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  • 2015.07.11 Saturday
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頬がげっそり落ち込んでいる、気をつけなよ

  仕事で家庭訪問した家のばあさんは、手足が常時痛み苦しんでいるのであるが、いかにも心配というふうに彼に言った。

「あんた頬がげっそり落ち込んでいる。どうしたの? 気をつけなよ」

 そういわれればそうかなと思い当たる。いつも睡眠不足のせいか、頬の当たりに苦痛を感じている。頬がげっそり落ち込んでいる感じもある。鏡を見てもそうはみえないのだが。

〈彼女に何とも思われていない〉という思い。もとよりそれは承知のこと。
〈思うだけにしておこう、思うだけならいいではないか、思われることは望むべくもない……たとえ思わることがあったとしても、その先は少しも望ましいものではない……〉

 それでも、一方では、それを望みたくなるのだ。〈思われていない、望みがない〉となれば、その状況は余りにも苦しくなるから……

基本方針「固く隠す」「何も期待しない」「機会を利用する」

  朝、彼は職場の駐車場で、時間ぎりぎりまで車の中でピアノ曲を聞いていた。

 聞いている間だけ情熱的な喜びを感じるので繰り返し聞いていた。

 モーツァルト、ハイドン…

 朝方、見た彼女の姿はややうつむき加減で、こよなく優しく、憂鬱げで、魅力的だった。
 憂鬱な甘い魅力。独特のやさしい感じ…
 いや、適切な表現は難しいが、そのときの感動が今日一日の心の糧となっていた。これで彼女をひと目見られたから、出張で外へ出かけることができる。そう思って彼は出かけた。

  出るとき、強いためらいがあって彼女の方へちらりと視線を向けることができなかった。

 朝方、彼女を見たあとで彼女によって心に呼びさまされた独特の甘美で複雑な喜びのことを思いながら、車庫に向かう道々、ふとこんな考えが浮かんできた。

 
モーツァルトやハイドンのピアノソナタ(短調)を聞くとき、独特の興奮、独特の喜びを感じる。その曲が彼の心に、ある複雑で甘美な喜び、感銘を引き起こすからだ。つまり「その曲には独特の魅力が備わっている」ということである。

  それと同じように、「今朝方彼女を見たときに、やはり彼はある深い、いいようのない喜び」を感じたのだった。それは、「優しい、どことなく憂鬱な優しさを感じさせるもので、彼女の姿態、顔立ちが、そういうものを心に呼びさます効果をもっている」のだ。

 彼女の魅力は、色香といっても、いわゆる色気といった感じのものではない。彼に感じられる彼女の魅力は、もっと複雑で、精神的な(というのは適当ではないが)何かである。その感じをあらわすことはできないし、それに近いニュアンスさえも伝えることは困難だ。

 甘美な、憂鬱な、メランコリーのイメージ…

 昼休み。彼は自分の年齢を忘れ、またしても愚かな妄想を抱きそうになる自分に水をかけた。

 それはもちろんそうだ。当然のことながら、〈基本方針〉はこうである。

1 彼女への関心を「かたく隠しておく」こと。

2 彼女に対してはいっさい「何も期待しない」こと。
  (これは絶対的な大原則。この二つの原則を厳守しながら、次のことが要求されるのだ。)

3 彼女を「見る機会をできるだけ利用する」こと。

4 「見る喜びを深く感じる」こと。

 


すっかりお顔を拝見できなくなりましたがお元気ですか(ある意味大胆な手紙)」

 これこそモーツァルトのハ短調ピアノソナタ

 彼女に自作の本を送った。その送付文に

《すっかりお顔を拝見できなくなりましたがお元気ですか。
 この度『×△×△』(彼女への思いを書いたとわかるかもしれない作品)を出しましたのでお送りします。》

「すっかりお顔を拝見できなくなりましたが… 」

 ある意味非常に大胆。

 その大胆さが普通ではないところに、劇的な要素がある。
 彼女との間柄から考えるとそんなことは唐突で非常識すぎる。
 そんな大胆な、いや、「厚かましい」ことをあえてやった、という驚きと困惑、戦慄…


思われているという幻想

前中、事務所でずっとワープロに向かっていた。
 さらに午後出張に出て帰ってからもずっとワープロに向かっていた。
 しばらくすると嬉しいことに彼女が帰っていた!
 
