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『日の砦』を読んだ (黒井千次著、講談社文庫)
- 2010.02.16 Tuesday
- 読んだ本のこと
- 23:37
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- -
- by jouhouko
インターネット(楽天ブックス)で、『日の砦』(黒井千次著、講談社文庫)を取り寄せて、読んでみた。
黒井千次については、名前は知っていて、多少の興味を感じていたが、読んだことがなかった。
何年か前の新聞記事切り抜きをたまたま見て、興味を感じて、読んでみたくなったのだ。
文庫本の表紙カバーの裏にこんな紹介文章がある。
《郊外に家を構え、還暦を過ぎて会社も勤め上げた父親、結婚を控えた恋人のいる息子、母親の誕生日に携帯電話をプレゼントする娘、老朽化した家屋の建て替えを娘と相談する母親……。人生の区切りを迎えてようやく訪れた家族の穏やかな日常にしのびよる、言いしれぬ不安の影を精緻に描き出した連作短編集。》
10の短編を連ねた形の作品であるが、各短編の中心人物は、一つの家族の一員であり、個々別々の作品であるわけではない。互いに関連をもちながら、全体として、ある「いいようのない何か」を言いあらわしているようなのである。
最初の「祝いの夜」「昼の火」と読むうちに、なるほど、それなりに興味を引かれる作品だ。日常生活の中の得体のしれない無気味な要素が、表れている。しかし、それはただそれだけのことではないのか、という印象があった。期待したほどではないのではないか。……
「日暮れの影」は高太郎のとなりに住むお婆さん(家の鍵があかないであがいている)のことを書いている。このあたりからこの作者の作品世界が佳境に入る感じ。
「冬の腰」では、年老いたマッサージ氏のことが書かれている。ここにもさりげなく深刻な影をみせながら、ひそかに滅び行く人間の姿が記されている。
とりわけ深い印象を残したのは、最後の2つの短編。「家の声」「空き地の人」
先に鍵を開けられないであがいていたとなりのお婆さんが登場したが(同居人として実の娘でもないらしい女性がいて、それも得体が知れない感じである)、その後この家はどうなったのか。
婆さんの姿も人の気配も見かけなくなったある日、家が取り壊されることになった模様である。どういう事情があってどうなったのかははっきりしない。しかし、とにかく……(その前にこの家族の家が老朽化して、妙な音をたてるなど、立て替えなければならないのではないかという話がある。)
最後の「空き地の人」というのは、婆さんが住んでいたとなりの家が取り壊された後、更地になって、その一角がごみの集積場になっている、高太郎がごみを捨てにいくと、カラスが食い散らす。からずを追い払い、猟銃を撃つ真似をする。その場所に見知らないの女(脂気のない顔の中で円い目だけが際立つ)がきて、話を交わすうちに、女が奇妙なことをいう。
《「向こうは必死ですもの、敵うわけがない」
勝ち誇ったように目を見開いた女は立ち去りかけて足を止め高太郎を振り返った。
「石をぶつけたり、猟銃を撃ったりしたらだめ。必ず復讐されるわよ」》
会話と叙述。説明は極力避ける文体で、一文一文はさりげなく、書いている内容もごく普通の感じ。しかし、それをとおして背景の無気味さ、奇妙さ、不安のようなものが作り出されている。
どうも感想文を書くことは難しいものだ。こう書いているうちにも、ただ思いつくまま脈絡もなく書いているだけで、舌足らずというか、頭が回らないというのか。
ちょいちょいと簡単に書こうと思うからいけないのだろう。
ちょっとしたことを書くにも、じっくりと腰を据えてかからないと思うようにはいかない。
こうした作品を読むとき、いつも注意が向かうのは会話の作り方。
なるほど会話は、こんなふうに幾らでも「作り出せる」のだ、と思う。
なるほどこんなふうに会話を作り出せばいいのだ。
家族間の会話なら頭で想像できそうだが、たとえば「雨の道」
