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  • 2015.07.11 Saturday
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【短篇】 街路にて  (2)

 

 つまり、相手が気の弱い男であるならば、ぼくの視線に傷つけられたように感じるだろうし、相手が気の強い人物ならば、面と向かって見られることを敵意ある挑戦ととるかもしれない。
 相手が健康で正常な人ならば、ぼくを無視するか憐れむべきとるにたりない存在だと感じるだろう。
 若い女ならば、ぼくのような取るに足りない貧弱な男に見られることを心外に思うだろうし、それが魅カ的な娘であったとしたら、なおさら彼女を見て目で快をむさぼるというぼくのあさましく卑しい下心が公衆の面前で明るみにさらされることになり、その上彼女はぼくを鼻で笑うだろう……

 これは理屈ではない。ただ、理由もなくぼくはそんな気持ちによくなったものだ。用もなくひとりで人中に出かけてきたこと、そしてあわれな泥棒犬のようにうしろめたい気持ちをいだきながら、ぼくのために存在するのではない若い女たちの顔や手足やうなじや胸のところを盗み見ているのだということ……そうしたことがみんな明るみに出て、笑われ、蔑まれ、〈非難〉さえされるといった気がするのだ。他のすべての正常な人々にくらべて、自分は異常に孤独なできそこないである。(そんなふうにぼくは

常に感じていた。)孤独であるということ、それは貧乏人、ルンペン、不具者、犯罪者であることよりも悪いことだ。なぜなら彼らのほうが仲間と親しくしたり、入々の中で自由に気軽に冗談をいいあったり、いたずらをしあったりすることを心得ており、普通のことを普通におこなって生活する術を知っている。どんなに不具な入間でもオレよりはずっとまともであり、ずっと人間味がある。オレときた日には、いつも陰気なアナグマみたいに人を避けてばかりいて、誰とも親しい言葉をかわすことがなく、人間としてごく普通の交わりをもつことさえないのだから。……

 くる日もくる日も、こんな思いを繰り返しながら路上を歩きまわる。するとふしぎなことこに、やがてぼくにはこうした自分のありかたがすべてひどく意味のある、特別のことのように思えてくるのだった。こうしたことは何かしら独自の高められた体験であって、そこには人知れない深い価値が潜んでいる。普通一般には知られることもなく理解されることもない、捨てがたい独特の要素がここにはある、そんな気がしてくるのだ。それが何であるのかは、ぼく自身にもはっきりしていなかった。

 

 そんなわけで、くる日もくる日も虫けらのように街々をほっつきまわった。泥棒犬があちらこちらで食物をあさり、匂いをかぎ、みじめったらしく徒労に走りまわるように、ぼくはいたるところで女たちの姿を盗み見ては、甘さをむさぼり、そしてそのわずかな甘さをもっと強めるために自分を紙屑のようにみなしてあざ笑うのだった。このみずからあざ笑う気持には、それでまたふしぎな甘さと慰めがあった。できるだけこっぴどい罵りの言葉を探しだしては、それを自分に当てはめてわれとわが身をさいなむのである。〈言葉の短刀〉でみずからの胸を思いきりぐさりとえぐり、それから何度も繰り返して切りさいなむである……

 もっとも、実のところはそれも一つのゲームにすぎなかった。そのことは自分でも充分に承知していた。要するに、そんなふうにして、ぼくは自分で自分の心を慰め愉しませてやっていたのだ。

 とはいっても、実際のところそんな慰めに甘んじてばかりはいられなかった。自身の本質的な無力を感じることにともなう何ともいいがたい不満の感じが、くる日もくる日もぼくをさいなんでいた。

『N※※やC※※など、世界の成功者たちは、オレの年齢ではすでに華々しい成果をあげていた。オレはいまだに何も始めようとはしない』

 そんなふう、ぼくはよく自分にいったものだ。

『おい、意気地なしの虫けらめ』とぼくはよく自分に向けて言いった。『何者かであろうと思うなら、おまえはいますぐ計画をたてて偉大な一歩を踏みだすべきではないか。そうしないかぎり永久に踏みだすことはないだろう。それとも生涯虫けらでありたいと願うのか……』

 ぼくは自分の中に力を見出そうとした。が、そこには何も見当たりそうでなかった。ぼくは憂欝になり、イライラし、いっそうひどい無力状態におちいった。そうなるとますますひんぱんにN※※やC※※のことが引

き合いにだされ、あのような存在でないかぎり、「自分の生涯は永久に無だ」という無茶苦茶な観念をふりかざして、自分を無理矢理駆りたてようとするのだった。

 もっともこれもまた一種のゲームであり、単なる道化芝居にすぎな

い、そのことはちゃんと自分で承知していた。

 

 そんなある日、突然、自分が虫けらである事実に反逆を企ててみる気になった。

 というのはほかでもない。ある〈素敵な着想〉が天から降って湧いたのである。

 こうしたことはたいてい突然に起こるのだ。天から降るというのではないにしても、どこからともなく奇跡のように忽然と湧いてくるのだ。

 

 その素敵な着想とは、簡単にいえばこうである。

 自分はいつも人の前に出ると、相手に比べて、自分のことを〈吹けば飛ぷような軽い存在〉だと感じる、逆らいがたい傾向がある。

〈何者かである〉ためには、ぜひとも自分の中に〈自信〉を養い育てなければならない。そこでひとつ実験をやってみるのだ。

 その実験とは、つまり「内心は別として少なくとも外観だけは、あたかも自信のある人間であるかのように振舞う」というものだ。

 つまりこうだ。ぼくには自分の存在を人に対して申しわけないもののように、すまないもののように感じる困った性避があり、それは自分でもどうしようもないものだ。人に対して常に遠慮がちにしりごみし、人の気を害するのではないかという恐怖心に支配されている。人がそばにいると落ち着かず、浮き足だった状態におちいり、すぐさま逃げ出したい気持にならずにいることは不可能といったありさまである。自分という人間が人とくらべて、軽くて滑稽で馬鹿げているという気がしてしまうのだ。相手にくらべて自分をずっと価値の低いもののように、実にとるに足りないもののように、いや、そればかりか…

 


【短篇)  街路にて  (1)


 ぼくは用もないのによく街に出かけた。

 いっしょに遊んだりしゃべったりする友人もなく、出かけて行くべき知り合いもなかった。毎日一人きりで部屋にいると、ただむしょうに外に出かけたい気持になる。出かけて行って、人ごみに混じつて歩くことへの理不尽な欲求が内部からわき起こってくるのだ。

 出かけても部屋にいても、一人であることにはなんら変わりがない。むしろ入ごみの中に混じって歩くことによって、みずからの孤独性、笑うべき惨めさをいやというほど思い知らされるのが落ちなのだ。
 群衆の中では知った人がいないため、気を使わなくてもいい気楽さはった。しかし、行きかう人の目が気になつて、ぼくは終始ひどくうつむいてばかりいた。滑稽なくらいくよくよと神経を使い減らし、ボロくずのようにくしゃくしゃに疲れはてて、ああ今日も時間をむだに費やしてしまったという苦い後悔の味をかみしめながら、自分の部屋に帰ってくる。

 本を読んだり、音楽をきいたり、自分の好きなことをして過ごしたほうがどれだけよかったことかと心底から反省するのだ。そしてそのたびにもう二度と出かけまいと、「石のように固い決意」を固めることになる。その決意を有効に持続させるために、ノートにくどくどと書きつける。
 それはもうおきまりのコースだった。

 やがて再び新しい太陽が昇り、金色にかがやく美しい一日が始まる。
 すると、とてもふしぎなことに、どこからともなく決して死ぬことのない鳥のように蘇ってくる甘い希望に満ちた情念がぼくをとらえるのだ。

 その鳥は外へとぼくを誘い、ぼくはひたすら外出の口実を探しもとめることになる。
 そうなると前日の「石のように固い決意」などはひとたまりもない。なにかつまらないちょっとした口実が頭に浮かびさえすれば(それはいつでも頭に浮かんだものだが)、ぼくはすぐさまそれに飛びつく。憐れな犬ころが投げられた肉片に飛びつくように。それは幻の肉片で、飛びつくと同時にさっと引こめられるのだ。しかし、そんなことにかまっちゃいられない……何はともあれぼくはさっそくでかけることになる。「おい、またしてもこりもせずご立派なことだな!……ハハ!……まあいいさ!……」
 前後のみさかいもなく、とるものもとりあえずといった体で、ぼくは自分の棲む穴ぐらを飛び出していくのだ。
 入々が行きかう場所を目指して、電車に乗り、通りから通り、街から街へとあてもなく歩いてまわるのだ……