 それを知ったのはいつだったか。
 彼は彼女の方をあえて見ようとしなかった。自分のことの中に閉じ籠もっていた。

 一度彼女が近くへきたとき、S氏が彼女に「Mさん、午後帰ってきたの。帰らなくてもいいのに… 総務課長が帰れといったのか… 」といっているのが聞こえた。S氏が彼女に好意を感じているらしいことは察せられる。

  どうやら彼女は神戸へ出張にいっていたらしい。通常神戸へ出張したときには、事務所に帰らなくてもいい、という慣例があった。

 彼女はS氏に何か答えていたが、その声はやや低いおさえめの声で、彼女独特の優しい調子である。その声を聞くだけで、その語調を聞くだけで、彼は彼女の優れた品性、魅力を感じてしまうのだ。そのときの彼女の声の調子がおさえぎみで、感じがよかったこと、やや当惑しているように彼には感じられたこと(いつものことだ。彼には彼女の語調が彼を意識して、心持ち当惑しているように感じられてしまうのだ)が彼に喜びを与えた。

 彼の感じたのは、「彼女が出張から帰っていままさに彼を傍に見て喜びを感じている…」ということだった。
 彼女の存在を見、彼女の声を聞くとき、深い喜びや震えとともに、彼がほとんど反射的に感じるのは、「彼女に愛されている」という気持である。
 ああ、実に奇妙なのはこの点である!
 彼の理性は現実的な判断力を失ってしまったのだろうか? 気をつけてみるなら、他の女性の行為も、見ようによっては、彼を意識しているかのように感じられるものである。しかし、そんなことはありえないということは明らかだ。普通の何でもない態度、語調が、見ようによって意味ありげに感じられるということにすぎない。彼女の素振り、当惑、語調も、そう考えて見れば、何ら特別のものではないことがわかるはずだ。ただ、彼女をひどく意識する彼の想像力(感受性)がそれを意味あるもののように感じとってしまうのだ。
  考えても見よ。S氏と彼女との短い会話は、ただのありふれた会話にすぎない。そのとき彼は彼女の方をまったく見向かなかいで、ワープロに向かっていたが、彼が耳にしたのは彼女の短い言葉、語調だけである。彼女が彼を思っていると感じた根拠と言えば、彼女の語調だけであり、他には何もない。いったいこれは何という乱暴な推論であろうか!  彼女がもし彼の推論を知ったなら、さぞ驚きあきれ、困惑するにちがいない!

  彼は一瞬強い幸福を感じたが、やがて以上のような反省を行い、彼女に思われているなどというありえない甘い幻想を繰り返し自分に対して打ち消した。彼は多忙のせいもあって彼女の近くへ一度も行かなかったし、行くのがひどく億劫な感じもしていた。行けば、われながら醜い気遣いをしなければならない。彼女から離れているほうがずっといいではないか。ただ、時々通りかかる彼女の感じをそっと目の片隅の方で感じとる。彼女の声を遠くから注意して聞いている。それだけいい…そんな気持だった。何も望んではならないし、勿論望むべくもない…愛されるなんて…そう思いながらも、この世に二つとはない彼女の姿がちらっと見えると、こりもせずにやはり同じ思いに支配されてしまうのだ。

  彼はしかしずっと彼女から離れていた。どうとでもなれ。彼はずっと黙っていたが、たまに人と話すときには実に生き生きして、自然で、軽やかな、感じのいいもののいいかたになった。自然にあふれるように、愛想のよさがわいてくるのだ。教育事務所のT氏が来て、ある用件について彼にたずねたときもそうだった。また、近くにK女史が来ていたときにも、彼は彼女にちょっと聞きたいことがあったので、声をかけた。そのあとKさんが彼の近くのワープロ用紙をとりにきたとき、彼はちょっとくだけた調子で、「リボンのテープは高いのでしょう?」といってやった。Kさんは経理担当らしく、経費節約のことを話しはじめた。そうしたやりとりを通じて、彼は自分が自然と軽快で陽気になるのを感じていた。それ以外は一日中彼はほとんど無口で黙ってばかりいたのだが。そしてやはりどうしても彼は、《彼女に思われている》という非条理な確信(というよりは気分)に取りつかれていきがちであった。それはそれでいいだろう。ただ、図に乗らないことだ。あくまでも自分を自分の中にとどめておくことだ。自分一人で(彼女なしで)秘かに甘美な夢想を享受するということだ…たとえばモーツァルトやショパンのピアノ曲を聞いて…ああそれだけで満足できるものならば…

