混乱してしまうのは、予想外だった。
 このとき以来、秀彦は、検査をとても恐ろしいもののように思うようになった。
〈弁明しようもなく責められる〉、〈無防備な状態で攻撃される〉、そういう立場に落ち込むことへの恐怖。…

 この日、検査当局から、本年の検査予定一覧表が届いた。今年はこれとこれとこれを重点的に検査するという項目を、検査日の直前に知らせてくるのである。その中に一つ非常に気になる項目があった。それは、例年検査対象に上がらないと彼が思っていた項目で、彼はその事務については、大して重要ではないと思って、少し手抜きしてきた。もしそれを重点的に見られたら、欠陥だらけではないか。今からでも書類の整備をしなければ、と不吉な予感を抱きながら、秀彦は考えた。

 仕事をしながら、秀彦は、業務用のファイルが一つ見つからないことが気になっていた。前日からずっと探しているが、何度探してみても、見つからない。どこへも行くはずがない、間違って捨てたりすることはありえない、必ずその辺にあるはずだ、と何度も思う。(ひょっとしたら間違って捨てたのだろうか、という考えも捨てきれない。)こういう場合、たいていは書棚の奥に押し込まれて、他の書類の陰になっていたとわかって、めでたしめでたしで終わるのだが、今回はそうではない。他の書類に紛れ込んで別の場所にしまい込まれていたりしたら、ちょっとやっかいなことになる。すでに何度も調べた書棚を調べなおし、別室の書棚も調べ、次第に心が青ざめてきた。
 何か月か前に新聞で報道されたニュースが思い出された。ある役所で、生活保護のケース・ファイルが幾つか間違ってゴミ箱に捨てられていた。けっしてあってはならない話だ。そのニュースが彼には人ごととは思われなかった。自らの日常の業務体験から、大いにありうる気がした。
 もし検査の日までにファイルが見つからなかったら、エライことになる。重要な証拠書類を綴じたファイルを紛失したとなると、申し開きのしようがない。
 日頃呑気に扱っている書類の背後に、このような恐ろしい危機が隠れていたのだと、彼は改めて思い知らされた。

 

   7  日常生活の背景
 三連休の初めの金曜日、昼過ぎに、彼は小学生の娘のマリを、近くの高速バス停留所まで送っていった。
 停留所に着いたとき、彼は、すでに何度か娘に言った言葉を繰り返して言った。
「○○駅で降りるのやで。間違ったらあかんよ」
「うん、だいじょうぶ」とマリは答えた。「前にも一度降りたから」
「○○駅で降りて、そこにお母さんがいなかったら、降りたところで待つのやで。そこから動いたらあかんで」
「うん、わかった」
 妻の美奈子は、前日に神戸の実家に帰っていて、最寄りのバス停留所で娘を出迎える手はずになっていた。実家のほうで取り込むことがあって、彼女は、三、四日そこで過ごす予定だった。
 バスが着くと、マリは乗った。
「整理券を取りよ」と父は言った。
 マリは整理券をとって、バスの奥の方へ入っていった。
 バスは一四時二三分発で、一時間足らずで、○○駅に着くはずである。

 久しぶりに一人になって、羽を伸ばして、好きなだけ自分の世界に浸れる。せっかくの機会だから、思いきり自分と向き合って、日頃できなかったことに専念しよう。…
 短時日ではあれ、妻も娘も不在で、自由の身になって、彼の脳裏にそんな考えが去来したのは確かなところ。
 バスの停留所から、家に帰り着くまでの道々、彼は道端の野草を調べながら、ところどころでデジカメの写真を撮った。周辺の草は、子どもの頃よく手に取って遊んだ馴染みのものだが、それが何という名なのかというと、一部を除いてほとんど知らない。数年前から少しずつでもその名前を知りたいと思って、図鑑を頼りに調べ始めた。よく見ると、単にひとくくりに雑草と思っていた草たちが、驚くほどに多種多様で、それぞれにみな心に触れる特徴をもっていて、不思議なほどに美しい、と気づくのだ。彼が新しくその名前を知るようになった草の数はそう多いとはいえない。イヌビユ、エノコログサ、スズメノヒエ、ヒメムカシヨモギ、オオアレチノギク、オニタビラコ、カタバミ、コモチマンネングサ、センダングサ、ホトケノザ…
 野草に思いをさまよわせながら、自宅に向かって歩く道中で、彼はふと心にかすかな悲しみの情が漂うのを感じた。それは、空飛ぶ鳥の翼が落としていった影のようなものだったが、その実、意外に深く心にしみ込んでいるように思われた。
「これは何だろうか」と彼は自分に尋ねてみた。「別れ?」
 不安とも悲しみともつかない感情。そうだ。これは別離の感情だ。

 似たような経験が過去にも何度かあったような気が彼にはした。
 たとえば、ずっと昔、学生時代の最初の夏に故郷に帰ったときのことを、彼は思い出した。その年の夏休み、彼は早めに家族に別れを告げて、遠い都会の下宿に向けて旅立った。故郷にいても何も意味のあることはない、都会に帰りさえしたら、自分のしたいと思っている課題に思いきり自由に取り組める、という思いがあった。ところが、都会のがらんとした下宿部屋にたどり着くと、彼は、思ってもいなかったような不安と悲しみの情を感じた。別れるとき、わざわざバス停まで見送ってくれた母親の顔が心に残っていた。故郷での滞在を早めに切り上げて、まるで家族を見捨てるようにして、都会に戻ったことが気に病まれて、侘びしくやりきれないような心の状態に落ち込んだ。
 母親は、数か月後に、長年苦しんだ心臓の持病のために帰らぬ人となった。
 わざわざバス停まで見送ってきた母親のことを思うたびに、彼は、あのときお母さんは、もう再び息子の顔を見ることができないかもしれない、という予感を感じていたのではないか、と思うのである。

 今は家族のいない家に帰り着くと、屋内が意外なほど暗い感じである。いつも馴染んでいるはずのダイニング・キッチンが、この日は、色あせてセピア色になった、昔の古い白黒写真のように、周囲がぼかされていて、深いもやに包まれている、そんな気がした。
 彼は、デジカメで撮った写真をパソコンに取り入れて、インターネットのブログに掲上する作業をはじめた。マリが予定通り一四時二三分発のバスに乗ったことを、妻に電話で知らせておかなければと思っていたのに、彼は、そのことをすっかり忘れていた。