 正常な普通の人々のように自分もちゃんとした用があって出かけてきたというふりを、自分に対しても他人に対しても装う必要を感じるので、ときおり本屋やデパートのレコード売場に立寄りはする。

 が、その実は、ただあちこちと歩きまわっては、どこにも自分の居場所がないと感じる憐れな宿なし犬にほかならなかった。

 いや、かならずしも目的がないというのではなかった。

 そうだ、ちょうど腹を空かした犬が、あちらこちらで人に追いたてられながら、餌をあさってまわるように、人にとがめられるのを気にしながら、通りかかる若い女たちの顔や姿をひそかに盗み見ては、罪ぷかい目で喜びをむさぼり享受してまわる……そういう目当てがあるにはあった。

 そしてそれをぼくは内心うしろめたいことのように感じていた。

 だからそれらの行為のために、別のちゃんとした「本当の用件」を自分のために当てがってやる必要を感じていた。

 ぼくはいつもひどく玖しい気持に悩まされた。

 路上でも、乗り物の中でも、書店によって本を買うときでも、いつでも罪びとのように顔を伏せていた。

 通りがかりの人々の顔を見ることが妙に出来にくかった。用もないのにでかけてきた者の本質がが見ぬかれていると感じていたからかもしれない。

 それに、あえて顔をあげて通行人と眼が合えば、相手の心を害するか自分が傷っくことになるという気がした。

 つまり、相手が気の弱い男であるならば、ぼくの視線につけられたように感じるだろうし、相手が気の強い人物ならば、面と向かって見られることを敵意ある挑戦ととるかもしれない。
 相手が健康で正常な人ならば、ぼくを無視するか憐れむべきとるにたりない存在だと感じるだろう。
 若い女ならば、ぼくのような取るに足りない貧弱な男に見られることを心外に思うだろうし、それが魅カ的な娘であったとしたら、なおさら彼女を見て目で快をむさぼるというぼくのあさましく卑しい下心が公衆の面前で明るみにさらされることになり、その上彼女はぼくを鼻で笑うだろう……


よく思い出せない夢

 よく思い出せない夢 

    1
 ときどき夢を見るが、目が覚めると思い出せないことが多い。最近はあきらめて、思い出そうという気も起きないままに過ぎてしまう。

 夢はそうしたもので、追跡してみたところでどうせ思い出せない、思い出してみてもそれは後からの作りごとにすぎないものになってしまう、というような、諦めのような思いがある。
 かくいうぼくは、昔から夢には興味を抱きつづけ、これまでに自分の見た夢をいくつもノートに記してきたものだった。

 その朝見たのは死ぬ夢だった。

「ご臨終です」と枕元で医師が言うのをぼくは聞いた。「お気の毒ですが」

 もちろん、医師はぼくに向けてではなく、かたわらにいた家族に向けて言ったのだ。
 どうやらぼくは病院かどこかのベッドに瀕死の状態で横たわっていたようだ。
 状況から推察すると、おそらく点滴を受けていて、いよいよ絶命という状態にいたったのだろう。まわりには家族たちがいたはずだ。といっても夢の中のことで、苦痛や切迫感はまったくなかった。安らかといってもいいような気分だった。
 もっともこうした記述は大部分目が覚めた後からのつけ足しという要素がつよい気がする。
 自分が病院のベッドに横たわっていたのか、自宅で布団に寝ていたのか、周りに誰がいたのか、というようなことは、実のところよくわからない。
 何しろ精神は形もなくはっきりしないものを言葉で語ろうとするとき、実際にはなかったかもしれない(なかったといってもいい)細部をつくりだして、記憶につけ加えてしまうのだ。ものを語るにはそれなりにツジツマを合わせたり、欠けている部分を補完したりすることが不可欠なのだから。
 今見たばかりの夢をぼくは心で再現する。記録しようと考えて何度も繰り返す。するとそのうちに、夢の細部――医師の言葉、瀕死のベッド、点滴、周囲の家族たちなど――は、実際に夢の中にあったものなのか、後からつけ加えられたものなのか、次第にはっきりしないものになっていく。
 夢の中でぼくが経験したことは、極めて単純だった。
 ぼくは医師の言葉を聞いた。
 その文言が正確にどうだったのか、「ご臨終」だったのか、「いよいよ終わり」だったのか、はっきりしない。が、「もうダメ」という意味だとぼくが思ったことは確かだ。「ご臨終」の場合は、ぼくがあれこれと思案を巡らせる余地もないはずなんだけれども。
 言葉を言ったのが医師であること、「いよいよダメ」(又は「ご臨終」)なのはほかでもないぼくで、その言葉がぼくにではなく家族に向けられたものだということは、夢のなかでは明らかだった。
 こうした考察は、もちろん、、夢を思い出して語るときにつけ加えられたことで、夢の中には存在しなかったものだ。
 いずれにしても、奇妙なことだが、そんな切迫した状況のなかで、ぼくの脳裏に一瞬伯父の記憶が浮かんだのだった。
「やっぱり伯父はあのとき意識があったのかもしれない」
 伯父は数年前市民病院のベッドに横たわって、点滴を受けていた。周囲からの呼びかけにまったく応えることなく、静物のように眠り続けていた。ときおり生命のあらあらしい息吹がもどってくるのか、呼吸が激しくなって、胸が波打つときがあった。そんなときにも伯父は周囲からの働きかけには何の応答も示さないままひたすら眠り続けた。何週間かそんな状態を続けた後、伯父は静かに息を引き取った。
 伯父は、彼の妹であるぼくの母が亡くなったあと、終始ぼくの身の上を案じてくれたものだった。ぼくは伯父に対して十分に感謝も敬意も払ってきたとはいえない自分を反省していた。
 伯父が亡くなる数日前、限りなく深く長い眠りに落ち込んでいるらしい伯父の枕元で、ぼくは伯母とことばを交わした。
「ずっと意識もないし、回復の見込みもない」と伯母。「このまま時間が経過するのを待つしかないわね」
「このまま意識がもどることがないのだとしたら」とぼくはあいまいな口調で言った。「いたずらに長引かせてもねえ」
 そんなふうにぼくは考えもなくなにげなく伯母に応え、すぐにはっと気づいた。まるでそこに伯父がいないかのように話しているではないか。病人が眠りから生還することはありえないと決めてかかっているような言い方ではないか。たしかに伯父は後戻りのできない深い眠りの世界に落ち込んでいるようだけれども、ほんとうは案外意識があるのかもしれない。外に向かって言葉をしゃべれない、外からの問いかけに答えることもできない、けれども周囲で何が起こっているか、人々が何をしゃべっているかということは、伯父には案外わかっているのかもしれない。
 今死の床に横たわるぼくの耳に医師の言葉がはっきりと聞こえたのと同じように、あのとき伯父にも、思慮を欠いたぼくの言葉が聞こえたのではなかっただろうか。
 もう一つ、この夢を見た日の数日前、ぼくは夏目漱石の『思い出すことなど』を読んだ。漱石は胃潰瘍で多量の血液をカナダライに吐き「三〇分の間死んでいた」状態から少し回復しつつあったとき、病院のベッドの枕元で医師たちが無遠慮に彼の生死について交わす言葉を聞いた。もう駄目だろう、子供に会わしたらどうだろうか… 枕元で交わされる言葉を耳にして、漱石はしだいに苦痛になりしまいには多少腹が立ってきた。「先がそういう料簡ならこっちにも考えがある。…」
 これを読んだとき、ぼくは改めて伯父のことを思いだしたのだった。
 それはともあれ、夢の中の病床で医師に死を宣告されて、ぼくは一瞬動揺した、という気がする。
「ええ? もうお終い? 急にそんなことを言われても…」
 生涯のうちにぜひともやっておきたいと思っていたことも、今となっては放棄するほかない。あとひと息すれば実を結んでいたかもしれない自分の中の貴重なものも、結局埋もれて消えてしまうのだ。いやいや、もちろんもとよりそれは幻想で、貴重なものなど自分の中には何もなかったのだ。
 書きさしの不完全なままの原稿や、ぜひ書いておきたい、まとめておきたい、と思っていたことがいろいろある。けれども現に残っているのは、いずれも目を覆いたくなるような不完全な書き散らし、本当に書きたいと思う肝心のこととは無関係なガラクタばかりで、後に残った人がそれを読むことがあっても、意味も価値もわからない代物ばかりだ。
 以上のような考えが瞬時にぼくの脳裏を流れて去ったような気がする。
 ただ、そこでぼくは、ひるがえってそれが事実であることをあっさり受け入れてしまったようだった。今さらどうすることができるだろうか。事実上こういう事態になってしまったからには、ほかに選択肢はない。どちらにしても、これはこうなるしかないのだし、こうなったとしても本質的にたいしたことではないのだ。…
「〈ご臨終〉です」と医師が不時の来客の名前を告げ、現にその厳かな来客がぼくの目の前に立ってしまったからには、いま自分にできることは、大きくひろげられた彼の両腕の中に飛びこんでいくことだけだ。
 いずれにしろこうした想いは一瞬のうちに心に生じて一瞬のうちに過ぎ去った。そしてぼくはとっさに思ったのだった。
 ちょうどいい、こうなったらなったで、これは絶好の機会ではないか。
 こうなった以上は一つ死んだ直後の自分をじっくり観察してやろう。死ぬ瞬間に人間の意識は消えてしまうのだろうか。それともどうなるのだろうか。結果によっては、これは人間なるものについての大発見になるかもしれない。
 はたして意識は消えるのだろうか?
 それとも残るのだろうか?
 ぼくは冷静に自分を観察しようとする自分を見出した。結果は驚くべきだった。
「おい、まさか? これはほんとうなのか?」ぼくは自分の目を疑った。「どうやら意識は消えないようだぞ。身体が死んでも魂は生き延びる… これは画期的な発見ではないか… ぜひとも世に伝えていく価値がある…」

