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もやの中 ――詩的な断章――

   もやの中 ―― 詩的な断章――            宇津木洋


     

  なにかしらまわりがひどく揺れているのに気づいた。
 暗くて外のようすがよくわからない。

 地震だろうか?  それとも台風? 

  そんな考えがちらりと頭をかすめる。

 「この家は新しくて、大工さんが格別に太い材木を使ってがっちりと作ってくれたから、つぶれたりすることはない」とぼくは妻にいう。
 そのわりには、いま自分たちがいる場所は貧弱で狭苦しい山小屋のような感じがあった。

 その場にはわが家の小さな子どもたちもいた。

 ところが、ぼくがそのように言ったすぐそのあとで、家はゆっくりと傾き、壁が倒れてきて、それがまるで段ボールの紙を何枚か重ねあわせてできたような薄っぺらい感じの壁で、ぼくらの上におおいかぶさってくるのだった。
 
 ああ、ぼくらはみんなぺしゃんこになってしまう…



     もやの中

  妻の運転する車で走っていた。
 買いものに出かけての帰り道、もう家のすぐそばまできていた。
 そのとき前方に煙のようなもの(もやだったかもしれない)がたちこめているのが目に入った。
 車はその中へ入っていった。だいじょうぶだろうか…

 とつぜん、視界の見透しがきかなくなり、なんにも見えなくなった。これはいけない、前から来る車にぶつかるかもしれない…ぼくは驚いて妻に車を止めるようにいった。車はすぐには止まらないようだった…


 
    こわい夢の話

  さとみが保育所に通っていたころ見たという夢。
  さとみはお姉ちゃんといっしょに寝ていたらしい。すると風が吹いてきて、〈変なもの〉があらわれた。さとみの話はどうも要領を得ないのであるが、くり返しよく聞いてみると、〈変なもの〉は複数で、片目のやつとか、山姥みたいなやつとか、いろいろいたらしい。連れていかれると思って部屋の端の方に寄っていたが、ついにつかまっていっしょに連れていかれる…
「ばけものたちは羽が生えていた?」と聞くと、
「ううん、生えていないけど飛べるの。そしてわたしとお姉ちゃんは連れていかれないように部屋の端のほうによっていたけれど、とうとうさらわれて飛んでいくところで目がさめた」
  もう一つの夢は、さとみがお兄ちゃんといっしょに廊下を通っていたら、廊下の入口と出口のドアがひとりでに閉まって廊下に閉じ込められた夢。
  廊下は二階にあって、片側から下の階が見下ろせた。下の階には〈変なもの〉がいっぱいいて、そのなかには一つ目のマンモスみたいなやつもいたという。

「おもしろい夢を見たな。また見たいか」と聞くと、見たくない、という。「怖かったか」ときくと、「そりゃあもうこわかったよ」と実感をこめて言う。「お父さんも夢を見たことある?」「あるよ」というと、「どんな夢?」と聞きたがる。「おとうさんは空を飛ぶ夢を見たことがある」というと、「へえ!」とさとみは驚いたように言って、「どないして飛ぶの?」「こうして飛ぶんやで」と両手を鳥の羽のようにひらひらさせてみせる。



      いつか見た二つの夢

  どこかへ出かけている夢だった。家族でハイキングかなにか。広い平原にいると、空から花火ではない、火の粉のようなものがパチパチとはじけながら、降ってくるのが見えた。一瞬恐怖感もあったようである。空襲だろうか?「やっぱり(戦争を?)はじめたのか。まさかとは思っていたが…」と彼は思った。空のあちこちで火の粉がはじけて目ざましく広がって落ちてくる。ぼくはさとみに向かってしきりにいっていた。「あぶないから気をつけて…」ふしぎにも恐怖感はそう切迫していなかった。ただ、とにかく非常に鮮やかな印象があった。

  空から火が降ってきたり空から攻撃されたりして逃げまどう夢はこれまでにも何度となく見た。久しぶりにまた見たなという感じ。ただ、いつもとちがっていたのは、胸つぶれるような激しい恐怖感がなかったことだ。それで、もしこの火を天からの火と考えたらどうろう、と思いついた。ぼくは天からの火を受けて、火花を散らすように創造的になるだろう、こんなふうに考えてみるのはとても面白いことだ。現実にはそうはいきそうもないけれども…

 