 三時半過ぎに、妻の美奈子の携帯から電話がかかってきた。
「今○○駅に来たところだけど、マリちゃん、バスに乗ったの?」
「うん、乗ったよ」と彼は答えた。「えーっと… 予定どおりのバスに乗った。もう着くころやと思うけど… まだ着いていないのかな?」
「バスはもう着いていると思う」と美奈子。「こちらは、道路がすごく混雑して、ちょっと遅れてきたら、マリの姿がないから」
「マリには、降りた場所で待つように、念を押して言っておいたのに」
「そうなの? とりあえず、あたりを探してみる」
 そこで電話を切った。その後どうなったか。マリのことだから、うっかり乗り過ごしてしまったということもありそうだし、と、父は、そちらの可能性のほうを考えはじめた。あるうることだ。都会で乗り過ごしたら、ちょっとやっかいなことになる。マリはケイタイ電話をもっていない。一瞬にしていろいろ不吉な場合が予想された。マリは必要な現金をもっているので、困った場合には、電話してくるとか、何とかするだろう、と彼は考えた。

 何でもなく過ぎていく日常生活の周辺に、思わぬ深い闇が広がっていたことを、改めて知る思いだった。通常、人は日常性の中の決まった道を決まった仕方で歩いていて、何となく安心感を得ている。けれども、この世界は決まった道ばかりで成り立っているのではない。道の周辺には、知ることのできない深い闇の地帯が広がっていて、常に私たちの暮らしを取り巻いているのだ。

 その後、インターネットの作業にもどるが、自然とマリのことが気にかかって、彼は不安に見舞われた。その後、美奈子からも娘からも何の連絡もない。そのことが彼の不安に輪をかけることになった。
 当然のことながら、唯一の頼りである美奈子の携帯へ、彼は何度か電話を入れた。応答がないので、彼女の実家にも電話してみた。けれどもどういう事情があるのか、まったく通じないのだ。おいおい、連絡くらいくれよ、と思いながらも、どうしようもないので、彼は、しばしパソコンに向かっていた。そうするうちに、いつしか夕方の五時になった。再びマリのことを思い出して、もう一度、美奈子の携帯に電話を入れると、応答があった。マリはバスが着いた建物の別の階ですぐに見つかった、と彼女はあっさりといった。
 なあんだ、連絡してくれたらよかったのに。彼はようやく、胸をなで下ろすことができた。

 こんなふうに、家で一人になったのは久しぶりであるような気がする。今日、明日、あさってと、三日間、一人きりだから、気兼ねなく気楽に過ごせる。この際、孤独を満喫しようという思いが去来する。
 ただ、その割にどうも心が沈んだ状態になるのはどういうわけか。日頃、家で一人になる時間は、ままあることだが、今回の場合は、まったく違っている。
 闇に包まれた夜の底で、押し寄せる不安の波に無防備に浸されているような、不安が存在の底の方から立ち昇ってくるような感じ、まったく予想外である。
〈これが孤独の味だ、これが貴重なのだ〉と彼は強いて思う。〈この機会にこれを究めてみよう〉

 夕方、彼は早めに簡単な夕食を済ませた。一人の夕食もたまにはいい。今日は風呂にも入らないで、気ままにしていよう。…
 夕食後、彼は再びパソコンに向かった。
 けれども、どうも気分のほうは、どうしようもない闇の底に沈むようである。心理的に何かを思って沈むのではなく、何も思わないのに、わけのわからない不安にすっぽりと包まれる感じだ。何だか知らない暗い穴ぼこに落ち込んで、そこから抜け出られなくなってしまったみたいなのである。
 ほんの数日家族がいないだけで、こんな闇を感じるのは、まったく予想外である。
 おそらく彼にとって家族は自明性の砦であったのだ。それは舟がつながれている堅固な岸壁のようなもので、それが取り除かれると、日常生活の自明性が消えてしまって、背景にあった闇が前面に出てくるのである。
 パソコンの作業を続けるうちに、ゆえ知れぬ不安がさらにますます濃厚になってきた。夜中の九時過ぎに、その感じがあまりにも高じてきたので、彼は、その心の状態を記録しておこうと思って、パソコンの日記を開いた。
 不安について書いているうちに、不安の感じが薄れてきた。
 
 まもなく、彼は、台所の冷蔵庫から缶ビールを取り出してきた。コップに入れて飲むと、それがとても美味しいと感じられた。

   8 水道の氾濫
 彼は台所の炊事場の近くにいた。そこで何をしていたのか、はっきりしない。すぐ横の居間には、妻もいた。先ほど寝ていたはずの小学生のマリも起きてきたらしく、姿が見えた。
 流しの横の調理台のうえにかなりの量の水が溜まっていて、彼はそれを手で流しの方へはかそうとした。水は思った方へ行かずに、手前の床に落ちてきた。床が水で濡れていく。彼は床に落ちた水を拭こうと思って、「ぞうきんや、ぞうきん」といいながら、あわてて洗面所の方へいった。
 洗面台の横に妙にのっぽの蛇口が立っていて、水が出っぱなしで、床がどんどん水浸しになっている。
「あ、水道の水が出たままになっているよ」と彼は叫んだ。
〈おかしいな、誰か締め忘れたのだろうか〉
 そう思いながら、彼は急いで水を止めようと、蛇口の上のツマミを回しかけた。ツマミのところからパチパチと放電するような音が出ていて、彼は一瞬ためらった。手が水で濡れている。触ったら感電するのではないか。触ろうとし、危ないと思い、混乱しているうちに、その部分から、パンとはじけて爆発するような音が飛び出した。危ない! 彼は思わず声をあげた。爆発は小さく、物が飛び散ったようでもなかった。
 
 こんなふうに、止められないほど、詩想が氾濫してくれたらいいんだけれど、と彼は思った。 
(了)



屋根裏の部屋から 〜〜そんな時代の話〜〜

    