 また、彼の前任者のK氏が彼がワープロを打っているところに来て何か話したそうな感じがした。彼も何かいいたくなったのでちょっと話し込んだ。ケースについていろいろ思い出せる限りのものをあげて彼に質問した。彼は実にいい感じで話すことが出来た。「ああしんどいわ。一日中ワープロに向かっているとしんどいな。字が下手だからワープロで打つしかないし…」
 K氏は「よういうわ…」といった。K氏がこんなにいい人だとは、四月まで思ってもいなかった。彼は、K氏を地味で無口で、さえない人だとくらいにしか思っていなかった。

 

価値は、彼女自体の中にはなく、彼女によって彼が感じたものの中に

 相変わらず彼女のことを思う。
 思い浮かべられるイメージは、どちらかというとそんなにきれいでもなく、魅力的というのでもない。彼女を見るときのあの喜びはもはや蘇らない。いったいあれは何だったのだろうか。単なる迷いだったのだろうか。

 いや、迷いではない。あれは明らかな事実なのだ。彼女を見て素晴らしい希有な喜びの情を感じていたということは。

 ときどきはっと驚くことがある。

 彼女への思いの本質(そのもっともすばらしい本質)は、可愛いとか、愛してやりたいとか、守ってやりたいとか、いったものではない、ということ。

 彼女を「思う」ことが一つの驚き、戦慄、あってはならない、あるはずもないこと、というイメージがある、まさにその感じがその本質であるということ。

 その驚きの感じ、正体を鮮明に認識することはできない。(戦慄、驚きの裏面は、羞恥の心、恥ずかしさである、という気がする。)

 日記を読み返してみても、もはや彼女と顔を合わせることもないかもしれない、彼女を明日見られるあてがあるのでもなく、もうこれで永久に別々の空間で暮らすようになってしまうような気がしているいまでは

「かつて彼女を見てあのようなものを感じたこと」
「彼女に思われていたかもしれない、すくなくとも彼女に自分の思いを知られ、それなりの心の通じ合いのようなものがあったかもしれない、といったこと」も、今となってはもう意味もなくなってしまったのだ。

 ふたたび彼女を見て、彼女と心が通じ合い、彼女を思い、彼女に思われるかもしれないといったことが将来にありえないなら、かつて思われたかどうかといったことに、何の意味があるだろう。……

 この項で書くべき本質は、かつて感じたことがまったくの幻覚=無意味だったということではない。

 そうではなくて、あれは「まぎれもない価値」だった、

 結果的に「単なる幻覚だった」という結論が出たとしても、

 その幻覚が生んだものには、まぎれもない真性の価値がある(あった)、ということだ。

 たしかに幻想、幻覚の類は、通常結果的に否定的な評価にいたるようだが、そんな幻想・幻覚が生じてそこに、この世にありえないような類の喜び、言葉ではいいようのないような価値の予感(実感)がそこから得られたのなら、まさにそんな予感(実感)こそ、真に価値があるというべきではないだろうか?

 思うに、これは、こういうことになるのではないか。

かつて彼が見て喜びを感じていた相手である彼女その人〉にそのような価値があるということではなく、〈かつて彼が彼女を見て感じていた喜びそのもの(いいようもなく深い憂愁の色に染まっている)〉に価値があるのだ、ということ。


【断章】 迷路のように進んでいってもたどりつけない道


《それにはいかなる希望もなく、脇道もなく、迷路のように進んでいけばいつかはたどりつけるかもしれない、というのでもない、完全に閉ざされている道だから…
 そういう考えが強くわきおこるときには、彼は苦痛を感じる。しかし、そういう考えを忘れて、何かしらまやかしの希望のようなものを感じているのがいつものことなのだ。
 憂鬱、悲しみ… 彼女を目の前の見れば悲しみもわこうもの。しかし、離れて思うときには、希望がわいてくる。
 道が閉ざされていることを頭に浮かべると、強い苦しみがわいてくる。》

 これは面白い表現で、まるでカフカの世界ではないだろうか。

 もちろん、これだけではただそれだけのことだが。

 このブログを創作ノートの場にするのは、ひとまずやめて、随意に面白いと思ったことを、あれこれと顧慮することもなく、、掲載していくことにする。


幻想の生じるところ ―人の心―

 

幻想が今日も彼を支配していた。

 

幻想−それは心の期待とそのときの外界の印象、見たもの、聞いたものなどをもとにつくり出される。

 

