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村上春樹の「チャンドラー方式」

  村上春樹『チャンドラー方式』からの引用
(新潮文庫『村上朝日堂』所収。1983年の作で、当時、作者は34歳か)

 小説を書くときの方法。 
 
 ずっと前にレイモンド・チャンドラーが「小説を書くコツ」について語っていた、と村上春樹は書いている。細かい点まで正確には覚えていないが、ともあれ、僕(=村上春樹)はそれを「チャンドラー方式」と呼んでいる。
 
 以下村上春樹の文章の引用。

まずデスクをきちんと定めなさい、とチャンドラーは言う。自分が文章を書くのに適したデスクをひとつ定めるのだ。そしてそこに原稿用紙やら(アメリカには原稿用紙はないけれど、まあそれに類するもの)、万年筆やら資料やらを揃えておく。きちんと整頓しておく必要はないけれど、いつでも仕事ができるという態勢にはキープしておかなくてはならない。
 そして毎日ある時間を――たとえば二時間なら二時間を――そのデスクの前に座って過ごすわけである。それでその二時間にすらすらと文章が書けたなら、何の問題もない。
 そううまくはいかないから、まったく何も書けない日だってある。書きたいのにどうしてもうまく書けなくて嫌になって放り出すということもあるし、そもそも文章なんて全然書きたくないということもある。あるいは今日は何も書かない方がいいな、と直感が教える日もある(ごく稀にではあるけれど、ある)。そういう時にはどうすればいいか? 
 たとえ一行も書けないにしても、とにかくそのデスクの前に座りなさい、とチャンドラーは言う。とにかくそのデスクの前で、二時間じっとしていなさい、と。
 その間ペンを持ってなんとか文章を書こうと努力したりする必要はない。何もせずにただぼおっとしていればいいのである。そのかわり他のことをしてはいない。本を読んだり、雑誌をめくったり、音楽を聴いたり、絵を描いたり、猫と遊んだり、誰かと話をしたりしてはいけない。書きたくなったら書けるという体勢でひたすらじっとしていなくてはならない。たとえ何も書いていないにせよ、書くのと同じ集中的な態度を維持しろということである。
 こうしていれば、たとえその時は一行も書けないにせよ、必ずいつかまた文章が書けるサイクルがまわってくる、あせって余計なことをしても何も得るものはない、というのがチャンドラーのメソッドである。  …(中略)…
 僕はもともとぼおっとしているのが好きなので、小説を書くときはだいたいこのチャンドラー方式を取っている。とにかく毎日机の前に座る。書けても書けなくても、その前で二時間ぼおっとしている。
》 (村上春樹『チャンドラー方式』より)

 なるほど、これは使えるかもと思ったので、書き留めておいた。(ただ、その後数年も経つが、まったく実践できていない。できていないが、今なお自分にとっても重要だという気がしている。)

 きょう、『ウエブ進化論』の著者・梅田望夫のブログを見ていて、たまたま「チャンドラーと村上春樹、書くこと」という文が載っていた。村上春樹の文を引用したもので、次に引用させていただく。

◆チャンドラーと村上春樹、書くこと  
(梅田望夫ブログ My Life Between Silicon Valley and Japan 2007-04-08記事)
《「ロング・グッドバイ」(早川書房)に、村上春樹が長大な「訳者あとがき」を書いている。その中でチャンドラーの手紙を引用し、書くことについてこう述べている。
うまく文章を書くことは、彼(=チャンドラー)にとっての重要なモラルだった。彼はある手紙の中にこのように書き記している。
「私は思うのですが、生命を有している文章は、だいたいはみぞおちで書かれています。文章を書くことは疲労をもたらし、体力を消耗させるかもしれないという意味あいにおいて激しい労働ですが、意識の尽力という意味あいでは、とても労働とは言えません。作家を職業とするものにとって重要なのは、少なくとも一日に四時間くらいは、書くことのほか何もしないという時間を設定することです。べつに書かなくてもいいのです。もし書く気が起きなかったら、むりに書こうとする必要はありません。窓から外をぼんやり眺めても、逆立ちをしても、床をごろごろのたうちまわってもかまいません。ただ何かを読むとか、手紙を書くとか、雑誌を開くとか、小切手にサインするといったような意図的なことをしてはなりません。書くか、まったく何もしないかのどちらかです。(略)」
 彼の言わんとすることは僕にもよく理解できる。職業的作家は日々常に、書くという行為と正面から向き合っていなくてはならない。たとえ実際には一字も書かなかったとしても、書くという行為にしっかりとみぞおちで結びついている必要があるのだ。それは職業人としての徳義に深くかかわる問題なのだ。おそらく。


(ちなみに『ロング・グッドバイ』は、村上春樹が訳した本の題名。著者はレイモンド・チャンドラー)






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