「お〜〜!… わあお〜〜!…」
 集団の代表らしい男がアジ演説を行っていた。
「ずずず… ずず… がががが… がが… ばった〜り!… だ〜にっし!…」

 この言葉と同時にその場にいたみんなに竹やりが配られた。戸惑っているぼくのところにも竹やりがまわってきた。それは人を攻撃して傷つける武器というには、いやに細くて貧弱な感じがした。玉突きのキューを床に立てるように、ぼくはその棒をポンと地面に突き立てた。
 場面はうす暗くて、どうやら夜のようだった。樹木がまばらに生えていた。人々は顔のわからない影絵みたいにうすぼんやりしていた。ただ、みんな正気とは思われないほど興奮していた。どうしてこんなことになってしまったのか。こんなことに巻き込まれるのは不本意でありまったく自分の望むところではない…
 ぼくはいとこに誘われてきたのだ。いとこがこんなことに深入りしているなんて何かの間ちがいだろう。きっと彼もことの重大さに気づいてわれに返るだろう… 
「無理するなよ」とぼくは彼にいった。「自分から進んで行くなよ。なるべく前に出ないで、後ろの方でしのいだほうがいい」
 けれども事態はすでにかなり深刻で、ぼくの言葉など耳に入る余地はないみたいだった。いとこは集団の熱渦に没入していて、これからはじまろうとしている恐ろしい事態を非常に喜んでいるように見えた。場の雰囲気をもろにかぶっていてとても正気とは思われなかった。
 ぼくはこっそりとずらかりたかった。すぐそばにいた人にそういうと、「それはだめだ」と言われた。「そんなことはぜったいできない!」
 そのときにわかにあたりが騒然となった。人々がいっせいに何ものかを取り囲むようすで、見ると輪の中に二人の人間がうずくまっていた。次の瞬間、人々が「わあお〜〜!」と叫びながらわれ先に二人を竹槍で突くのが目に入った。「がががが… ばった〜り!… だ〜にっし!…」
 倒れた人間のうち一人はうずくまりながらまだ動いているようすだった。もう一人の方は仰向けに倒れたままぴくりとも動かなかった。衣類は破れ千切れてべっとりと血がついていた。
 やがて向こうにずらりと一五,六人ばかりの男が整列した。それは敵方で、それぞれが手に凶器をもち、黒っぽい異様な服装で、ものものしい印象だった。こちらのほうも竹やりをもって整列し、二つのグループが向かい合った。こんな闘いにも一応の礼儀があるのだろうか? さて、戦いがはじまると、僕は右に左に逃げまどった…

 不眠癖がついて、朝まで眠れない日が続いていた。夜明けの六時か七時ころにようやく眠りに落ちて、昼下がりの二時か三時に目を覚ます。そして四時過ぎから料亭の食器洗いアルバイトに出かける。そんな生活だった。
 ふとんのなかで、ぼくはいま見たばかりの夢を繰り返し反芻した。昔からぼくにとって夢はとてもふしぎで面白いものであった。目が覚めた頭では考え出せないような、奇想天外で心を楽しませる話を夢は作り出してくれる。その日見た夢はそんな中でもとびきりの出来映えではないかと思われた。  


       

 ぼくが通っていたMMM大学は、過激派学生たちに占拠されたり、セクト間の対立があったり、流血の騒ぎがあったりして、大荒れ模様だった。ぼく自身はどのグループとも関係なしに、ずっと孤立して過ごしていた。入学時同じクラスだった人たちのなかには、その後いろんな形で紛争に関わっていった人も少なくなかった。彼らは、そのころの状況の中で、そうなるのが自然であったのだろうし、ぼくにはそうなる可能性があまりなかったのだ。
ある日、大学構内でデモ行進するグループと行きあった。彼らは各々ヘルメットを着用し、手に角棒をもっていた。野球のバットや棍棒、石ころなどをもっている者もいた。
「YYYコロセ! YYYコロセ!」と彼らは繰り返し合唱しながら気勢をあげた。YYYというのは、路線の対立のために彼らが仇敵のように見なしていた活動グループの名で、堅実で穏健な改革路線を主張して、過激派の彼らの前に立ちふさがった。すでに数日間にわたり対決が繰り返され、負傷者もでて、新聞をにぎわせていた。
 デモ行進する隊列のなかに同期のC君の姿をみとめて、ぼくは驚いた。入学したてのころ、ぼくらは同じクラスで講義を受けた。C君はクラス仲間のあいだで人気があって、いつも何人かの親しい仲間と行動をともにしていた。ぼくは親しい話し相手をもたなかったので、授業と授業の合間の時間は、たいてい人から離れて一人でいた。クラスにはいろんな人たちがいただろうけれども、近い将来にこのような嵐が吹くことになろうとは、だれも予想しなかったにちがいない。
 人々と気軽に親しくなるといったことに、ぼくは向かない人間だった。ときどき話をする友人はあったが、数は少なく、彼らもまたどちらかというと寡黙で、仲間をもたないで孤立する傾向のある人たちだった。ぼくがそんなふうになったのは、ぼくがそうあろうと望んだからでも、そうあるのが自分の本来の在り方だと考えたからでもない。人々の中にいることは、いつもぼくには居心地がわるく馴染めないことだった。自然の傾向として、ぼくは人に近づかず、人もぼくに近づかない。しかも、ぼくはずっとそんな自分を信じられないくらいに苦に病んでいた。
 気勢をあげてデモ行進する一隊の中に、同期のC君の顔を認めたとき、ぼくはそんな自分を改めて見ることになった。彼らはあんなふうに輝いている。そしてぼくはこんなふうにくすんでいる。彼らにとって、ぼくは、取るに足りない無のような存在であるにちがいない…