 そんなところで目が覚めた。


    
 どうもこのところ気分がすぐれないことが多い。どうやら胃から来るものらしい。
 先の検診で精密検査を受けなければならないはめになった。胃部X線検査の結果「胃潰瘍または胃がん(疑)」と判定されたのだ。
 ずっと以前、もっと若かったころに、職場の定期検診で胃が引っかかったことがあった。多少は深刻な思いで精密検査を受けた結果は「異常なし」だった。何もなくてもレントゲン写真に疑わしい陰影が写ることはままあることなのだ。たぶん、今回もそんなところだろうとタカをくくっているが、万一ということもある。一応念のため検査を受けるほかないだろう。
 前のときには、L総合病院でX線の直接撮影を受けた。時代が進んで今回は、「要精密検査(内視鏡)」とある。内視鏡だって? 直接撮影ではダメなのか。できたらそっちで願いたいものだ。胃カメラによる検査は、ひと昔前に二度ほど受けたことがあるが、ステッキのような棒を喉から呑まされるのは閉口だった。あんなものがよく人間の口から入るものだと思った。麻酔をするので痛みはなかったが、棒を飲み込んだ状態でゲップを抑えるのは大変だった。最近は機器も技術も格段に進み、カメラは小さくファイバーは細くなっていて、鼻から差し込むのだという。〈鼻から〉と聞いて、ぼくは心配になった。ひどくやっかいなことだという気がした。
 結果はどうせ「異常なし」ということになるのだ、面倒なことは早く片づけよう、と思いながら、行くのがおっくうでつい延び延びになり、二か月経ち、三か月経ち、幾らなんでも今月中にはと思っているうちに、飛び入りの用件が入ったり、大儀だったりして、また月が変わった。
 月が変わってようやく八日目に重い腰を上げてK病院を受診した。K病院はこれまでも何度か受診したことがあって、そう待たずに済ませられるかと目星をつけていたのだ。食事をしないで出かけてきたのに、でっぷり太っていてとても穏やかな物言いをする医師に「予約が必要」といわれた。一週間後の今日がその予約日だった。
 たしかにやっかいなことにはちがいない。しかし、以前もそうだったように、どうせ大したことはないだろう。レントゲン写真に何かの陰影が紛れ込んで写っただけのこと、そのことが確かめられさえすればいいのだ。何しろずっと食生活は野菜中心だし、なかでも免疫力を高めるといわれる食材を摂取するように努めている、現にこれというほどの特別な自覚症状は何もないではないか、というのがぼくの公式の見解だった。
 ただ、そう思うときにはいつも同時に他方で、非公式にではあるが、もう一つ別の考えが意識をかすめて行くのだ。ひょっとして「結果が結果」だったらやっかいなことになるぞ。万一手術が必要などと宣告されたら、呑気に暮らしてもいられなくなる。食生活に十分配慮しているって? 何を言ってるんだ。よく考えてみると、食べるものがけっこう片寄っている。過食をやめようとずっと思いながら、相変わらず節度なく食べている。ああ今日も食べ過ぎた、気分がよくない、これは何とかしなければ、と思うのだ。そう思いながら、無節制に好きなだけ食べているのだ。そのうえ夜中になると、毎日やめようと思っている酒を飲みはじめる。量はしれているのだが、身体によくないと思っている。自覚症状がないだって? とんでもない。実際には自覚症状を日々感じているのだ。気分の悪さとか、胃のもたれや膨満感、違和感、苦しさ、痛み、それにときどき訪れる吐き気…
 どうもやっかいなことだ。しかし、行くしかあるまい。
 麻酔をするので車を運転して来ないようにと医師から言われていた。朝八時に車で家を出て、途中のコンビニの駐車場に車を止め、そこから歩いて病院までいった。思っていたよりも時間がかかって、病院についたときには九時を過ぎていた。
 玄関ロビーの待合い空間で、呼び出しを待つ患者がテレビを見たり雑談したりしながら長椅子に坐っていた。
 予約時間に少し遅れてしまったので、急いで受付を済ませようとカウンターに行った。受付職員に声をかけようとしたが、あいにくみな忙しそうで、こちらを見向く気配もない。仕方なくすぐ横手のカウンターに立っていた、痩せて背の高い白衣の女性(眼鏡をかけている)に声をかけた。当然愛想のよい好意的な返事が返ってくるという甘い期待をもっていたのだ。ところが予期に反して、彼女は気を害されたようなつっけどんな調子で、受付に言ってください、といった。後でわかったことだが、彼女は専門の薬剤師で、受付担当ではない。専門職は専門職のプライドがある。彼女の役割は、医師が処方した薬を調合して、患者に服用上の注意などを親切にわかりやすく説明することだった。 
 ようやく受付を終えて、待合いの長椅子に腰掛けた。呼び出しを待つあいだ、本でも読むか、とポケットから読みかけの文庫本を取りだした。ちょうどテレビで、当面の政局についてニュース番組をやっていた。
 ぼくの隣に、古びた感じのハンチン帽をかぶった、七〇歳くらいの老人が坐ってテレビを見上げていた。テレビの画面にはお馴染みの顔が映って、声明文を読み上げるような淡々とした口調でしゃべっていた。
「意外な結果で驚いております」と民心党末長幹事長。「私は何らやましいところはございません。これまでと同様与えられた職務を全力でこなしていくだけでございます」
 数か月前、末長氏の政治資金疑惑を巡る事件で、検察は元秘書の国会議員らを政治資金規正法違反(会計帳簿虚偽記載)容疑で逮捕・起訴したが、末永氏本人は、不正に関与した証拠が不十分として、不起訴処分になった。
 その後「不起訴はおかしい」という市民からの申し立てがあり、それを受けて検察審査会による審査が行われた。審査会といっても、民間から任意に選ばれた素人審査員からなるもので、このたび審査の結果が出た。「起訴すべき」というのである。一一人の審査員全員一致という異例の厳しい議決だった。
 当然のこと政権党の実力幹事長の地位に座り続ける末永氏の去就が注目された。「やめるつもりはさらさらございません」と彼は世論に応えたのだ。
 この事件の背後には、当初から利権にからむもっと黒い疑惑が見え隠れしていたが、検察はそこまで踏み込める証拠を捕まえることができなかった。
 ただ、政治資金規正法違反については、東京地検特捜部は幾つかの有力な証拠を握り、末長氏を逮捕・起訴に追い込めると踏んでいた。マスコミ各社は検察のリーク情報に飛びついて、末長氏の黒い資金の出どころや、それを偽装するために行った不自然な会計処理のことを逐一報じ、政権の最高実力者がいよいよ司法によって裁かれるという衝撃的な結末を描いてみせた。世論が盛り上げられ、いよいよその時がきたかと期待された。そのとき、検察本部がそれを押し止めたのだった。
「昨日、末長氏はテレビのインタビューで言っていましたよ」と隣に坐っていたハンチン帽の老人がぼくに話しかけてきた。「家宅捜査や銀行預金調査などの結果、検察は私の潔白を証明してくれました。審査員のみなさまは、議決に当たってそのことをよーく念頭においてください、と」
「そう、たしか昨夜のニュースで」
「潔白を証明? とんでもない」と老人。「白ではなく灰色。嫌疑不十分というだけじゃないですか。こういう発言が人々の反発心に油を注いで逆効果になることを彼は全然わかっていない。彼の意向に逆らえない丸波首相や、逆らったら次の選挙の候補者選びで干されると恐れている党内の議員連中を相手にするのとはわけがちがう。私はまだ民心党に期待している。けれども末長氏の支配が続く民心党なら、次の選挙で負けたほうがいいと思う。勝てばますます彼の支配力が強まりますからね」
 昨年秋に野党・民心党が衆議院議員選挙で大勝し、戦後始めて本格的な政権交代があった。当初民心党は、世論調査で高支持率を得ていた。その後、繰り返される首相の発言のブレ、政権の迷走ぶり、幹事長と首相の不正資金問題などがあって、民心党の支持率は見る見る下り続け、三か月後に参議院議員選挙を控えた今、民心党にとって形勢は非常に厳しいものになっている。そんななかで幹事長の末長氏は、逆境にもめげず精力的に動き回って、間近に迫った次の選挙で勝利するための方策を着々と進めてきた。
 不起訴処分になったあと、末永氏の黒い疑惑についての報道は下火になっていた。ここにきて再び疑惑に薪がくべられ、彼に向けられる好奇心と反感が燃え上がることになった。
「末長氏は民主主義は〈数〉だという。確かに彼は〈数〉を集めるための方策に精通している。けれども彼のいう〈数〉の背後には不遜なものが見える。数さえ手に入れれば、どんな法案でも通せる。彼のいう〈数〉はそういうものなんだ。いま民心党が支持率を回復するために何より必要なのは、彼の退任だね。彼が何を言っても国民はノーと答えるばかりなんだから」
「なるほど」
 ぼくは何も言わなかった。老人はふたたびテレビに見入ったが、間もなく名前を呼ばれて、診察室へ入っていった。
 三〇分あまり経って、ようやくぼくの名前が呼ばれた。
 広い処置室の中央に近いところにベッドが置かれていた。ぼくはベッドに横になるようにいわれた。