   もう一つの夢。


  状況から考えると、ぼくはまだ若くて貧しい独身者のようだった。電車を降りて、ガード下の商店街を歩いていた。ガード下といっても立派な店が続いていた。そこをぼくは通り抜けていった。日曜日で街をうろつくためにわざわざそんな街に出かけてきたもののようだった。歩いていくと、職場の若い女性二人が前を行くのが目に入った。一人はKさん、もう一人がだれだったかどうしても思いだせない。ぼくは〈おや?〉と思うとともに、当惑を感じて歩調をゆるめた。まるで彼女たちの後を追いかけまわしているようではないか。彼女たちがぼくに気づいたらそう感じないだろうか、と不安になった。彼女たちは駅の構内から外へ出て、広い街路を通っていく。ちょうどぼくの足もそちらに向いている。これは困った…そこでぼくはあわてて右手のほうの道へとそれた。するとそこへやはり職場の女性が一人歩いてくるのが目に入った。Nさん…どうやらその近くで催しがあるらしい。ぼくはそのころひそかに彼女のことを思い続けていたのだった。ぼくがこんなところへわざわざ出かけてきたのは、彼女に出会うことを期待してのように見えるのではないか、と不安になった。Nさんはこちらへ近づいてくる。すぐ近くまでくると、彼女は〈おや?〉というふうに笑い顔になって、「どこへお出かけですか」ときいた。ぼくはちょっと気が臆していて、「いや、(別に用はなく)ただぶらぶらと歩いているだけで…」としどろもどろに答えて誤魔化したが、どうもうまくいったとは思えない…そのまま彼女とも分かれて歩いていった。



       犯  罪

  Zは罪を犯したらしい。
  最初、だれもZの罪に気づいていないようだったので、彼は心安らかだった。人々といっしょになって、彼は犯罪があった部屋の中をあれこれと調べていた。人々は棚に置いたものとかその他いろいろな物に触っていた。Zも触った。ふと彼は触ったら指紋がつくのではないかと思った。そのときを境に彼は恐ろしい不安、憂悶にとらえられることになった。だれかが自分の触ったものを布切れで拭いているのが目に入った。しまった…いろいろ考えもなく物に触った…拭いておかないと、指紋があちこちについていたら疑われるだろう…あるいは指紋などわからないのだろうか?  いやそんなことはない。指紋を調べることなど、警察には何でもないことだから…彼は拭きたくなった。しかし、人目が気になって拭けなかった。迷ったすえにようやく拭いて、そっと周りを見ると、だれもこちらを向いていなかった。ところが一人だけこちらを見ている人がいた。まずいことになった…



      動  物(1)

  これはまるで夢の中で起こったできごとのような気がするので、はっきりとたしかには思いだせない。そこでかなりの推量を交えて記すしかないのである。
  ぼくはちょうど家に帰ったところのようだった。おそらく夜のことだっただろう。家族、少なくとも子どもたちがいたように思う。部屋のなかがいつもとちがっていて、どこか奇妙だと感じたので、あちこちと調べてみたようだった。なにもない…だいじょうぶ…そういいながら、しかし、なおいちまつの不安があった。一つの部分がまだ調べ残っていた。部屋の窓側のところに内壁で仕切られた小さな薄暗いコーナーがあって、ほかの場所にはなにもないことが一目瞭然なのだが、その一隅だけは目が届かないのであった。見たところ、その場所はごく狭いうえに、それほど陰になっているわけではなく光も少しあたっているようである、まさかそこに何かの異変又は異変の徴候を示すものが隠れているとは思えない。それでも、とにかくいちおう調べてみようと思ったとき、ひょっとして何ものかがその背後に隠れているのではないか、という不安をかすかに感じた。見ると、はたしてそこに若い男が隠れていた。いや、若い男というよりもそれは少年だった。最初に見たときにはおとなの男のように見えたのだが、すぐにまだ幼い少年だとわかった。ちょうどカメレオンの身体の色がほとんど気づかれないうちにいつのまにか変色するのと同じように、あるいは、コンピューターの画面に写っている文字列がある瞬間に微風が吹いたように消えてほとんど気づかれないうちに別の文字列に置き変わっているのと同じように、彼はぼくが見ている目の前でほとんど目につかないまま、すーっと少年に変わったのかもしれなかった。変わっていく過程が見えなかったから、なんともいえないけれども…最初彼をみつけたときぼくはそれほどには驚かなかったが、それでも一瞬脅威を感じたように記憶する。彼をつかまえてすぐにひもでつないだ。そうするといつのまにか少年は犬かなにかの小さな動物に変わっていた。ぼくは子どもたちにそれを逃がさないようにと言ったような気がする。
  あったことはそれだけだ。