 ぼくはまたT君のことを思いだす。これはまだほんの数か月前のことだ。その日久しぶりに大学に行くと、講義はすべて中止になっていて、講堂で学部集会が開かれているということだった。講義がないなら用はない、すぐに帰ろう、とぼくは思った。たまたま友人と出会って、ぼくらはいっしょに講堂に入っていった。大きな講堂は学生たちであふれていた。ぼくらは後ろの方に立って活動家たちのアジ演説を聞いた。学部封鎖が叫ばれていて、封鎖を主張する過激派グループと、平和的な闘争路線を主張するYYY派グループが対立していた。集会は、封鎖賛成か反対かを決するというものだった。
 ぼくらが入っていったとき、ヘルメットをかぶった学生が演説していた。語尾を伸ばす学生運動家特有の調子で、何やらお決まりの文句を唱えているように聞こえた。場内にはヤジや怒声、叫喚が飛び交い、緊張がみなぎっていた。一方では、人びとはいたるところで笑ったりしゃべったりしていた。
 次にヘルメットをかぶって舞台に登場した青年は、まぎれもない、T君だった。彼もまた入学時にぼくと同じクラスだった。ええ? 彼がこんなところに? とぼくはまず驚きを感じた。さらに彼が激しい身振りと言葉で演説をはじめたとき、ぼくの驚きは頂点に達した。大学を封鎖して改革を進めよう、学外からも応援隊が続々と駆けつけている、という内容で、弁舌はいたって単純で決して上手だとはいえなかった。いたずらに誇張され、無闇に興奮していて、いかにも自らの言葉と身振りに酔っている感じがした。ぼくはそんな彼の言動に感心し、彼がこのように大胆な行動を見せたことに強い興味を感じた。そのような言動は自分にはとても不可能なことで、幾分妬みのようなものさえ感じたほどだ。同時に、予想外なことに、その場から彼をたたきだしてやりたいような気持になった。
ひとしきり弁舌を終えると、T君は舞台から引き下がった。引き下がってからも、講堂の端の筋を行き来して、しきりに何か叫んでいた。その姿は普段では考えられないほど大きく見え、室内がいかにも狭いという感じだった。
以前、クラスでちょっと言葉を交わしたことがあったため、ぼくは彼にそれなりの親しみを感じていた。そのとき彼は、女には不自由しない、という話をした。女たちが常に周囲にいる環境に育ったために、女に対して恥ずかしいとか、憧れるとかいうような、面倒くさい感情をもっていない、と彼はいった。金もうけや商売やビジネスのことにしか興味がない、文学や芸術、あるいは学問や思想といったことには全然関心がもてない、とも彼は言った。たまたま吹き荒れた紛争の嵐によって、彼の隠れた本性が目を覚まし、彼はいま激流のなかで興奮に酔っているのだ。ぼくなどのいる場所から飛び離れた別の平面、近寄ることができない位相まで彼は行ってしまっているのだ。そんなふうにぼくは感じた。
T君の次にYYY派の青年が演壇に立った。青年は力強い明確な調子で、理路整然と、自分たちの立場と考えを訴えた。
「暴力を実力で阻止し、MMM大学を暴力から守ろう!」
見事な弁舌で、こんなすばらしい弁論能力をもった人間がいるという点に、とりわけぼくは感心させられた。
おおかたの学生たちはもちろん学園封鎖など望んでいないようすである。人々は勝手に関係のないことをしゃべりあっては陽気に笑ったりしていて、舞台で繰りひろげられる弁舌を真剣に聞いているのではない人たちも多いようだった。けれども全体としては非常に緊張感があって、面白い見ものだった。
 そのあと再びT君が舞台へ上がって叫んだ。
「各大学から続々と武装学生が応援にきているんだ。後で後悔するな!」
 そんな捨てぜりふを残して、T君は講堂から外へ飛び出していった。まもなく彼は角材を手にもってもどってきた。
「封鎖賛成の人は外に出てください!」と彼は言った。「学外からの応援隊がまもなく突入します! 封鎖賛成の人は今すぐに外に出てください!」
彼は同じ文句を三度か四度繰り返してから、また出ていった。十数人か数十人かの学生がいっしょに外に出たようだった。いったい何をしようというのだ。講堂内に残った者たちを敵と見なして襲撃しようというのか。動揺が場内に広がったように感じられた。殴り込もうというのならやってみろ、とぼくは思った。それは自分ながら予想外の反応だった。ただその場の状況やT君の言動に刺激された結果で、何かの考えや信念から出たのではなかった。刺激を受けると、人はこんなふうになることもあるのだ。
翌日の新聞報道で知ったことだが、その間に外では大変なことが起こっていたのだった。
大学正門のところに学生や大学職員によってバリケードが築かれ、学生証の提示がなければ構内に入れないように検問が行われていた。ヘルメットに角材で武装した他大学からの応援学生たちが、正門から繰り返し突入しようとした。もちろん、内部から彼らの侵入を助ける一派もいる。一度はバリケードが破られて一〇人ばかりが構内へなだれ込んだ。けれども学内の学生たちに取り囲まれてすぐさま追い出された。彼らはいったん引き上げたものの、今度は石を拾ってきて投げ入れた。赤ん坊の頭くらいの大きさの石もあったようで、かなりの数のけが人が出た。学生や職員があちらこちらで頭をかかえ血を流してうずくまった。二〇〇人くらいのけが人が出て、重傷者もあった模様だ。
彼らは大きな石をためらわずに敵方の学生たちに投げつけ、棒で頭を殴る。なかには野球のバットで殴るのもいる。ときの勢いに乗って、彼らは闘争の手段としてそのような行為を自分たちに許していたのだった。
夕方、ぼくが友人と別れて、バリケード防衛学生たちの陣取る正門のところまで来たときには、騒ぎがひとまず収まっていたのだろう。人々はバリケードをさらに強化するために板切れや机や椅子などを運んでいた。
アルバイトがあったので、ぼくは学外へ出た。ひどく興奮していた。アルバイトが終わってからぜひまた見に来ようと考えた。しかしアルバイトがおわったころには、冷静になっていて、けっきょくそのまま下宿に帰ることになった。

                 
      3 

 生活費を切りつめるために自炊していた。
 自炊といっても料理というほどのものは何もつくらない。電気釜で飯を炊くほかは、ずっとまえに質屋で買った古い電熱器で、たまご焼きかみそ汁をつくる。あるいはソーメンをゆでる。たまにはピーマンやなすびを焼く。あとは納豆、カツオ節、とろろ昆布など、手間をかけずに即席で食べられるものを買ってきて食べる。そんなていどのものだった。

 今の下宿に移ったのは二か月ほど前のことだった。

 大学を卒業したばかりで、定職につくことも考えずに、アルバイトで食いつないでいた。
 折悪しく学内を吹き荒れた嵐のあおりで、大学院へ進むための試験を受け損なったのだ。
 その年は例年になく大学院への門戸が広く開かれていた。大学側は卒業論文のかわりにレポート提出で卒業OKという方針を打ち出していた。

 過激派学生たちは大学解体を叫んで、レポートを提出しないように、また大学院へ進むための試験をボイコットするようにとわれわれに呼びかけていた。
 大学当局はもちろん試験を強行した。

 ぼくは当局にも過激派にも気を遣う立場にはなかったが、当然のこととしてレポートを提出し、大学院入学の試験を受けに行った。
 ぼくが大学院を希望したのは、研究や学問をしたかったからではなく、とりあえず就職を先延ばしにしようと思ったからだった。同期の人たちがどこそこの会社に就職したとかいう話をちらほら聞いていたが、ぼくはのんきにも就職という現実的な考えから自分を遠ざけていた。