 担当の看護士は、頼まれて臨時的に他の部署からその部署にきている人のようだった。彼女はいつもとはちがう役割を与えられて戸惑っているのか、近くにいるほかの看護士に点滴の薬について尋ねたり、その場で右往左往したり、何かわからない言葉をつぶやいたりした。ぼくの腕に点滴の針を刺すとき、失敗してまた動転する様子。大丈夫だろうか? ぼくは大いに不安を感じた。といって彼女に対して悪意をもったわけではない。たぶん彼女も大変なのだ。ここは何とかうまく切り抜けて欲しいという思いを感じながら、何もいわずに彼女のすることを受け入れていた。何とか注射針が然るべき場所にささり、点滴がスムーズに進みはじめると、そのうちに彼女の動作も落ち着いてきたようだったので、ぼくもほっと一息ついた。点滴が一時間近くも続いたあと、ようやく時間が来て、ぼくは移動用のベッドに移るように言われた。仰向けに寝たまま検査室へ運ばれていった。
 たいそう太って大柄な医師は、とても穏やかな調子で僕を迎えてくれた。「すぐ終わりますから、楽にしていてくださいね」「麻酔薬を注射しますからね」そんなふうに言っているかと思うと、そのうちに魔法使いのようにぼくの鼻に管を入れた。
 準備段階の時間の長さに比べて、検査は思いのほか簡単で、痛みもなく、一〇分くらいで終わった。それはもちろん大変けっこうなことだった。が、問題はそれで終わりというわけではなかった。ぼくはしばらく廊下で待つように言われた。
 廊下の長椅子に坐って待つあいだ、ぼくは目をつむりながら思考停止していた。結果がどうであるかはもう決まっていることだ。異常か正常か。有罪か無罪か。考えてみても変えられるものではない。
 ハンチン帽をかぶった先ほどの老人がやってきて、隣に腰をかけた。テレビにはもう末長幹事長は登場せず、エプロンをつけた女性と男性が鍋料理をつくっていた。しばらく黙っていた後、老人はまた話しはじめた。
「末長幹事長は辞任することができない」驚くべきことに老人はまだそのことを考えていたのだ。「辞任したら党内で影響力を失ってしまうし、検察の追求を勢いづかせる。彼は負けるしかない選挙を戦うためにこのまま突き進むしかない」
「たしかに」とぼくはうなずいて見せる。 
「丸波首相は判断力と権限をもっていながら彼を解任することができない。何しろ首相は就任以来末長氏に気を使っていて、彼の気を害するような決断を行うことができない。このままだと二人抱き合ったまま地獄の底へ飛びこんでいくほかにない」
「なるほど」とぼくは感心して相づちを打つ。「飛びこむのが二人だけだったらいいんだけれどね」
 ここで辞任すれば末長氏は犯罪者にされてしまうかもしれない。当然政治生命は失われる。長年抱いてきた野望もここで終わってしまう。彼の胃の内部はきっと荒れただれてズタズタになっていることだろう。
「ただ、ここに一つ別の展望がある」とハンチン帽の老人は続けた。「首相の〈辞任〉」
 老人はそれを言いたくてムズムズしていたのだろう。
「ちょうど○○○問題が解決の見込みもなく行き詰まっている。いよいよというときになって、首相が責任をとって退任するんです。当然幹事長の末長氏を道連れにして。参院選の直前に民心党の代表選挙が行われ、マスコミが盛り上がる。その結果、末長氏も丸波氏もいない、新しい顔ぶれの政権が誕生すれば、これはまったく思いもかけなかった展開じゃないですか」
「なるほど、なるほど」
 このとき後方からぼくの名前が呼ばれ、ぼくは診察室へ入っていった。
 太って大柄な医師は、ぼくに一枚の紙片を見せた。
 紙には、食道から胃、小腸、大腸、肛門と繋がる体内器官の模式図が印刷されていて、胃の部分に手書きの図と文字の書き込みがあった。
「癌や潰瘍はなかったので安心してください」とソフトな口調で医師は言った。
「あ、そうですか」
 思ったとおりだ。手術や入院をすすめられなくてまずはよかった。何はともあれ、ハッピーというべきではないか。
「この横線部分(ほぼ胃全体)に」と医師は図を指さしながらとても穏やかな調子で説明した。「〈胃ビラン〉が見られます。ビランというのは胃壁があれて、皮がむけたりしている状態ですね」
「なるほど」
「それからこの斜線部分(胃の右最上部を除く大部分)」とさらに医師は続けた。「この部分に〈萎縮性胃炎〉が認められます。これはガンに発展する場合がありますので、年に二度ていど胃カメラの検査を受けてください。これは老人病ともいわれ、歳をとるにつれてままこういうことになるものなんです」
 なるほど紙片に〈胃ビラン〉〈萎縮性胃炎〉の手書き文字が書き込まれている。
「ああ、胃が荒れているのですね」ぼくは軽く受けて言った。「道理で日ごろから気分が悪くなったり、吐き気がしたりすると思っていた」
 胃炎。胃が荒れているのか。日頃感じていた不調の原因がわかって、まずはよかった。気をつけなければな。
 医師は水薬を処方してくれた。眼鏡をかけた薬剤師の女性が笑顔で薬の説明をしてくれた。
「胃のただれなどを治めて症状を緩和する薬です。一日三回、毎食事後にこのプラスチックコップで飲んでください」
 帰りはコンビニの駐車場まで歩いたが、行きよりもずいぶん楽だった。車のフロントガラスに紙が貼られていた。
「本店に御用のない車の駐車はかたくお断りします。万一再び無断駐車された場合には、警察に通告しますので、ご注意ください」
 帰宅してから、インターネットで「胃炎」をキーワードに検索すると、「表層性胃炎」「萎縮性胃炎」と、胃炎にもいろいろあることがわかった。
「表層性胃炎」は、胃の表面が炎症を起こしている状態で、人体の免疫系が活発に防御反応を起こしている。胃酸の分泌が亢進し、胃酸過多になる。胃の粘膜が充血し、びらん(ただれ)状態になる。若いころよく経験した胃炎はたぶんこれだったのだろう、と納得される。
 それに対して「萎縮性胃炎」(自分の場合だ)は「燃え尽きた状態」だとある。細胞は分裂する活力を失い、細胞数が減少する。粘膜が薄く脆弱になる。胃の粘膜にある胃腺が萎縮して、胃酸の分泌が低下する。胃壁が弾力性を失い、機能低下する。食欲がない、胃がもたれる、お腹が張る。等々… 高齢者に多く、胃ガンに発展する可能性もある、と言われる。この状態になると治療によって元にもどることはない。
「燃え尽きた状態」「高齢者に多く胃ガンに発展する可能性もある」「治療しても元にもどらない」
 うーん。これは思っていたほど単純ではない。
 表層性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮下生→胃ガン
 という方向性があるらしい。「腸上皮下生」というのは、萎縮性胃炎がさらに進んで胃の細胞があたかも腸の細胞のような性質に変わった状態だという。「腸上皮下生」になると、さらにガン化の危険度が高まるとされる。だから年に二回内視鏡検査を受けて、進行状態を確かめる必要がある、というのだ。
 さらに酒、タバコをやめなければならない、とあるのはどうもやっかいだ。たばこは吸わないが、酒はよくない、ぜひやめよう、と日頃から思っている。
 そうか。酒をやめなければならないのか。
 よし、これを契機に一つやめてみようか。しかし、はたしてやめられるだろうか。いや、やめないといけないだろう。やめよう。
 大した量ではないが、酒を毎晩のように飲む。実のところウイスキーも焼酎も、飲んで美味しいと思うことはほとんどないのだ。おいしいというよりも、これはひどくまずい。何よりも気分が悪くなる。明らかに身体を傷めている感じがする。翌日などどうも体調がよくない。こんなものを飲み続けていいわけがない。そんなふうにいつも思っているのだ。
 世の中には生まれつきホルムアルデヒドを分解する酵素を持った人と持たない人とがあるそうだが、自分は後者に近いだろう。飲める体質の人の飲酒はいいらしいが、もともと飲めない人が多少飲めるようになった場合はよろしくない、ということも聞く。
 不思議なことに、自分の場合、昼間から夕方、夜間にかけては、飲みたい気がまったく起きないのに、深夜の一一時か〇時ころになると、飲みたくなる。おそるべき習慣の力。
 まあいいだろう。酒を止めるべきか、続けるべきか、という論議は、ここではとりあえず横に置いておこう。ここでいつもぼくが興味を感じるのは、自分の中で毎日起こっている奇妙な思考矛盾のことだ。
 酒は身体に悪いからやめようと思っている。飲めば気分が悪くなる。飲まない方がずっと快適で、趣味の仕事もはかどるにちがいない。そのことは毎日明確に感じているところだし、やめたほうがいいに決まっている。飲まなくても困ることなど何もない。やめることは簡単だ。明日からでもやめてみよう。過去にも健康上の理由から数か月間やめていたことがあったが、そのときはとても快適だった。
 毎日そんなふうに考えているのに、夜中が来るとまた飲むことになる。その時間が来ると、何かしら欠乏を感じるのだ。何かしらないが、何かが欠けているという感じである。肌寒い夜をストーブなしで過ごすのと同じような気がするのだ。寒さがこのていどならストーブをつけないでもいられると思っていても、そばにストーブがあったらやはりつけてしまう、あれと同じである。瓶の残りが少なくなると、次にはあわよくば酒を買わずにすまそうと思っている。ところがそのうち買い物に出ると、必ず買ってしまうのだ。
 美味しいとは思わない、身体を壊すと思っている、そんなものを飲むのは、やはりどこかいいところがあるからだろう。それは酔い心地とでもいうのであろうか。意識の下で押さえつけられている何かが解放されるのである。パンドラの箱が開けられるのだ。
 この件は、ぼくのコレクションノートにもちゃんと書き込まれている。かねてからぼくは人間の心の不思議な矛盾点に興味をもっていて、そのサンプルを蒐集しているのだ。