  この動物(または少年?)の正体がどうもはっきりしない。なんとなく貧弱でみじめっぽく、暗い陰のような存在で、不良じみていた。少年を見つけたときぼくはいっしゅん軽い脅威を感じたのだったが、つかまえて放さないようにした。子どもたちに向かって「逃がすな」と言った。
  後からぼくが想ったところでは、その動物(少年?)は、ぼく自身のなかに隠れているみすぼらしいけれども何かしら貴いもののことであり、ぼくはそれを隠れた暗い片隅に発見し、最初ちょっと脅威を感じたが、すぐにそれを逃さずに手元に引きとめたいと思った、ということだったかもしれない。それはぼくのなかに隠れて住んでいる少年時代、少年性、動物性、生命的なものといったものの象徴だったのかもしれず、ぼくはそれを自分のものとしてつなぎとめておきたがったのだ。動物性といってもそれはとても貧相な小動物で、薄汚くてみじめなものであったが、それでもここに自分が生命をもって現に生きていることの不思議さ、貴重さ、遠い祖先のバクテリアやアミーバーの類であった時代から今まで続いてきている生命が現に自分の中に生きていて、それがぼくにとっての生命の喜びの源となるものである、そういったことを指し示していたのかもしれない、とも思ったりするのであるが、もちろんこれは単に後からつけ加えた空想にすぎない。



      動  物(2)

  トイレに入るとき、変な動物がいることに気づいた。はじめ、それは泥かなにかに汚れていて、きたなくて触るのがためらわれるような動物だった。妙にぐにゃぐにゃしていて、しゃんと四つ足で立つことさえもできない犬みたいだった。最初見たときには気づかなかったが、そのうちによく見ると、顔がまるで平べったくてすべすべした楕円形の板のように見えた。身体はえたいがしれず不潔な感じがしたが、顔の目鼻のつきぐあいは人間のような感じだった。そいつが床にぺちゃっとくずれるようにへたり込んで、ぼくにまとわりついてくる。ぼくは汚らわしく感じて避けようとした。ところがそいつはいつのまにか小さな子どもに変わっていた。ぼくは抱き寄せようとした。子どもはひどく汚れていて、口のあたりに紫色のものが見られた。伝染病ではないか…ぼくは不安を感じながら抱き寄せた。病気がうつるのではないか…

  この動物はまるでぼくの〈無意識〉のようだったのではないか、とぼくははあとで想像した。その〈無意識〉をぼくは恐れている。それは不潔で汚らしくて、伝染する病気にかかっていて、危険である。けれどもぼくはそれを抱き寄せたのだ。



      魔  物

  文学の創造の話で座がにぎわった後のことである。
  ぼくらはお寺のようながらんとしただだっぴろい広間に坐っていた。「もっと徹底的にやっておかないといけない」とだれかがいい、そこでぼくらは魔物が出てくるのを待つ気になった。何を徹底的にやるのか、どういういわけで魔物を待つのか、後から思い出してもよくわからない。なんでもその魔物はえたいのしれないやつで、ぼくは恐怖とともに、そいつと面つきあわせて対面してやるんだと、わくわくするような期待をよせていた。
  床の上に小さなものが転がっているのが目に入った。それはカスタネットか何かのように見えたが、あるいは小さな魔物だったのかもしれない気がする。ぼくはそれを棒でたたこうとした。たたくことによって、自分の存在にその魔物の魔性を呼び入れることになり、ぼくは創造的になるのだ、といった感じがあって、ぼくは精神が高揚するのを感じた。そいつがきゅうにぼくに向かってくるのではないかと不安に感じながら、何回かたたいた。するとそいつは唐突に奇妙な動作で飛び跳ねながら、部屋の片隅のほうへ行き、その隅にあったねずみの穴から外へ飛び出していった。
  それだけではまだとてもだめだとだれかがいい、ぼくらはもっと大きな本格的な怪物が正体をあらわすのを待っていた。いったいどんなやつだろうか?  魔法使いのような姿をしたものかもしれないし、妖怪変化か魔物とかいったものであるかもしれない。次はどんな形であらわれるだろうか…
  待ち受けている魔物にぼくは恐怖と期待の混じった強い魅力を感じていた。それは文学の創造に関係がある、文学の創造の泉が湧きだしてくる根源的な源泉にそれは通じている、そのような源泉に通じないかぎり芸術や精神の真の創造力に通じることができない、魔物に触れて強い衝撃を受けることによって創造力が目ざめるだ、といったふうに感じていた、という気がするのであるが、しかし、あいまいではっきりしないのである。ほとんど何もないと言っていいていどのかすかな記憶しかないので、すべてはずっと後になってからの創作にすぎないのかという気もするほどである。