 試験を阻止しようとする学生たちが気勢をあげる中を、ぼくらは試験場に入っていった。が、そこでハプニングが起こった。

 当局側が機動隊を導入して、反対派の学生を強制排除したとき、いっしょに試験を受けにきたぼくの友人がまちがえられて連れ去られた。
 それを目の前に見たぼくは試験場へ入らずに家に帰った。
 不本意であるが、そうするほかないと思ったのだ。
 あとでその友人にきくと、彼は試験を受けたそうである。ただ、試験場にぼくの姿がなかったので、彼は試験を受けながら大学院へ行くのをやめる決心をした。ぼくはぜひ大学院へ行くべきだと彼に何度もすすめた。けれども彼はまもなく東京の某会社に就職してしまった。

 ぼくは大学を卒業したまま所属先を失ってしまい、、学生アパートを出なくてはならないハメに追い込まれた。
 その年卒業を見合わせた別の友人が、ぼくのために大学から下宿の紹介状をとってきてくれた。ぼくは紹介状をもって新しい下宿先を訪問した。
 ひどく格安の部屋で、ぼくにぴったりという気がした。古びた木戸口から質素な和服姿で丸髷を結ったばあさんが出てきた。ぼくは紹介状を見せた。

「よくおいでくださいました」とばあさんはぼくに言った。「ありがとうございます」
「それには繁林茂男と書いてありますが、実はぼくは森田といいます」
 ぼくは事情を説明した。
「あ、そうですか。かまいませんよ」とばあさんはにこやかな顔を見せながらいった。「なにしろこちらとしても、長く空き部屋にしておくのはもったいないですからね。いえ、生活のうえでも助かります。ありがとうございます」

 古い木造の町家で、二階は屋根裏のような和室が二部屋、その一部屋がぼくの新しい住処だった。なるほどかなり古びて傷(いた)んでいる。窓の外には大きな看板の残骸が取り付けられたままになって、視界をさえぎっている。
 けれどもぼくは、値段さえ安ければ、部屋についてとくに注文はなかった。たとえ洞窟のように窓がなく粗壁であったとしても、床が粗製のコンクリートであったとしても、それもまた牢獄のようでおもしろい、と常々友人にも語っていたところだった。

      4

 昨日炊いた飯が残っていた。
 きょうもまたタマゴ焼きでいこうか、ミソ汁はどうしようか、と思案した。
 タマゴ焼きはぼくの十八番で、味の素を少し多めに入れると、とてもいい味にしあがるのだ。

 部屋は畳敷きで、端に押入があった。押入の前が少しばかり板敷きになっていて、ぼくはそこに電熱器をおいて、簡単な煮炊きをした。水は階下へもらいにいく。包丁とまな板は婆さんが使っているのを借りる。ぼくの炊事が電気代を消費すること、畳を汚すおそれがあることに、ばあさんは不安をもっているのではないかと、ぼくはいつも気にしていた。

 タマゴを割って溶いていると、下の階で、婆さんと息子らしい男が言い争う声が聞こえた。男がばあさんに対して乱暴で横柄な口のきき方をし、ばあさんはばあさんで、それに対して自分の思うところを言い立てているようすである。

 男は一〇日ほど前から階下に住むようになっていて、ばあさんの質素な一人暮らしをおびやかしているようにみえた。三〇才を過ぎているか、あるいは四〇才にもなるのだろうか、と思われる小柄な男だ。事情があって一時的に居候しているのだろうか、そのうちにまた出ていくのだろうか。
 どうやら男は仕事をしていないらしい。昼間ずっと家に寝ころんでいて、夕方になると外に出ていくようである。

 階下は四部屋ほどあって、ばあさんが居間と奥の寝室を使っているらしい。
 男はたいてい四畳半の部屋で寝ていて、簡単な荷もつやテレビが置いてあった。
 もう一つの部屋は物置にでもなっているのか、ふだん使っているようではなかった。男が寝ている部屋は、二階から降りてきたとき通り抜ける通路にもなっていて、男が常時そこにいることは、ぼくにとっても男にとっても居心地よいものではなかった。

 つい先日、階下へ降りていくと、男は業者らしい人と話していた。ペンキ屋か看板業者かといった人だったのだろう。
「看板を修理するからちょっと二階を見せてもらうよ」と男がぼくにいった。
「看板?」
「うん、電機店の看板」

 二階のぼくの部屋の窓からは、すぐ下方に屋根瓦が見えた。瓦の上に古びた構造物が乗っかっていて、視界をさえぎっていた。それさえなければ屋根越しに街路を行き交う人びとの様子を見ることができるのに、とぼくはいつも思っていた。それは大きな看板で、そういえばたしか何とか電機店と書いてあった。すっかり塗装もはげ落ち、木の肌が露出して、意味もなくそこに存在している。今となっては障害物でしかない。あれがなければどんなにいいことか。

「ああ、看板」とぼくは常々思っていたことを何気なくいった。「あれはないほうがいいですね」

「ないほうがいいって」と男はいった。「勘弁してくださいよ。こちらにとっちゃあ商売道具なんだから」

 ある日ばあさんがぼくに話してくれたところによると、この家の権利は自分にあるのだが、あの男がその権利を奪って、彼女を家から追い出そうとたくらんでいる、という。
 裁判に訴えたらいいのだけれども、かわいそうだし何とかよい人になってくれないかと我慢している。それに裁判といってもそんな費用は自分にはとても用意できない…

 事態はかなり深刻らしい。倹約しながらかろうじて送れていたばあさんの質素な生活が、突然帰ってきた息子のために、脅かされようとしている、ということらしい。よくはわからないが、ぼくはそんなふうに想像した。

 別のときばあさんはこんなこともいった。

 男はばあさんを家から追い出して、妻を呼び寄せるつもりなのだ。妻の実家から費用を出してもらって、電機店をはじめるのだ。以前にも彼はここで電機店を営んでいたものらしい。商売がうまくいかなかったからか、彼が病気で入院したからか、店は閉鎖され、妻は子どもを連れて実家へ帰ってしまった、ということらしい。

 ばあさんによると、息子の妻とその実家の人たちは、彼を手先に使って、この家からばあさんを追い出そうとたくらんでいる。彼らは、彼を病院から出して、店をもたせてやるという希望をもたせて、この家に送り込んだのだ。彼は自分で店を経営することにはならず、嫁一家の思いのままに操られるだけだろう。嫁の実家は電機店を営んでいて、最近商売がうまくいかないのでこの家に目をつけるにいたったのだ。云々、云々…

 これがばあさんの話であるが、この話にもどこか妄想的なところがあるかもしれない気がぼくにはした。
 嫁と実家の人たちはなぜそんな悪辣なことをたくらむのか。?