    
 目が覚めて時計を見ると、真夜中の三時。
 昨夜は一一時前からパソコンに向かって家計簿をつけ、簡単な日記を書きこんで、それから原稿の続きを書きはじめたのだった。アルコールを少しやったためもあってか、気分が悪くなって、部屋の灯りをつけたまま、とりあえず寝てしまった。

 いよいよ原稿締切り目前。少しくらい期限に遅れても何とかなるだろうとタカをくくる思いはあった。
昨日は朝からもちろん書くことに取り組むつもりでいたのだが、日曜日で、テレビの報道番組をずっと見ていた。午後はプロ野球中継があった。身体の調子(とりわけ気分)がよくないこともあって、ぎりぎり期限になってもなかなか書くことに取りかかれない。あるていどまで仕上がっているので、いざとなったら、そこまでの分を出せばいい、と腹は決まっている。
 夜は犬のユキちゃんと散歩に出る。ユキちゃんは、首輪をつけられ、庭の一か所にずっと縛り付けられて暮らしている。空腹を感じると、キャインキャインとあわれな声で食事の催促をする。飼い主は、それをちょっと厚かましいと感じることもあるが、それでもきちんと食べるものは与える。何しろユキちゃんは自由もなく柱に繋がれて、飼い主の好意にすがって生きるしかない身であり、飼い主はふだんユキちゃんのことをすっかり忘れてしまっているのだ。もし飼い主に何かことがあったらユキちゃんはたちまち路頭に迷うことになる、と飼い主はよく思うのだ。

 散歩の後、入浴をすませてから、韓国の連続テレビドラマを見た。ぼくはおよそテレビドラマを見ないほうである。それがいつからだったか、韓国ドラマにだけははまってしまった。自分でもその要点をはっきりいうことはできないが、時代物にしろ現代物にしろ、韓国ドラマはとにかく面白いのである。
昼間からどうにもひどい眠気があって、夜になっても、それが衰えなかった。先ほども書いたように、ようやく深夜の一一時になって、パソコンに向かい、原稿の続きを書き始めた。少し書くと行き詰まり、一時前に寝てしまった。

 夜中の三時に目が覚めて、身体を起こそうと思ったとき、猫のネネちゃんが布団の上でまるくなって、すやすやと気持ちよさそうに寝入っていた。起きたら目を覚まさせることになると気をつかいながら、そっとふとんを持ちあげた。あいにくネネちゃんは目を覚まし、ニャンと鳴いた。

 昼間腹が減ったときなどには、ネネちゃんはニャーニャーと甘えた声で鳴いて頭をすり寄せてくる。ネネちゃんがそんなふうに鳴くのは食事をねだるときか、外出したいときか、どちらかに決まっている。空腹のときには、甘えて可愛げな鳴き声をあげ、家の主人がそれに応えてくれないと見れば、鳴き声を次第に蝉が鳴くような押しつけがましい調子にエスカレートさせていく。ペットとしての本能と経験から、こうすれば家の主人は食べものをくれると心得ているのだ。それを察して家の主人はさっそくキャッツフードの置き場に向かって歩き出す。するとネネちゃんは素早く先に立って歩き、繰り返し後ろを振り返り主人の足にからまりつきながら、その都度甘えた声でニャーと鳴くのだ。

 ときどき主人は気まぐれなイタズラ心を起こして、ネネちゃんに邪険にあたることがある。心では笑いながら、「うん!」と怒ったような声を発して、手を振り上げてみせるのだ。すると、臆病なネネちゃんは、押しつけがましく甘えた姿勢をさっと引っ込め、神妙な態度に変わる。何だかわからないけれども主人は怒っている、人間のすることはどうもわからないことが多い、とにかくいまはおとなしくしておいたほうが無難なようだ、とネネちゃんは判断するのだ。

 ネネちゃんが鳴き声でさいそくするもう一つの場合は、外出したいときだ。用便を果たすためにも、外で気晴らしをしたいときにも、外出は、食事と同じように、ネネちゃんにとって必要不可欠なことであるし、猫を飼って多かれ少なかれ癒しを得ている飼い主ならば、そんな権利にそれなりに配慮してやらなければならないと思っているのはいうまでもない。制限された暮らしをしている猫に対して、食事と外出を保証してやることは、最低限飼い主に課された義務なのだ。外に出たいときには、ネネちゃんはニャーニャーという鳴き声で主人を誘って、玄関のドアの方へ走っていく。主人がついてくるとドアの前で立ち止まって後ろを振り返る。それを見て主人はめんどうだと思いながらも、玄関のドアを 少しだけ開けてやる。するとネネちゃんはドアの隙間をするりとくぐって外に出ていくのだ。