      霊界からのメッセージ

  夜の道を自宅の方へ向かって歩いていて、もう家が間近というところに来たとき、道端に一人の老人が立っているのに出あった。その老人は背がすらりとして立派な骨格をした人物のように見えたが、ひどく痩せて目が落ち窪んでいたためか、あるいは目つきにどこか狂気じみている感じがあったためか、独特の強い印象をぼくにあたえた。髪はバサバサ、着古されてボロに近いような印象の着物を着ていて、着物の前はきちんと合わされていなかった、という気がする。老人の立っている場所は、道路よりも少し土が高く盛り上がっていて、背後に柳の木が生えていた。(このあたりは、具体的に記憶しているのではなく、そのとき受けた印象からそうであっただろうと想像しながら記している。)
  精神異常者か熱病にかかっている人、何となくそんな印象があったので、一瞬、ぼくは冷やっとした。ぼくが通りかかると、老人は近づいてきて、激しく厳しい調子で言った。
「やまうちちせい、やまうちちせい、君はいまどこに住んでいるのかね!」
  ぼくをだれかほかの人ととまちがえているのだ、と思った。ぼくは急いでいたし、危険も感じたので、あまりかかわりたくなかった。家に帰ってすぐにまた出かけなければならない用があった。ぼくは彼を無視し、黙って急ぎ足で通りすぎ、家に帰りついた。後から追いかけてきているのではないかという脅威をずっと感じながら。家には妻も子どもたちもいるし、かかわっていたら後でどんな危険がふりかからないともかぎらない…
  ここに記した老人の言葉は実に明確で、文字どおり彼がいったとおりである。ぼくはそのあとなんどもそれを自分に向かってくり返し、記憶に刻みつけた。老人の語調は激しく狂っていて明らかな危険を感じさせるものだったので、それに直面したときには恐怖しか感じなかった。けれども、後からそれを思い返したとき、あれはどこか霊的といってもいいような魅惑的で崇高な格調が感じられるものだったという気がした。それは狂者のもつ魅力であったのかもしれない。その老人にはその後ふたたび出会わなかったが、あのときのことを思い返すことが重なるごとに、老人のイメージはぼくの精神のなかで次第に変質していき、あるいはあれはぼくと血縁の遠い先祖のまぼろしだったのだろうか…そんな幻想じみたことまで思うようになったのである。
  〈やまうちちせい〉、これは〈山内知性〉ではないかとぼくは考えた。〈山の中の知性〉…もちろんそれはぼくの名ではない。けれどもすぐにこんな考えが浮かび、なるほどという気がしたのだ。つまりぼくのもっているもの(ぼくのなかに可能性としてあるもの)のなかで非常に貴重なものは〈山の中の知性〉である。山の中というのは奥深く樹木が生い茂り人に知られないところであり、人に見えない物の陰にふしぎな生きものや魔物が住むところである。それは自分の中にもあり、たとえば自分のなかの無意識とか、混沌とか、意識下のもの、不分明なもの、未知のもの、怪しいもの、ぶきみなもの、底知れぬものの世界のことであり、そういうものの中での知性の探検、活動ということを示唆している。そこがぼくの働きの源泉となるべき場所であり、ぼくはそういう人間として生きているはずだったのに、日々の雑務に追われ、怠惰と無気力によって源泉から遠く離れて、あきもせずにのらりくらりとすごしている。それでぼくの中の〈生命〉からの使者であるあの老人は、ぼくを眠りからめざめさせるために、「山内知性よ、君はいまどこに住んでいるのか」と厳しく詰問してきたのだ。山内知性はぼくそのものではなく、ぼくの中にある生命の可能性を指しているともいえる。その〈山内知性〉はいままでどこにも住んでいなかったようではないか、いったいどこへ行ってしまったのか、というのが、この見知らぬ老人からぼくに向けて発せられたメッセージ、いわば霊界からのメッセージである。つまり老人は眠っているぼくを未知の可能性を向けてめざめさせようとしたのである…
  ぼくは気まぐれにそんなことを想像した。もちろん、こうした想像(解釈というべきか)は論理的ではないし、根拠もない。けれどもそのときぼくはその解釈に何となくぴったりとくるようなものを感じた。そしてそれはぼくに何かしらの喜びというのか、希望というのか、ある充実した〈実感〉をもたらした。
  あのような形でぼくの前に老人があらわれたこと自体は、単なる偶然で別に意味はなかったかもしれない。けれども、そのことによってぼくのなかに生じた空想にはそれなりの意味があるかもしれないという気がし、こうした空想がぼく自身の精神的な状況を反映していて、それがぼくに現状から抜け出るための出口を指し示しているのではないかと考えたりするのである。