 いずれにしても、男がこの家で電機店をやろうとしていて、ばあさんは反対している、という図は描ける。

 ばあさんが反対するのももっともかもしれない。

 今さらこんな場所で電機店をはじめても、成功するあてはない。どうにもできない借金を抱え込んで、身動きがとれない事態に落ちるのは目に見えている。男の方はというと、このまま仕事もなく無為で暮らしていくことはできない。彼に可能なのは、昔経験した電機店の経営しかない。二人がしばしば言い争っているのは、このことらしい、と、ぼくはぼくなりに事態を想い描くのだ。

 男の話を聞くと、別に悪い人とも思われないところもある。

 ひどく無邪気で子どもっぽい感じさえある。子犬を相手にじゃれていたり、廊下にすわって十円硬貨をいつまでももてあそんでいたり、鼻歌を歌ったり、どこか普通ではなく奇妙とも思われるところがあるが、話してみるとそうでもない。

 ただ、最近、彼がぼくにたいして露骨な嫌がらせのようなことを言うようになったのは、理解に苦しむところである。

 彼には奇妙に疑り深いような、執念深いようなところがあって、どうも精神が正常ではないのではないかと疑われるふしがある。たとえば階下から彼が大声でぼくの名前を呼ぶので、階段を下りていくと、彼は言った。「テレビの映りが悪いのはアンテナをいじっているのか」
前夜もバイトから帰ってトイレに行くと、入り口のところにちょうど彼の子犬がおいてあって、それがぼくの足に向かってほえかかってきた。その声を耳にして、彼は言った。「ほえているのは、犬に何か悪いことをしたのか」

 そのあとぼくが二階で寝ていると、彼がいきなりぼくの部屋へ入って来て言った。「犬の茶碗がなくなった。ここに隠しているのだろう」

 ぼくはタマゴ焼きを作ってから、みそ汁用の水を汲むために階下へ降りていった。男が来てから階下へ行くことがひどく煩わしく憂うつなことになっていた。できることなら階段を降りずにすませたかった。降りるときにはいつも、不快なことを覚悟して、何があっても無視しようと心を決めてかからなければならないのだ。

「たしか枕元に置いて寝たのに」と男がばあさんに言うのが聞こえた。そして彼は、ちょうど通りかかったぼくにわかるようにと考えたのだろう、もう一度内容を明確にして繰り返した。
「おかしいな。枕元に置いてあった金がなくなった。この家には泥棒が住んでいるのか」

 昨夜、ぼくは夜中と朝五時頃にトイレに降りた。彼が寝ている部屋を通らなければならないので、起こさないようにという思いから、そっと忍び足で歩いた。
 いったい彼は正気なのか。正気ならばこんな恥知らずで露骨な嫌がらせはできないだろう。
 ぼくは彼に対して不信感をもっていたので、あらかじめ考えていたとおりに、彼の言葉を無視して素通りした。隣の部屋にはばあさんがいた。
「木村君は下宿を出たんですか」とぼくはばあさんにたずねた。
「はい。そうなんですよ。きのう出ました」
「どこへ?」
「西野町だとおっしゃっていました。あなたは出ないでくださいよ。いま出られたらほんとうに困りますから」
 木村君というのは、もう一人いた下宿人で、おそらく同じような嫌がらせを受けたのだろう。ぼくとしてはもちろんここを出るつもりはない。出るといったって、転居のための経費が手元になかった。

 簡単に食事をすませ、外出するために階段を降りて、再び四畳半の部屋を通り抜けようとしたとき、男がまた言った。
「そこへ入ってはいかん」
ぼくはいぶかしく思いながら相手の顔を見た。
「裏口から出てくれ」
「え? 裏口から出るといったって」

 たしかに裏に戸口らしいものはあったが、ずっと締め切ったままだ。壊れそうな木戸には古い大きな錠前がぶらさがっていた。おそらく昔はずいぶん使われてもいたのだろう。が、それがいつの昔のことなのか、どんな人たちがどんなふうにそこを出入りしていたのか、ぼくには想像もつかなった。狭く家々が建て込んでいる一角のこと、裏から出るとよその家の裏口へ入ってしまうのではないかとぼくは単純に想像していた。

 また例のとおりだ、とぼくは思い、かまわずに男のそばをとおって、玄関へ出た。

 どうしてこんな嫌がらせをするのだろうか。街を歩きながらぼくは考えた。まちがいなくぼくを追い出そうとしているのだ。なにかまわない。ばあさんが出てくれというなら出てもいいが、男の思うツボにはまって、追い出されるのはシャクだ。かまわずに居坐ってやろう。それに何よりも自分が出たら、ばあさんが困るだろう。経済面でも安全面でも。

 それにしてもこの母と子の間柄はこの先どうなるのだろうか。息子の立場に立って考えると、彼があわれに思えないでもない。といって、ばあさんがこの状況をどうすることができただろうか。ぼくは男からひどい被害を受けた気になっているが、それも考えてみると、そこは彼の母親の家であり、部屋は男の住まいになっていたのだ。その住まいを無関係な他人が日々無神経に通り抜けるのは穏やかではないだろう。男が「そこを通るな」と言ったのも、たいへんもっともなことかもしれない。そうぼくは気づいた。

 
 
     5

 アルバイト先の料理店は、MMM大学のすぐ北がわにあった。
 夕方、店へ行くとき、ぼくは通常「大学前」で市バスを降りて、大学構内を南から北へ歩いて通り抜けた。

 その日南の正門から入ると、片手にステッキをもった小柄な老人がぼくに近づいてきた。

「ちょっといいですか」と老人はいった。
「北部出口まで手を引いていただけませんか。なにしろ学内が荒れていて危ないので。わたしは目が悪いんです」

 構内のあちらこちらに机、椅子、建築資材の破片、コンクリートの塊など、身元不明の品物が積まれていた。
 ショベルカー、ダンプカーなどの機械が精力的に活動していた。
 当局の苦渋の決断によって機動隊が導入され、占拠学生たちが排除された、その直後のことで、復旧に向かう作業が急ピッチで進んでいた。
 前の日、ぼくは友人にさそわれて、誰もいなくなった大学の建物を見物した。広い建物内は、部屋と部屋の区切りが取り払われてみごとなまでに空っぽだった。