 人はどうしても心が予期し期待するもの、あるいは恐れるものに関心があるものだから、観察された外界を自分の心の期待、恐れに沿った形で想い描こうとする。期待しているとおりであるか、期待外れであるか、という関心をもって、人や物を見る。期待の気持にあっているように取れる事実(それはたいていはっきりしない、どちらにでもとれる性格のものであるが)が少しでもあると、喜びが生じ希望が生じる。勿論始めは随分慎重に控え目に疑いの余地あるものととして受け取るのだが、それが度重なり慣れてくると、次第にそれが確信に似たものに変わっていく。しかし、それはけっして最終的な確信に達することはない。いつも不確かなもの、疑いの余地があるものであることにはちがいないのだが、しかし、ついそれに強く引きずりこまれていって、愚かな自惚れた希望を抱き始め…

 

 期待に反すると思われる事実が目撃されれば傷つくが、やがてはひょっとしたら…と思い始める。つまり期待に反する事実のように見えるが、そうではないかもしれない、別の理由があるのかもしれない、という気がしてくるのだ。

 

それは希望的な事実を目撃したときにもいえることだ。つまり彼女に思われているという強い確信に達した後で、冷静に反省すると、別の理由の可能性が発見されたりして、あれは必ずしもそうとはいえない、彼女が彼を思っているせいであるとはいえない・という結論に達するのである。その場合には確かに期待外れの苦しいものが再びもどってくることになる。

 

 たとえばはっきりした物の形を認識するときにも、人はその物の形を想像力によって作り上げている、という要素が多分にある。ここに鉛筆がある。人は鉛筆の形をはっきりと認識する。しかし、鉛筆の像は網膜の中にそのような形で入ってくるのではない。人は網膜に映った像を反射的に立体的な鉛筆の形としてとらえているのである。鉛筆の形は人が精神の中で反射的に作っているのである。鉛筆はそういうものとしてあらかじめ人の精神の中に記憶されていて、そのような形の刺激にはこのような像がイメージされるようになるのだ。

 

 人は環境に対していつもそうした形で対処している。

 

 自分の関心、自分の型に合った形で外界を想像し形作っていくのだ。それは経験の積み重ねによって概ね事実から掛け離れていないことが証明される。

 

 たとえば通常人は自分で円い地球を見たことがない。しかし、写真で見たり、教えられたりして、地球は丸い、ということを知っているので、それに沿って地球をイメージする。人は普通直接に日本列島の姿の全貌を見たことがない。しかし、人は大阪、東京、北海道、九州というところがあって、飛行機で行くとそこへ行けることを知っている。そこへ行けばそれぞれの場所でいろんな町や村があって、人々の生活が営まれていることを知っている。それも想像力の働きなのだ。

 

 周囲の人の心や思っていることについては、自分との関係で、いつも非常に気になっているので、人はいろいろな微妙な事実、徴候によって、それを読み取ろうとする。人の精神にはそういう想像力が発達しているので、観察された事実に基づいて(顔の表情や動作や小さな事実によって)、人は身近な他人の心を推測する(感じとる)能力を発達させている。想像力が事実を作っていくのだ。勿論それが事実にあっている場合もあるが、事実からかけはなれていく場合もある。特に感情の色に強く染められて期待(あるいは不安)の気持ちがとても強い場合には、人は自分で自分の幻想を紡ぎ出していくのだ。

 

 日常生活の中でも、我々は、人から好意を持たれている、人の目に自分が素晴らしい姿で(あるいは滑稽な姿で)映っているという自惚れた(あるいは逆の)幻想がしばしば心に浮かぶものである。

 


朝、職場の駐車場で歩いてすれ違い…

 またしても思いがけないことになってしまった… とてもまずい希望のないことに

 朝、このうえまた彼女の前に姿を見せることはとてもできないと思い、それは避けようときめていた。時間も遅れ気味に出た。道路が混んでいたのに案外早く着いた。唯一許されるのは職場の駐車場に入るとき、入り口で車同志で出会うこと。
 期待したがだめだった。
 駐車場に入って車の中で待っていた。
 もう行ってしまったのだろうか、彼女は、先週彼といやな出会いかたをしたので、同じ時間帯を避けるために、これまでよりも早く出てきたかもしれないという気もしていた。

 8時50分を過ぎたとき、彼女の車が入ってきた。いつもと変わらない時刻。彼を避けるのならどうして時間帯を変えないのだろうか。よく見られなかったが、とくに手を頬にあてるようなポーズもなかった。彼女が歩いてくるのを見たいという思いはあった。車の中にとどまったまま見るか、それとも歩いて近づきながら見るか、はっきりときめていなかった。