 ネネちゃんがわが家へ来てから七年になる。わが家のお母さんが動物病院からみなしごの小猫をもらって帰ったのだった。その後ひと月ほどおいて、お母さんはもう一匹茶色い毛並みの仔猫をもらってきた。動物病院の待合い室の片隅で小さな檻に入れられていて、檻には「小猫をもらってやってください」と張り紙がしてあったそうだ。

「二匹も猫を飼うの」とぼくは信じられない気がした。何しろわが家は猫を飼ったことがない。かつてお母さんは猫の毛がアレルギー病によくないと言っていたし、そのむかし家の納屋で野良猫が子を産んで、子どもたちが家で飼いたいと言ったときにも、とんでもないと、反対したものだった。
新しくわが家にやってきたのは雄のシャム猫で、ムサシと名付けられた。

 何でも元の飼い主は、相当な借金と五匹の仔猫と幾らかのキャッツフードを後に残して夜逃げしたらしい。五匹の中で生き残ったのはただ一匹だけで、その一匹もひどく痩せ衰えて可哀想な状態だったという。ムサシは食欲が旺盛で、ほかの仔猫たちは残された最後の食べ物をムサシに独占されて先に死んでしまったのだった。

 苦しい飢えの体験がよほど深刻だったのだろう。わが家に来た当初、ムサシはがつがつとよく食べた。ネネちゃんの食べ物はもちろん犬のユキちゃんの食べ物にまで横から頭をつっこんでいった。神経質で臆病なネネちゃんはムサシの旺盛さに圧倒されて、いつも遠慮がちで控えめにしていた。
ムサシは、猫のわりには無神経で人見知りせず、ノホホンとしたところがあった。犬のユキちゃんとも折り合って、親密に鼻をつき合わせたりしていた。ユキちゃんは誰にでも親しさを見せたがる性質があって、ムサシやネネちゃんを見ると、飛びついていくのだ。神経質なネネちゃんは、ぶしつけなユキちゃんを警戒して避けていた。ムサシはユキちゃんが飛びかかってきても逃げずに身をまるくして、するままにさせていた。

 ネネちゃんとムサシ、猫どうしはというと、それなりに許し尊重しあう間柄になっていたように思われる。ネネちゃんとムサシがいっしょに窓辺に並んで外の景色を見ていることもよくあった。ある時期など、夕方飼い主がユキちゃんを散歩に連れ出すとき、ムサシが後をついてきて、それにつられてネネちゃんも後を追ってくるというようなこともあった。

 三年ほど前のある日、ムサシが耳や頭に傷を負って外出から帰ってきた。警戒心が乏しく呑気で大らかな性質だったので、どこかの犬に近づいて噛まれたのか、あるいは人にものを投げつけられたかひどく殴られたのかも知れない。その数日後ムサシは外出したまま、今になっても家に帰ってこない。

 不思議なことに、ムサシがいなくなると、臆病で控えめな姿勢を貫いていたネネちゃんが急に厚かましく自己を主張し始めた。対抗相手がいなくなって、心が解放されたのか、ちょっと厚かましいと思

われるほどに、飼い主にあれこれと催促するようになった。

    4
 犬や猫の生活は全面的に飼い主に依存していて、飼い主に事があればたちまち路頭に迷うことになる。
 生命というのはとてもやっかいな代物で、繰り返したえず食料を補給しなくては存続していけないのだ。

 何年か前、アメリカの大手証券会社の経営破綻がきっかけになって、世界各地へ不況の波が伝わっていった。サブプライムローンという不純な証券が世界中に行き渡った結果だ。それは以前から予期され警告されていたことだったし、危機が一応のおさまりを見せている今でも、いつまた別の危機が発生するかわからないのだ。グローバル世界経済の恐ろしさ。そのときの記憶は現在も生々しく残っている。

 当初日本は比較的その影響を受けないだろうと考えられていた。しかしながら、案に相違して、わずか数か月後に、日本にも太平洋を渡って信じられないような大津波が押し寄せてきて、日本の経済界は深刻な不況に見舞われることになった。大企業においても、その波及を受ける無数の中小企業においても、企業の生き残りをかけて、大規模なリストラ、人員削減が行われ、多くの人たちが仕事を失った。突然収入の道が断ち切られてしまったのだ。

 その年の末近くのある日、わが家の玄関のチャイムが鳴って、出てみると、近所に住む宮西氏が立っていた。彼はペンキ職人である。家屋の戸袋サッシのペンキを塗らせてもらえないか、という。何しろ秋になって急に仕事がなくなった。あちこち探してみてもまったく何一つ仕事がない。これまでは何だかんだといっても、それなりに仕事はあったのだが、今年はちがっている。まったくほんとうに何一つないのだ。
 宮西氏は独身でまだ四〇歳にもならないだろう。ぼくの小学校時代の同級生・宮西ヒロユキ君の弟に当たる。兄弟と言っても年齢は二〇歳以上も離れている。二人の共通の父親は先の大地震で家屋の下敷きになって死んだ。
 ぼくの同級生のヒロユキ君は複雑な家庭に育ったせいか、幼少期からかなり強度の吃音癖があった。情緒不安定だったのか、生まれつきの性分なのか、粗暴なところが目立つ子どもだった。いや、幼少時にはそれほど目立たない子だった。小学校高学年になるにつれて、周囲の子どもたちに喧嘩をしかけたり、いわれのないいちゃもんをつけたりすることが重なるようになった。いわゆる問題児であった。小学校六年生の時、彼はぼくにとっくみあいの相撲を挑んできた。小さい頃彼はぼくに歯が立たなかった。が、今や体力と自信をつけていた。ぼくは気が進まなかった。仕方なく彼の挑戦に応じた。結果はぼくが何とか勝った。負けていてもおかしくなかった。
 中学一年のとき、ぼくは、彼がとても大人しい性分のM君にいいがかりをつけていじめているのを見て、「おい、やめとけよ」と注意したことがある。ヒロユキ君はぼくに向かって殴りかかりそうになった。が、すぐに思いなおして鉾をおさめた。
 ヒロユキ君は中学を卒業してすぐに近所の店で働き始めた。ぼくは高校に進み、さらに大学に入って故郷を去った。
 後に故郷に帰ったとき知ったことだが、ヒロユキ君は二〇歳で結婚し、間もなく行方不明になり、数日後山中で首を吊って死んでいるところを発見されたそうだ。ぼくの記憶のなかでは、およそ自殺などしそうもない子どもだった。
 そのヒロユキ君の若い弟・宮西氏に戸袋のペンキ塗りをさせてくれと頼まれて、ぼくは困惑した。同時にリーマンショックなるものの影響の深刻さを目の当たりにした気がした。
「ペンキ塗りといっても」とぼくは困惑しながら断った。「そんな必要はうちにはないよ」
 彼は建物の外装状態を説明して、ペンキを塗っておいた方が保守のために絶対にいいという。そのまま放っておくと、そのうちにボロボロになってしまう。金額もそうかからない、最低限の手間賃で仕上げるから、何とかやらせてほしいと彼は熱心にいう。気が進まない話だった。が、社会をおおう深刻な黒い不況の雲のことも頭にあったので、ぼくは宮西氏に仕事を頼むことにした。
 彼はどこかに障害をもっているのか、しゃべりながらも、仕事をしながらも、常にシューシューと耳障りな呼吸音を発した。それでも仕事には熱中する性分らしく、機敏で素早く、信頼できるものに思われた。以前は軽自動車を乗り回していたが、いつからか自動車を手放してしまったらしく、自転車で町までペンキを買いに行って、息を切らしながらもどってきた。
 そういえば子どもの頃、とここでぼくはさらに飛躍して、遙か昔の子ども時代のことを思い出す。同じ町内に同級生がたくさんいたものだ。なかに何人か、どこからか引っ越してきて、またどこかへ引っ越していった子もいた。あの頃はみんな貧しくて、その日その日を生き延びるために、親が職を求めたり失ったりするなかで、子どもたちも懸命に生きていたのだ。転校してきた子どもの中には仲間からいじめられる子もいた。