 ぼくは老人の顔を見た。
 老人といっても、本当はまだ六〇才にもなっていないのかもしれない。
 白髪で、顔は小さくて、目は見開かれている。すり切れたようなよれよれの背広を着ていた。
 大学の先生なのだろうか。たぶんそうだ。でも目が悪いというのだから、今はもう現役ではないのだろうか。

「はい、どうぞ」
 ぼくは行きがかり上そう言って、その人の手をとった。

 この人がどういう人であるのかぼくには見当もつかなかったけれども、目が見えないというからにはたしかに困っているのだろう。そうであるのなら、この場だけはつきあって、危険な場所から脱出させてやるほかない。

 ぼくと老人は手をたずさえて歩き出した。
 目が不自由なひとのこと、歩行はきわめて遅々としていて、ぼくらは、切りはなすことの出来ないウサギとカメのセットのように、くっつきあって進んでいった。

「私は×××の○○○というテーマについて矢継ぎ早に論文を発表しました。それをまとめて著作も出しましたよ。かなり評判がよかったんです。評判がよかったために妬みも受けましてね。これでも私は△△教授よりもたくさん論文や著作を出しているんです。△△教授は、ご存じのとおり……」

 しゃべりながら彼はつばきをとばした。
 言葉は、ズズズという感じで、ひどく聞き取りにくい。おまけに話が一段落したかと思うまもなく、すぐまた次の言葉が切れ目なく続いてきて、当方がことばを差しはさむ余地がまるきりなかった。

「大学で同期だったひとたちは、たくさん戦争で死にましたよ」と彼はいった。「二〇人中一二人が死んでしまいました。あのころは死ぬなんてことは、とくに珍しいことではなく、ごく当たり前のことでしたがね。もちろん、彼らではなくて私が死んでいてもおかしくなかったんです」

「へえ?」とぼくはよくわからないながらに関心を示そうと、大きくうなずいてみせた。「そうなんですか。戦争は大変だったんでしょうね。失礼ですが、先生のご専門は何ですか?」

「さようです」と老人は、ぼくの言葉を耳に入れた様子もなく、彼自身の話を続けた。
「彼らは私の中で生き残っているんです。いや、私の中ではなく空中を浮遊しながら川のように流れていくのですが、流れながら私と繋がっているのです。というのも、生と死は一つの川を挟んであちらとこちらにあるというようなものではなくて、同じ空間の中に隣り合って存在するものですからね。… 長男の良平はよくできた子でしたが、MMM大学の大学院まで行って、自殺してしまいました。… 私のいとこの息子は大学を出てから、大阪の工場に勤めて、結婚もしていましたが、病気になって奥さんと別れ、実家に帰ってきました。幼い子どもが二人いて、長兄の一家が面倒をみていましたが、何しろおばあちゃんが彼らを可哀想に思って、ねだられるままに小遣いを与えて甘やかしたものですから、中学校にも行かずに悪い友だちと遊び回るようになって、どうしようもない子になってしまいましてね。おばあちゃんが動けなくなって老人ホームに入ると、子どもたちは家の金を盗むようになりました。注意しても、口答えしてののしり返すしまつです。長兄の嫁は、次第に年をとって、最近頭も働かなくなってきているのですが、子どもたちを目の敵のようにして、ことあるごとにののしって、出ていけ、出ていけ、というのです。彼女の夫、つまり子どもたちの伯父は、戦争で流れ弾にあたった後遺症で、入院したり退院したりを繰り返しています。なにしろ状態が悪いときには、苦しんで暴れ回って、手に負えなくなるのですからね」

 話っぷりや顔つきからすると、彼は知識人らしい印象で、自立した頭脳をもっているように見えた。
 しかし、明らかにどうも普通でないところがある。
 いちおうまともなことを言っているらしいし、まともなことしか言っていないらしい。
 しかし、やはりどこか奇妙だった。初対面のぼくのような若造に対して、いきなり込み入った個人的な話をはじめ、しかも相手の応答をまったく考慮せずに際限なくしゃべり続けるのだ。

「私は最近よくこんなことを思うのですよ」と彼はいった。
「もし私があの連続路上殺人魔の身に生まれたなら、どうなっただろうか、と。赤ん坊の時から彼と同じ遺伝子、同じ性格傾向を賦与されて、同じような環境の中で育ち、同じような経験をしながら生活する。つまり私は今のこの私ではなくて、彼という人間としてこの世に生存を受けるんですね。今の私が私であるのは、偶然にすぎない。事情によって、私は、〈彼として〉〈彼という人間の内部に〉生まれえたかもしれない。彼自身は彼という人間としてこの世に生まれついたのだけれども、それは彼が自分で選んだものではない。ということは、私も彼でありえたかもしれないのだ。もし私が彼であったなら、彼と同じことをするはめに落ちたかもしれない。つまり私と彼の違いは何なんだろうか?…」

「私はまたこんなこともよく想像するんですよ」と彼の話は切れ目なくさらに次へと続いていった。
「もし今この場所がヴェトナムのある村の一角であったならどうだろう。もしそうであったなら、ここを行き交う人たちは今とはずいぶん違った様相で見えるんじゃないだろうか。日常的に空からバラまかれるれる殺人兵器や毒薬の下で、恐怖と悲惨に見舞われながら、人々はどんなことを思い、どんなふうに振る舞い、どんなふうに生きるのだろうか。いまこの街角にいる男たちは銃をもって人を殺しに行かなければならないかもしれないし、幼い子どもを抱える女たちは、髪を振り乱し、形相を変えて生きていかなければならないかもしれない…」

 こんなふうに彼は終わりなく延々と話しつづけた。
 大学構内を通り抜けて北門のところまできても、いっこうに話しやめる気配がなかった。

 われわれはとうとう北門を過ぎて、さらに街路を東から西に向けて歩きはじめた。
 そちらはぼくの行き先とは逆方向だった。ぼくは立ちどまり、彼も立ちどまった。立ちどまったまま彼はなおしゃべりつづけた。アルバイトがあるからここで… とぼくは言おうとした。でも、いったいこの先彼はどうやって家に帰り着くのだろうか…