高太郎は郵便局に用があって家を出るが、雨が降ってきたので、傘をとりにもどる。
そのとき妻との間に会話がある。この会話には、日常生活の中での妻との間柄が的確におもしろく捉えられている。
《どうしたの、と家の奥から堤子の声が聞えた。
「降ってるんだよ。小雨ともいえないような奴だけど、間違いなく降っている」
「だから、傘を持って行かなくては駄目よ」
彼のでる前、堤子はそんな注意を一言も口にしてはいなかった。
「だから、傘を取りに戻ったんじゃないか」
思わず言い返しながら高太郎は下駄箱の戸に手をかけた。押し込まれた靴でも引っかかっているらしく、少し開いた戸はその先に動かない。
「濡れたら風邪を引きますよ」
傘を取りに戻った者にどうしてそうもわかりきったことばかり言うのか、と高太郎は無性に腹が立った。》
これは家族間の会話。さりげなく書かれているが、夫に対する妻、それに対する夫の関係があらわれている。それが作品のテーマではないのだろうが、作品に妙な味わいを与えている。
家の外で出会った人と会話を交わすことは普通はあまりない。
ところが小説ではいくらでも随意にそういうことが起こる。
ごみ置き場で出会った女が話しかけてくる。(「空地の人」)
《「鴉ですか」
頭に紫のバンダナを巻き小さなゴミ袋を手に提げた見かけぬ女性がいきなり空地に現れて高太郎に声をかけた。
「もうやられました?」
曖昧に頷く彼にたたみかけるように言葉を重ねた中年の女は網を持ち上げたところで手を止め、破られた袋の傷に一瞬目をやってからその脇に素早く自分の袋を押し込んだ。
「ゴミの日を覚えていて、時間に合わせて来るんですよ」
「ここに袋を置いて、背を向けたとたんに破られました」》
なんでもないように見える会話であるが、こんなふうに自在に作っていけるのだ。
「案ずるよりは産むが易し」
「思いきって」飛びこんでみる(試してみる)ことだ。
会話文には思った以上に「情報力」がある、と思う。
第一わかりやすい。頭にすーっと入ってきやすい。
図に描くとすーっとわかるのと似たようなわかりやすさがある。
黒井千次については、名前は知っていて、多少の興味を感じていたが、読んだことがなかった。
何年か前の新聞記事切り抜きをたまたま見て、興味を感じて、読んでみたくなったのだ。
文庫本の表紙カバーの裏にこんな紹介文章がある。
《郊外に家を構え、還暦を過ぎて会社も勤め上げた父親、結婚を控えた恋人のいる息子、母親の誕生日に携帯電話をプレゼントする娘、老朽化した家屋の建て替えを娘と相談する母親……。人生の区切りを迎えてようやく訪れた家族の穏やかな日常にしのびよる、言いしれぬ不安の影を精緻に描き出した連作短編集。》
10の短編を連ねた形の作品であるが、各短編の中心人物は、一つの家族の一員であり、個々別々の作品であるわけではない。互いに関連をもちながら、全体として、ある「いいようのない何か」を言いあらわしているようなのである。
最初の「祝いの夜」「昼の火」と読むうちに、なるほど、それなりに興味を引かれる作品だ。日常生活の中の得体のしれない無気味な要素が、表れている。しかし、それはただそれだけのことではないのか、という印象があった。期待したほどではないのではないか。……
「日暮れの影」は高太郎のとなりに住むお婆さん(家の鍵があかないであがいている)のことを書いている。このあたりからこの作者の作品世界が佳境に入る感じ。
「冬の腰」では、年老いたマッサージ氏のことが書かれている。ここにもさりげなく深刻な影をみせながら、ひそかに滅び行く人間の姿が記されている。
とりわけ深い印象を残したのは、最後の2つの短編。「家の声」「空き地の人」
先に鍵を開けられないであがいていたとなりのお婆さんが登場したが(同居人として実の娘でもないらしい女性がいて、それも得体が知れない感じである)、その後この家はどうなったのか。
婆さんの姿も人の気配も見かけなくなったある日、家が取り壊されることになった模様である。どういう事情があってどうなったのかははっきりしない。しかし、とにかく……(その前にこの家族の家が老朽化して、妙な音をたてるなど、立て替えなければならないのではないかという話がある。)