 彼の停車位置からでは遠すぎてよくわからない。できたら車を降りて歩いていく途中、あるていど離れた場所から見たい。けれども彼女が出てくるのが遅くなると、接近しすぎて彼女の目にとまってしまう危険性がある。相当に時間を置いたが、彼女はなかなか現れない。
 よしもう大丈夫だろうと考えて車を出た。駐車している車たちの列に隠れるようにしながらゆっくりと近づいていった。それ以上近づいたらまずいという地点まできたが、彼女は現れない。それ以上とてもそのまま進めない…

 彼はやむなく右の方へ折れたが、そのまま折れて行ってしまっては彼女を見る機会が不意になる。
 それでまたもどって玄関の方へ向かった。うろうろしていると人目について変に疑われると困惑しながら〈運命の方向へと進んでいくしかなかった!
 するとちょうど先日とまったく似たタイミングで、彼女が前方から歩いてきた。

 
これにはほんとうに困った。まるでねらってきたかのようではないか!

  このまえのように顔をそむけるようなことはしたくない。とにかく彼女を見ようと思った。あの日と同じように彼は最初それとなく前を向いて彼女の方へ視線を向けないでいた。それから起こったことはとても悲しいことだった。何度考えても彼女が〈どうしてあんなふうな動作を見せた〉のかよくわからない気がする。

  彼女は、彼を目にしてとても強い当惑にとらえられたにちがいない。それはまちがいのないところ!  その当惑の感じは予想以上で、〈一瞬彼女はまっすぐ前に歩くことを止めて、彼女からすると左の方へふらふらっとそれていくような動〉を見せた。歩調が緩くなっただけでなく左側に止めてある車の列の方へそれようとした。つまり彼は、彼女の右側ですれちがうことになるのだったから、明らかに〈彼とすれちがうことを避けようとする動き〉だった。
(これは後で思いついたことだが、そのあたりに細い通路がある、彼女はそこから入ろうとしたのかもしれない。そこは車が並んでいて塞がれていたので、彼女はそちらへ行けなかったのだろうか。)

 彼女のその動きに彼は驚き胸が痛む思いを感じた。

 どうしてそんなに露わに避けようとするのだろうか。そんなにまでされるされるほど、事態は〈取り返しのつかないことになっている〉のだろうか。

 彼は彼女の方へ視線を向けた。彼女の顔が目に入った。

 彼は軽く口を開け、頭を下げてあいさつの動作をした。彼女は少し顔を伏せ加減にしたまま、彼の顔を見ないでつぶやくように弱々しく「おはようございます」と言って過ぎ去ったが、その言葉には〈好意的なものはなにもなく、ただ避けているという印象、もう顔を見ることもしたくないという印象〉があるだけだと、彼は感じた。

(いったいそんな、〈あまりにもぶしつけで悪意を隠さない〉ような表情を、彼女はどうして彼に見せることができたのだろうか? よほどひどいことをされたと思っているのではないだろうか?  勿論普通の場合ならとてもそんなことはできないのである。)
  彼が〈厚かましくそこで出会う〉ことをねらってきたということを彼女は疑わなかっただろう。彼は落ちついて考えることもできないほど呆然としてしまった。とりあえずそこにあった自動販売機のお茶を買った。頭に熱いものが詰まっているように感じた。

 彼女の顔を見たとき、少しも美しくない、そんなに心を引くものがあるわけではない、と感じるものがあった。

 先日見たような青さは感じられなかったが、顔の感じにどこかみだれて(崩れて)哀れな感じがあった。白っぽく老けてみえた。彼女は〈彼の愚かしい卑怯な行為のせい〉で〈想像以上にひどく苦しんでいる〉のだろうか…

  勿論彼女に出会ってしまった自分の軽率さを後悔した。

 あれほど出会うことを避けようと考えていたのに。
 もっと十分に慎重でなければならない、と反省した。

 けれども何よりも衝撃だったのは、彼女から避けられている、彼女の心にはもう彼に親しさを見せようとする気持がなくなっている、彼女はそこまで追い込まれているのだという思いだった。彼女をこれ以上苦しませてはいけないという思いは勿論あったが、それよりももっと苦しいのは、彼女から親しみをもたれることもなくなった、彼女から恨まれ嫌われ避けられるようになってしまった、という事実だった。彼を見ることは彼女にはもう苦しみ以外の何でもなくなった、という取り返しのつかない事実。
  事務所に入っても本当に頭と身体に熱い衝撃がつまったように呆然とした状態が続いた。〈避けられているという事実の苦しさ、痛さ〉は、それでもまだそんなに〈最終的な絶望〉にまではいたっていなかった。彼女がかすかながら「おはようございます」と言ってくれたことは嬉しかった。
 あれはむしろ〈好意よりも拒否を表していた〉というべきなのに。