 ようやく彼を振りきってアルバイト先の料理店に着いたときには、四〇分余りも遅刻していた。 


                   (完)


『日の砦』を読んだ  (黒井千次著、講談社文庫)

  インターネット(楽天ブックス)で、『日の砦』(黒井千次著、講談社文庫)を取り寄せて、読んでみた。
 黒井千次については、名前は知っていて、多少の興味を感じていたが、読んだことがなかった。
 何年か前の新聞記事切り抜きをたまたま見て、興味を感じて、読んでみたくなったのだ。

 文庫本の表紙カバーの裏にこんな紹介文章がある。

《郊外に家を構え、還暦を過ぎて会社も勤め上げた父親、結婚を控えた恋人のいる息子、母親の誕生日に携帯電話をプレゼントする娘、老朽化した家屋の建て替えを娘と相談する母親……。人生の区切りを迎えてようやく訪れた家族の穏やかな日常にしのびよる、言いしれぬ不安の影を精緻に描き出した連作短編集。》

 10の短編を連ねた形の作品であるが、各短編の中心人物は、一つの家族の一員であり、個々別々の作品であるわけではない。互いに関連をもちながら、全体として、ある「いいようのない何か」を言いあらわしているようなのである。

 最初の「祝いの夜」「昼の火」と読むうちに、なるほど、それなりに興味を引かれる作品だ。日常生活の中の得体のしれない無気味な要素が、表れている。しかし、それはただそれだけのことではないのか、という印象があった。期待したほどではないのではないか。……
「日暮れの影」は高太郎のとなりに住むお婆さん(家の鍵があかないであがいている)のことを書いている。このあたりからこの作者の作品世界が佳境に入る感じ。

「冬の腰」では、年老いたマッサージ氏のことが書かれている。ここにもさりげなく深刻な影をみせながら、ひそかに滅び行く人間の姿が記されている。

 とりわけ深い印象を残したのは、最後の2つの短編。「家の声」「空き地の人」
 先に鍵を開けられないであがいていたとなりのお婆さんが登場したが(同居人として実の娘でもないらしい女性がいて、それも得体が知れない感じである)、その後この家はどうなったのか。

 婆さんの姿も人の気配も見かけなくなったある日、家が取り壊されることになった模様である。どういう事情があってどうなったのかははっきりしない。しかし、とにかく……(その前にこの家族の家が老朽化して、妙な音をたてるなど、立て替えなければならないのではないかという話がある。)

 最後の「空き地の人」というのは、婆さんが住んでいたとなりの家が取り壊された後、更地になって、その一角がごみの集積場になっている、高太郎がごみを捨てにいくと、カラスが食い散らす。からずを追い払い、猟銃を撃つ真似をする。その場所に見知らないの女(脂気のない顔の中で円い目だけが際立つ)がきて、話を交わすうちに、女が奇妙なことをいう。

《「向こうは必死ですもの、敵うわけがない」
 勝ち誇ったように目を見開いた女は立ち去りかけて足を止め高太郎を振り返った。
「石をぶつけたり、猟銃を撃ったりしたらだめ。必ず復讐されるわよ」》


 会話と叙述。説明は極力避ける文体で、一文一文はさりげなく、書いている内容もごく普通の感じ。しかし、それをとおして背景の無気味さ、奇妙さ、不安のようなものが作り出されている。

 どうも感想文を書くことは難しいものだ。こう書いているうちにも、ただ思いつくまま脈絡もなく書いているだけで、舌足らずというか、頭が回らないというのか。

 ちょいちょいと簡単に書こうと思うからいけないのだろう。
 ちょっとしたことを書くにも、じっくりと腰を据えてかからないと思うようにはいかない。

 こうした作品を読むとき、いつも注意が向かうのは会話の作り方。

 なるほど会話は、こんなふうに幾らでも「作り出せる」のだ、と思う。
 なるほどこんなふうに会話を作り出せばいいのだ。

 家族間の会話なら頭で想像できそうだが、たとえば「雨の道」
 高太郎は郵便局に用があって家を出るが、雨が降ってきたので、傘をとりにもどる。
そのとき妻との間に会話がある。この会話には、日常生活の中での妻との間柄が的確におもしろく捉えられている。

どうしたの、と家の奥から堤子の声が聞えた。
「降ってるんだよ。小雨ともいえないような奴だけど、間違いなく降っている」
「だから、傘を持って行かなくては駄目よ」
 彼のでる前、堤子はそんな注意を一言も口にしてはいなかった。
「だから、傘を取りに戻ったんじゃないか」
 思わず言い返しながら高太郎は下駄箱の戸に手をかけた。押し込まれた靴でも引っかかっているらしく、少し開いた戸はその先に動かない。
「濡れたら風邪を引きますよ」
 傘を取りに戻った者にどうしてそうもわかりきったことばかり言うのか、と高太郎は無性に腹が立った。》


 これは家族間の会話。さりげなく書かれているが、夫に対する妻、それに対する夫の関係があらわれている。それが作品のテーマではないのだろうが、作品に妙な味わいを与えている。

 家の外で出会った人と会話を交わすことは普通はあまりない。
 ところが小説ではいくらでも随意にそういうことが起こる。

 ごみ置き場で出会った女が話しかけてくる。(「空地の人」)

《「鴉ですか」
 頭に紫のバンダナを巻き小さなゴミ袋を手に提げた見かけぬ女性がいきなり空地に現れて高太郎に声をかけた。
「もうやられました?」
 曖昧に頷く彼にたたみかけるように言葉を重ねた中年の女は網を持ち上げたところで手を止め、破られた袋の傷に一瞬目をやってからその脇に素早く自分の袋を押し込んだ。
「ゴミの日を覚えていて、時間に合わせて来るんですよ」
「ここに袋を置いて、背を向けたとたんに破られました」》


 なんでもないように見える会話であるが、こんなふうに自在に作っていけるのだ。

 「案ずるよりは産むが易し」
 「思いきって」飛びこんでみる(試してみる)ことだ。

 会話文には思った以上に「情報力」がある、と思う。
 第一わかりやすい。頭にすーっと入ってきやすい。


 図に描くとすーっとわかるのと似たようなわかりやすさがある。

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