 当時ぼくがよくいっしょに遊んだT君もそんな一人だった。転校したてのころ、彼は学校で何となく馴染めないでいる様子だった。耳の病気のため臭いを発するところがあったので、子どもたちはそのことを彼に言ってはやし立てた。そんな中でぼくは彼に好意を見せたいと思い、学校帰りに話しかけ、彼の家へ行った。彼の家は古びて小さな借家で、昼間両親がいなかった。たぶん廃品回収のような仕事をしていたのではないかと思う。夕方、お父さんとお母さんがいっしょに帰ってきたとき、お母さんは、子どもへの負い目もあったのだろうか、笑いながら友達同士のような調子で子どもに話しかけ、子どももそんな調子で言葉を返すのを見て、ぼくはちょっと驚いた。彼は明るい子だったので、まもなくクラスのみんなと仲良くなり、ある時期には人気者にさえなって、ぼくと遊ぶことも少なくなっていった。その彼は小学校を卒業するのを待たずに両親とともに再びどこかへ引っ越していった。
 もう一人、印象に残っているのはF君である。彼はぼくと同級生ではなく、二つほど年が下だった。大柄で力も強そうな子だったが、微妙に何となく周囲の子どもたちとは異質な印象があった。ある日、近所の子どもたちが寄って、わいわいと遊び回っているなかで、数人の子どもから喧嘩を挑まれ、彼はそのうちの一人と取っ組み合い、相手を仰向けに倒した。倒れるときに相手は頭を強く地面に打ち付けて、泣き出した。ほかの仲間たちがF君を非難してなじった。「ごめんなさい。ごめんなさい」とF君は何度も謝った。それでも相手が許さないので、彼はついにわっと泣き出して、走って家に帰っていった。
 F君の家は母子家庭で、どこから流れてきたのか、山小屋のような粗末な家を借りて住んでいた。彼のお母さんは、生れついての不思議な霊的治癒力をもっているとされたのか、手をかざしたり病人の身体に触れたりすることで病気を治すという評判だった。といってもそれで生計を立てられるほど収入があったとは思われない。何かほかにも生業に就いていたのだろう。
 ぼくはアレルギー体質でよく身体にできものなどができたので、ぼくの母親はF君のお母さんに治療を頼んだ。ぼくはいやだ、いやだと抵抗したのだが、結局何百円だったか、金銭を持たされてF君の家に行かされた。F君のお母さんはとても落ち着いた穏やかな感じのひとだった。ただ、子ども心なりに、何となくくすんで地味な人、苦労人というような印象を受けた。この次もまた来るようにと言われたが、ぼくはそれきりその家には行かなかった。その母子一家はそれから間もなく、いつということも気づかれないままに、どこへともなく転居していった。
 その後彼らはどうなったのだろうか?

 そういえば子どもの頃、近所の小川で魚を取りながらごく普通に出会ったいろんな虫たち、ミズスマシとかゲンゴロウとかアメンボウとかタイコタタキとか、それにちょっと怖くて歓迎されざる存在だったタガメなどというのもいた。今はすっかり見かけなくなった。
 彼らはみんなどこへ行ったのだろうか?
 今でもどこかの水辺でしぶとく生き残っているような気がするのだが。  (了)

 

 

 


 


ある夜のこと

     ある夜のこと    (080622)

  今日も残業していた。どうしても仕事が片づかない。十時すぎに同僚のD氏の奥さんから電話があり、夫がまだ帰ってこないので心配しているという。奥さんは事務所の外の公衆電話からかけていた。二人でトイレなどを探し、D氏が倒れているのを発見した。私は救急車を呼んだつもりが、間違って一一〇番に電話してしまった。警察官がたくさん来た。救急車が呼ばれ、救急隊員はD氏がすでに死亡していることを告げた。一時ころまで警察官からいろいろ事情を聞かれたり、待機したりしていた。それから自転車で帰ってきた。疲れた。足がふらふらするし、心臓に負担がかかっているのを感じる。ワープロを打つ指も自由に動かない感じ。無理は禁物。このままワープロを打ちつづけるのはよくない気がする。今日はこれだけにしてとにかく寝よう。詳しいことは明日記すことにしよう。三時三四分。