 最初彼女がふらふらっと横にそれようとしたときのようすを思い返すと、衝撃であるだけではなく、とても愛しい気がした。
 
どうしてあんな弱ったような顔、あんなふらふらする動き、あんな青ざめた気持を見せることができるのだろうか!  いくらなんでも彼女はそんな人ではない。平常な心があるなら彼女はけっしてあんなものを人に見せないだろう。心が異常なとらわれの状態におちいっている徴である。

(いまこれを書くとき思いがけない一つの可能性を感じた。彼女は彼へのどうすることもできない思いを感じているのではないか。それで悩み苦しんでいて、あのような弱ったような顔を見せてしまうのではないか。勿論ただちに否定される。けれどもこの期に及んでなおこんな希望が生じるとは!)

  たとえ彼が彼女に対してとてもひどいことをしているとしても、彼女は彼を無視しながらも傷つけまいとして表向きは何ごともなく平静にしているだろう。いや、そうではない。彼女は事態を非常に深刻に感じているのだ。そのきっかけはおそらくあの年賀状だったかもしれない。
  彼女が見せた横にそれる動き、心弱ったようなみだれた顔つき、青ざめた心

 それを思いだすと、彼は心に興奮を感じた。
 彼女の顔は美しくなかったが、〈彼女という人の存在の何ともいえないよさ〉はそんなこととはまったく関係がない。
 ただ、そんなに魅力的にも感じられなかった彼女にこのような思いを持ちつづけることは、彼女に対してとても悪いこと、酷いことをしているような気がするのだった。
 
 彼女も顔を背けることにならなかったことで、安堵を感じているのではないか、と想像したりした。背けることは悲しすぎる。

 
彼とすれちがうことは彼女にはおおきな衝撃、当惑、悲しみであるにちがいない。そんなことが重なっていくうちに、それが一つの強く深い喜びとならないだろうか、という思いが浮かんだ。彼と出会うことは彼女にとってただもう嫌なばかりなのだろうか。どうして顔を見ないほどにまで避けなければならないのだろうか。

 送った年賀状がそんなに悪かったのだろうか。彼女の家の前を車で通ったことがよくなかったのだろうか。それはたしかにどう弁解しようもなくひどいことではあったが…

 やはりどうしても否定できない事実として残るのは、「彼女が彼を避けるようすが非常に明らかでほかにどう考えようもない」ことである。それもこのところずっと繰り返されている。もう疑う余地はない。それなのにまだ、ともするとその痛みを忘れて、あらぬ希望の思いを育んでしまうのだ。けれどもこの一点だけは、苦しい不吉な事実として残ってしまう。
「それではあれはすべて何だったのだろうか」と彼は繰り返し自問した。「同じ事務所にいられた幸福な時代に彼女がしばしば見せたものは何だったのだろうか。あれがすべて嘘だった、幻想だった、というのだろうか?」

 いずれにしても、これからはもっと十分に用心して彼女の目から自分を隠すようにしなければならない。

彼女に気付かれたいなどとはとても思えなかった… (創作メモ)

 日曜日だったか、午後、娘たちにせかされて、M市のスーパーマーケットへ買い物にいった。雅美がシュークリームを作りたいというので、材料を買うのが主目的だった。
 ジャスコの食料品売り場(野菜売り場のあたり)で、大勢いる人たちの中に、彼はふと一人の女性を目にとめた。

 「〈彼女〉に似ている…」とそのとき彼は思ったのだ。

 背格好、姿形、髪の形、雰囲気がたしかに彼女に似ていた。後ろ姿しか見られなかったが、見れば見るほど「彼女ではないか」「彼女かもしれない」という思いがあった。たしかに彼の知っている彼女に比べると、心持ち太り気味、大柄な感じもしないではなかったが、けれども彼女の姿をずいぶん長く見ていないのだから、最近の彼女を彼はまったく知らない。この程度の変化が彼女に起こっていても不思議ではない。

(なぜ彼女がわざわざ家から離れたS市のスーパー店まで出かけてきたのか、あるいは彼に出会うかもしれないということも念頭にあったのか、といった愚かしい幻想も心にわき起こらないこともなかった。)