      視 線

  午後は彼を見る機会がなかったし、ほんのたまに見てもそれほど心を引かれないような気がした。
  けれども、夕方、彼のあの〈視線〉に出会ってから、彼の存在が彼女の心に深い喜びを引き起こしうることを彼女は改めて認識した。それを感じることは彼女にはこのうえない優しい喜びの体験であるとともに、深い憂鬱の体験でもあった。どんなに深い憧れを感じても彼の存在に近づくことはけっしてできないのであるから。
  あのようなものを感じることができるのにそれを忘れてしまっていたこと、その実感をもはや思い出せないですごしてきたことに彼女は強い驚きと危惧を感じた。なぜならそれは忘れることが何よりも重大な損失であると思われる種類の感情であったから。
  たまたま訪れた一つの機会に、彼女はほんのひとことであるが用件を思いついて、彼に質問をしたのだ。すると彼は彼女の顔を見、彼女も彼の顔を見た。そのとき彼女は、彼の顔に何かしらいいようもなく心を打つニュアンスがあるのを感じた。それは輝くような眩しい魅力というのでなく(そのようなものが彼にはないというのではない)、どこかしら子どもみたいに素朴で人のよい印象、憐れみさえももよおさせるような印象の中に感じられる、心にしみ入るような、ある独特の印象だった。音楽でいうなら憂いを帯びた短調の旋律。その憂いは、憂いというよりはむしろ喜びなのであるが(すべて深い喜びは憂いを含んでいる)、ショパンやモーツァルトの曲のなかに現れるこのうえなく美しい部分のように、その印象は彼女の心を強く打ったのであった。音楽ならば自分の好きなときにまた聞いて、そのなんともいえない喜びのニュアンスを繰り返し心に呼びもどすこともできよう。けれども音楽を聞くように彼の顔を見ることはできなかった。
  彼を見たその一瞬、彼女は、彼女がある特別な思いをもって彼を見たことを彼は感知していると思い、彼もそのことを意識しながら彼女に向かってきている、と感じたのであった。けれどもその場を去って後で考えると、それが何らたしかなものとはいえないこと、むしろ事実に反した幻想にすぎなかったことに気づくのだった。その場にいたときどれほどたしかに感じたことでも、後になるとすべて疑わしい事実、疑うことのできる事実に変わってしまうのである。
  閉じられた神の心がほんのまれな一瞬開かれて自分のほうに向けられたと信じるキリスト教の修道者のように、彼女は、彼の心がその瞬間自分の上に向けられたと思って喜んだ。彼の視線の一べつによってもたらされる信じられないような効果…彼の視線は彼が親しくしている人たちに向けてはふんだんにばらまかれているのに、彼女の上にはめったに降ってこないのだった。あのとき、彼の視線が彼女の上に注がれたのは、彼女がちょっと用を思いついてつまらない質問を彼に向けて発したからにすぎず、だれだってそのように質問されたら相手の顔を見るにちがいない。けれどもどんな形であれ、その視線が彼女に向けられ、一瞬であれ彼女が彼の意識の中に入ることができたと感じることは、一つの奇跡のようなものであった。
  いったいこれはふり向いてくれない母親または父親に対する幼児の心の状態と同じものなのではないか、と考えることが彼女にはよくあった。

 


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