最後の「空き地の人」というのは、婆さんが住んでいたとなりの家が取り壊された後、更地になって、その一角がごみの集積場になっている、高太郎がごみを捨てにいくと、カラスが食い散らす。からずを追い払い、猟銃を撃つ真似をする。その場所に見知らないの女(脂気のない顔の中で円い目だけが際立つ)がきて、話を交わすうちに、女が奇妙なことをいう。
《「向こうは必死ですもの、敵うわけがない」
勝ち誇ったように目を見開いた女は立ち去りかけて足を止め高太郎を振り返った。
「石をぶつけたり、猟銃を撃ったりしたらだめ。必ず復讐されるわよ」》
会話と叙述。説明は極力避ける文体で、一文一文はさりげなく、書いている内容もごく普通の感じ。しかし、それをとおして背景の無気味さ、奇妙さ、不安のようなものが作り出されている。
どうも感想文を書くことは難しいものだ。こう書いているうちにも、ただ思いつくまま脈絡もなく書いているだけで、舌足らずというか、頭が回らないというのか。
ちょいちょいと簡単に書こうと思うからいけないのだろう。
ちょっとしたことを書くにも、じっくりと腰を据えてかからないと思うようにはいかない。
こうした作品を読むとき、いつも注意が向かうのは会話の作り方。
なるほど会話は、こんなふうに幾らでも「作り出せる」のだ、と思う。
なるほどこんなふうに会話を作り出せばいいのだ。
家族間の会話なら頭で想像できそうだが、たとえば「雨の道」
高太郎は郵便局に用があって家を出るが、雨が降ってきたので、傘をとりにもどる。
そのとき妻との間に会話がある。この会話には、日常生活の中での妻との間柄が的確におもしろく捉えられている。
《どうしたの、と家の奥から堤子の声が聞えた。
「降ってるんだよ。小雨ともいえないような奴だけど、間違いなく降っている」
「だから、傘を持って行かなくては駄目よ」
彼のでる前、堤子はそんな注意を一言も口にしてはいなかった。
「だから、傘を取りに戻ったんじゃないか」
思わず言い返しながら高太郎は下駄箱の戸に手をかけた。押し込まれた靴でも引っかかっているらしく、少し開いた戸はその先に動かない。
「濡れたら風邪を引きますよ」
傘を取りに戻った者にどうしてそうもわかりきったことばかり言うのか、と高太郎は無性に腹が立った。》
これは家族間の会話。さりげなく書かれているが、夫に対する妻、それに対する夫の関係があらわれている。それが作品のテーマではないのだろうが、作品に妙な味わいを与えている。
家の外で出会った人と会話を交わすことは普通はあまりない。
ところが小説ではいくらでも随意にそういうことが起こる。
ごみ置き場で出会った女が話しかけてくる。(「空地の人」)
《「鴉ですか」
頭に紫のバンダナを巻き小さなゴミ袋を手に提げた見かけぬ女性がいきなり空地に現れて高太郎に声をかけた。
「もうやられました?」
曖昧に頷く彼にたたみかけるように言葉を重ねた中年の女は網を持ち上げたところで手を止め、破られた袋の傷に一瞬目をやってからその脇に素早く自分の袋を押し込んだ。
「ゴミの日を覚えていて、時間に合わせて来るんですよ」
「ここに袋を置いて、背を向けたとたんに破られました」》
なんでもないように見える会話であるが、こんなふうに自在に作っていけるのだ。
「案ずるよりは産むが易し」
「思いきって」飛びこんでみる(試してみる)ことだ。
会話文には思った以上に「情報力」がある、と思う。
第一わかりやすい。頭にすーっと入ってきやすい。
図に描くとすーっとわかるのと似たようなわかりやすさがある。
- コメント
- さっき兄貴が学校でやった国語の振り返りテストのと問題を見せてもらって、その中に読解として抜粋された小説、「日の砦」の一部が載ってました。
久々にいい話見たと兄貴が喜んでいたので、わたしも読んでみます。 -
- れいか
- 2011/03/21 10:44 AM
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