 とはいえ、そのとき自分が感じたのは、彼女かどうか是非確かめたい、というものではなく、彼女に気付かれないうちに姿をくらましたいというものだった。
 気付かれたくない、気付かれたらまずい(適当な対応ができずにみっともないところを彼女に見せることになってしまう)、という不安だった。
 〈彼女〉を確かめたい、という思いもそう強くなかった。
 まして、彼女に気付かれたいなどとはとても思えなかった。
 
 何よりもまず気付かれないように、という考えが優先したので、彼はそのままその場を去った。

 娘たちのところへ戻って、雅美が必用とするものを探してなおも店内をあちらこちら回った。ひょっとして〈彼女〉と出くわしたらとてもまずいと思いながら。

 その後、彼女かもしれなかった女性の姿を見ることはなかった。
 そのうちにこちらからもう一度見たいと思って、周辺に視線を向けてみたが、その女性はついに見かけなかった。

 ただ、後になるほどに、彼女かどうか確かめたかった、彼女を見たかった、という思いが強まってきた。たしかに彼女を「見る」ことには、ある喜ばしい興奮がある、ことをあのときも感じたのである。先ほど目にした彼女かもしれない女性の姿形が、客観的にいって、それほどのものとも思われないにもかかわらず、特別な喜びの予感、興奮が心に生じたのは、特筆に値する。
 同時に、彼女と出会うことへの恐怖、さけたいという思いが非常に強いことを改めて知った。恐怖というのは、相手に知られることへの恐怖である。出会っても、何も言葉がなくかえって無様なことになるという恐怖である。
 

昨日とはまたちがった苦しさ  【素材】 

 そんななかで今日感じたのは、昨日とはまたちがった苦しさだった。

 いや生理的、身体的な苦しさの質は同じなのだが、そのもととなる考えが昨日とはちがっていた。
 昨日は彼女を苦しませ、危機と不安に陥れるようなことをしている自分を思い描いて苦しんでいた。今日の場合は、自分のしていること、しようとしていることが彼女にとってどんなに失礼なことであるか、彼女は彼を、彼女に対して「とても怪しからぬことを望む人」だと思うだろう、といったことを実感するきになっていた。
 

つまり彼女には平和で幸福な家庭が、夫や子どもがある。彼はその彼女にいったい何を望もうとしているのだろうか。彼女に何をさせたいと願うのだろうか。
 たとえ彼女と落ち合って話をするというだけのことでも、それは彼女からそのような平和と幸福を奪うことになりかねない。少なくとも彼自身が感じている常ではない感情に照らして考えると、そんな志向性をはらんだことなのである。

もちろん、実際に彼女がそうなるということではなくて(彼女はけっしてそんな愚かなことはしない)、彼の心の中にあることは、多かれ少なかれそうなることを彼女に求めることにほかならないのだから、そんな彼のことを彼女が「いやらしいことをする」(いやらしいというのは卑猥という意味ではなく、人を破滅に引き込むようなことということである。)と感じる理由は十分にある。

「あんなことをするなんて、彼はとてもいやらしい」「よくそんなことができたものだ」と彼女は感じたのではないだろうか。勿論彼女は性格がいいし、それを表面にはださない。彼を傷つけないように好意的な顔を見せている。けれども本当は彼についてあまりいい印象をもっていないかもしれないのだ。

 

  夕方5時半に歯科受診を予約していたので、今夕は彼女を見られないだろう。
 5時ころ3階まで上がっていく用があった。階段をのぼって彼女の事務所がある2階部分にきたとき、彼女を見る機会があるかもしれないと思うのである。といってもたいてい出会うことなしに終わるのだ。2階に人の姿はなかった。やっぱりだめ。それはわかっているさ。

 3階で用件を終えて、階段を2階近くまで降りてきたとき、目の前を若い女性が歩いて横切るのが目に入った。○○事務所かどこかの人だろうかと思って、それとなく目を向けた。背丈から見ても顔の感じから見ても彼女ではない、と思った。明らかに彼に向けて「こんちにちは」と言い、笑い声を残して通りすぎた。〈彼女〉だと気づいたのはそのときだった。印象では彼女だとは信じられない気がした。頬骨がひどく出ている感じがした。顔色もどうもよくない印象を受けた。先日彼女と出会って言葉を交わしたときの青ざめた顔が思い出された。あのときにはとても深い魅力を感じたが、今日感じたのはそんなものではなく、彼女はとても苦しみやつれているのかもしれない、そのためにほとんど魅力が感じられないくらいになっているのではないか、という印象(単なる想像かもしれない気がする)だった。彼自身いまそんな状態の中にずっといるのである。自分の身体の生理感覚に苦しいものがあるために、彼はそのときの彼女の顔の印象に何かしら強度のやつれと苦しみのようなものがあるように感じた。


 
これがはじまったのは、彼女と出会ったあの日、11月9日からだと彼は思っている。これはいったいどうなってしまったのだろうか。気をつけないとほんとうに病気になってつぶれてしまうかもしれない。


 彼女は「こんちは」と言って、速足で通りすぎて、そのあと階段を降りていった。彼は思いがけない出会いに当惑していた。彼女が降りていった階段を彼も降りていく必要があるのに、一瞬彼はどこへ行くのか分からなくなってしまい、○○事務所の裏口の方へ行く道を歩きかけて、そちらではないとすぐに気づいて、ふらふらと彼女の後に続いた。悲しいことに彼女は不自然なほどにひどく足を速めていた。昨日の朝彼が彼女のすぐ前を速足で歩いて彼女から逃げたときのように。どうして彼女はそうしたのだろうか。彼から逃げるため?  今思うとあまりにも悲しすぎることである。彼女はどうして一声彼と言葉を交す気にならなかったのか。やっぱり彼への警戒心、彼と係わることを避ける気持ちがあるのか。それは勿論無理はない。土曜日の彼の破廉恥な行為は彼が想像したよりもずっと大きな不快と警戒心を彼女に与えたかもしれない気がする。(彼女に思われているという愚かしい妄想があるためにあんな破廉恥な行為にもまだ甘い希望の余地を感じていたのだ。)

 もっとも今日彼女とすれちがったとき感じたのはそんなにはっきりとした苦しみではなかった。彼女が明るい感じて「こんちは」と言って笑ってくれたことは、彼には思いがけない喜びとして感じられた。

先週土曜日に彼女の家の前で出会ってしまったこと(とんでもないことだ)、昨日、そのことで合わせる顔がないと感じていたので、仕事場の近くで出会ったとき、彼女を無視したように、挨拶もしないで彼女の目の前を速足で歩いて過ぎたこと。そうしたことにもかかわらず、今日彼女は彼に好意的な挨拶と笑いを向けてくれた。彼女はけっして彼を嫌っていない、少なくとも彼への不快感、怒り、嫌な感じをもっていない、そう考えることができた。


 それよりもむしろ彼が感じたのは、彼女の顔の感じ(そんなによく見たわけではない)から受けたもの、彼女もまたひそかに苦しんでいるのではないかという印象(というよりも想像)だった。


 いや、そうではない、やはり何といっても悲しむべきなのは、彼女がそれ以上ことばを言おうともしないでほとんど逃げる感じで立ち去ってしまったことである。もし彼女が彼への思いを感じて苦しんでいるとしたら、彼女が彼を避けるように逃げていくことは説明できない。彼女と何回か出会ったのに、彼女は彼に何かの質問を向けることも、彼と話そうとするようすも見せなかった。どうしてだろうか。彼が彼女への好意をとても感じていることを知っているのに、どうして逃げる必要があるのだろうか。


 
彼は追うように彼女の後を歩いた。彼女はというと、まるで狂ったような速足であるいていく。その歩き方は彼が昨朝彼女の目の前で逃げるように歩いたあの悲しむべき歩き方に似ているように感じられた。彼女はあのときの彼のことを思い出しているのだ。彼女は彼の真似をすることで、そのことを彼に知らせているのだ、といったことを感じた。彼女のスカートは濃い暗緑色で、その色は彼がはいていたズボンの色と似ていた。勿論愚かしいありえない期待にすぎない。
 彼女は大急ぎの歩き方で、BBB事務所の前を通って表玄関から出ていった。その歩きつきにどこか戸惑いが、彼に見られているという意識からくる微妙なぎこちなさがかいま見られたような気がしたが…

 もちろん、それは彼の心にそのような期待の心があるからで、彼女はそのとき単にただ急ぎの用があったというだけのことだったのかもしれない。

彼が昨朝彼女から逃げて悲しみを感じたように、彼女も今日彼から逃げ去りながら悲しみを感じたのではないか、といったことも想像された。昨朝のことを彼女は悲しんだだろうと彼が想像したように、彼女も今日彼が悲しんだだろうと思ったのではないか…

 


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