  夕方、D氏が庶務のLさんのところでちょっと話し込んでいるのが見られた。D氏は人なつこく親しみやすい性格の人で、自身にはとても几帳面なところがあったが、人に対しては穏やかで、話し好きなのだろう、ときどきそんなところで話し込んでいるD氏が見かけられたものである。そのあとしばらくして私はトイレに立ち、もどってくるとき廊下でD氏とすれちがった。後で思うと顔色が青かったような気もするが、そのときには別に気にかからなかった。D氏はいつもそんな顔色だったし、あんな大変な病気を身内にかかえているにしては元気そう、という印象をいつももっていた。
  終業の時間がきても人々はすぐには帰らない。一時間ほどして、「コピー機械をまだ使いますか」と言うLさんの声が聞こえた。Lさんは帰るまえにいつもそう言ってまわるのだ。私は黙っていた。前の席のE氏が「自分はもう帰るからいらない」と言い、私にもたずねた。私はLさんの方に顔を向けた。「つけといて」と曖昧な声で言った。Lさんはちょっと笑い声をあげた。彼女はよくそんなふうに笑うのである。
  このときD氏がまだ事務所にいたかどうか、私には記憶がない。私は仕事を続けた。そう遅くまで残るつもりはなかったが、何となくぐずぐずとしていた。片づけておきたい仕事がいっぱいあったが、思うほどはかどらない。七時になると残っているのは三人になった。それから八時ころ他の課のH氏が帰り、Tさんが帰った。一人になってからもついこれもあれもと思いながら仕事を続けていた。
  九時ころだったか、電話がかかってきた。D氏の奥さんからで、「主人がまだ帰っていないのですが、残業しているでしょうか」という。遠くからD氏の席の方を見てから「帰ったようです」と私は答えた。奥さんはそれで納得したように何も言わなかったので、私は電話を切った。それからちょっと気になったのでD氏の机を見にいった。ワープロがついていて〈印刷〉画面のままになっていた。用紙をセットし印刷を開始した時点でどこかへ行ったもののようだった。おかしいな、どこへ行ったのだろうか、同僚と夕食に出てちょっといっぱいひっかけているのだろうか、などと何となく思ったが、ワープロをつけたまま行くのは奇妙である。ちょっと不審に感じたが、別にそれ以上のことは考えないで、私はそのまま仕事を続けた。後で思うと、このときもっと強い疑念をもってしかるべきだったのだろう。
  D氏は以前、市の○○課に勤務していたころに連日遅くまで残業を続け、ときに日が変わることもよくあった、そんな無理がたたって、仕事中倒れて入院した。各人の責任になる事務の量がぼう大で、とくにある時期には来る日も来る日も深夜まで残業しないとこなせない部署だった上に、彼は責任感が強く自負心もあったから、そんな場所にいると無理してでもきちんとそれを果たしていかないわけにはいかない。自分に任せられた仕事が滞ったために人に迷惑がかかったり、あるいは責任が果たせないで自分の無力がさらけ出されることになることには耐えられないと感じるところがあって、彼はつい身体のこともかえりみないで無理をしてしまうのだった。さらに彼には几帳面で凝り性のところがあって、格別に念を入れて丁寧に仕事をしないではいられず、自分でもその性分をどうすることもできない、というところがあった。
  そのときの病気からD氏は何とか立ち直って、仕事に復帰することができたのだったが、身体に残った傷は重大で、仕事を続けていたらまた倒れる危険性が大きい、今度倒れたら助からない、と言われていた。
  今の職場に転任してからは、以前のようなハードな残業はなくなった。それでもどこの職場でも年々仕事が増えて人は減る一方という状況があり、さらに格別に神経質で優秀で熱意のある人が上にいたりすると、みんなそれにあおられて次第にそれまで省みられなかったところにまで念を入れはじめ、自然と仕事が煩雑になって増えていくという状況があった。古き混沌の時代には中途半端でいい加減なものでも存在することができたのだったが、新しい文明の利器が開発され、頭脳優先で管理的な指向が進む時代には、どんな細かなことにまでも意識の光が向けられるようになり、曖昧なものや矛盾したものの存在が許容されなくなっていくのである。どっちつかずで白黒はっきりしないままで存在できていたものが、無理やり白か黒かに色分けされて、黒は矯正あるいは排除されなければならない、といった具合で、次第に暗い片すみにまで管理の目が届くようになっていった。そんなわけで無闇と仕事が潔癖で煩雑なものになって行くのは平和な時代の趨勢というべきだったのだろう。同僚たちが遅くまで残って仕事をしているのに、自分が身体の弱みのせいで同じようにできないことを心苦しくまた無念なことに思うところがあって、D氏はついみんなと同じように無理を重ねてしまうのだった。ちょうどそのころめったに来ないような〈監査〉が入ることになって、人々はその準備のために大騒ぎしていた。欠陥が無防備なまま批判の目にさらされることを極度に嫌い、どんな誤りもなく完璧でなければ気がすまないという意向が先に立って、だれに言われることなくみんな自発的に当然のように残業を続けるようになった。仕事が増えるとそれだけ、D氏の優れた几帳面さが高じてきた。それまでは「まあいいや」と思って放置していたことまでが気にかかってきて、こんなことが矢面にさらされるのではないか、と思いはじめると、相当な労力と時間を要することであっても、ついそれを適正に処理しておかないと気がすまないようになった。D氏はいつか私に言った。「今度倒れたら助からない、絶対無理をしないように、と医者から言われている。でもこればかりは性分でやりはじめるととまらなくなってしまう」
  一年半ほど前のある日の会議で、人々はF所長の海外出張の報告を聞いていた。そのとき人々の間にざわめきが起こった。D氏がトイレからもどってきて、会議室の入口のところで机にもたれかかるようにして、倒れたのである。会議が中断され、人々はそちらに向かっていった。D氏はただちに病院に運びこまれた。二度目の入院である。奇蹟的に命をとりとめて、数か月の入院の後、退院することができた。しかし、脳から脊髄に管を入れたまま生活しないといけないことになってしまった。自宅で何か月か静養したあと、D氏自身の強い希望で危険を内包したまま職場に復帰したが、もう以前のように無理はできなかった。
  そんなD氏の身体の状態を知っていたのだから、私はここでもっと強い疑いをもってもよかったはずなのに、「おかしいな、飲みにでもいったのだろうか」と簡単に考えて、それ以上深く追求しなかった。人間の呑気さ加減はあきれるばかりで、本当に重大で深刻なことが身近に起こっていてその徴候が目の前に差し出されているのに、それに気づかないで過ぎてしまうのである。
  一時間ばかりたって、十時すぎに再び電話が鳴った。D氏の奥さんからで、「主人がまだ帰らないので事務所の外まで見に来たのですが…いま玄関前の公衆電話からかけているのですが…」という。私は印刷途中のワープロのことを思い出した。「そうですか」と私は言った。「それは心配ですね。ほんとうにどうしたんでしょう。とにかく事務所まで上がってこられませんか」奥さんは三階まで上がってきて、事務所のドアの前に立った。痩せぎすな人で、心配そうな顔をして「お騒がせしてすみません」といった。D氏には子どもが二人あって、今はたしか中学生と小学生だった。上の子は私の息子と同じ学校で同じ運動クラブに入っていた。私の息子のことを「B先輩」と呼んで尊敬している、といつかD氏は語ったものだ。後で思うと、このときすでに奥さんはD氏がどこかで倒れているのではないかと強く懸念していたにちがいない。私もそんな不吉なことをちらっと思わないではなかったが、まさか、という気持だった。
  「おかしいですね、主人の車が外に置いたままになっている。今日は軽トラックに乗ってきていたんです」と奥さんは言った。私は先ほど目にしたD氏の机の不審な状況を見せておこうと思い、奥さんに中へ入るように言った。奥さんはとても遠慮深く控え目な人のようで、深夜の事務所に入るのを一瞬ためらっている模様だった。そんな場所で知らない人と二人きりになることに不安があるのかとも思われた。私はためらっている奥さんに事務所へ入るようにうながし、D氏の机を見せて言った。「おかしいですね、ワープロがついたままになっている。それに、ほら、印刷が途中のままになっている。印刷を開始しておいてどこかへ行ったのだろうか」「はい、そうですね」と奥さんは言った。しかし、それで何かがわかったわけではない。どこへいったのだろう、飲みに行ったのか、パチンコか、他に行くところがあったのだろうか、と私は考えめぐらせた。どの考えもどうもすっきりしない。人に聞いてもわかるとは思われないが、とりあえず誰かにきくしかないと考えて、D氏と同じ課のY氏に電話した。Y氏によると、夕方D氏が奥さんに電話で「少し残業するが、七時までには帰る」と言っていたという。そのほかには何の情報も得られなかった。
  二度目の入院の後にはD氏ももう無理をしないように気をつけていた。人が残業していても先に帰るようにしていて、それはずいぶん寂しいことだろうとも思われたが、そんな状態にも一種の安定が生まれているようすだった。「いつもは少し遅くなるとかならず連絡のある人なのに、こんなに遅くなって連絡がないのはおかしい」と奥さんはいった。「おかしいですね」と私も言った。このときにはもうかなり奇妙だと感じはじめていて、不吉な思いが頭をかすめていた。D氏の車が駐車場に置いたままになっている、と言った奥さんのことばが耳に残っていて、青空駐車場のどこか暗い片隅のコンクリートの上に崩れるように倒れているD氏の姿が頭に浮かんだ。「とにかくあたりを探してみましょうか」と私は言い、「はい、そうですね」と奥さんも同意して、いっしょに事務所を出た。「トイレを見てみましょうか」と奥さんは言って小走りで同じ三階フロアのトイレを見に行った。そして、すぐにもどってきて「いませんでした」といった。「念のため他の階も見てみましょう」私は階段を上って四階、五階を見にいった。「一階、二階もそうですね」と奥さんは下の方へ見に行った。どこにも見当たらない。「ほかの事務所で話しこんだりしていないでしょうか」と奥さんが言うので、「一応念のためにきいてみましょうか」と私はA事務所に入った。A事務所には灯りがついていて、人々が遅くまで残っている模様。しかしD氏がいるような気配はなかった。
  事務所にもどり、庶務課長に電話した。庶務課長は「パチンコ屋かもしれない。一度パチンコ屋をのぞいてみてくれるか」といった。この言葉が啓示のように働いて、どうしても解けない謎を解くための一つの新しい道筋が目の前に展けた気がした。なるほどパチンコ屋か…やっぱりそうだったのか…昔一時D氏がパチンコに凝ったことがある、という話を聞いていた。彼は何でも凝ると、それに強く集中してしまう性分なのだ。病気で倒れてからはさすがにパチンコも控えていたが、最近〈精神衛生のため〉にときどき軽く立ち寄ることがある、とD氏が笑いながら言うのを耳にしたことがあった。命にかかわる病気をもっている人がそんな遅くまでパチンコをするだろうかという疑問もあったが、ほかに思い浮かぶあてもなかった。「パチンコ屋を見てみましょうか」と私は言った。「パチンコ屋はないと思います。パチンコ屋は十一時まででしょう?」と奥さん。時計を見るともう十一時、その辺の事情は奥さんのほうがよくわかっている模様だった。それから奥さんは「お騒がせしてすみませんでした」と申し訳なさそうに言い、「もうこれで結構です。何でもないことかもしれないのに、お騒がせして申し訳ありませんでした。家に帰って待ってみます。そのうちにひょっこりと帰ってくるかもしれませんから」としきりに言った。何でもないのかもしれないのに事を大きくしてしまうことに遠慮深い不安を感じているのかとも思われたけれども、こんなに遅くまで帰らない夫が夜中にひょっこり帰ってくるかもしれないと思って、家で待つことなどどうしてできるだろうか、きっとこれは何かがあったにちがいないのだ、このまま奥さんを不安の中に放置してしまうことは責任に反することではないか、といって、いったい私にどうすることができるのだろうか、と迷った。彼女はただこれ以上人に迷惑をかけることに気兼ねして心苦しく感じているのだろう、その気持がよくわかるような気がしたので、とりあえずそれを尊重したい気もあって、私は「そうですか。しようがないですね」といった。そして申し訳のように「一度パチンコ屋をのぞいてみます」と言って、気がかりを残しながら別れた。自転車に乗って玄関のところを通りかかると、奥さんが公衆電話のボックスで電話しているのが見えた。パチンコ屋はすでに閉店していて、店のしまいをしていた。入っていくと、「もう終わりです」と言われた。
  このときになってようやく、私は本格的におかしいと思った。そのまま帰ろうかどうかと一瞬迷ったが、勿論帰るわけにいかないことは明らかだった。最後の可能性と思ったパチンコ店にもいないことがわかったこのときになって、これはどうもおかしい、こんなことがあるだろうか、という気持がはっきりと明瞭に起こってきた。とりあえずパチンコ屋の結果を庶務課長に連絡しておこうと思い、事務所へもどることにした。途中奥さんがまだ電話ボックスの中にいるのが目についた。廊下、階段を通って深夜の事務所にもどるとき、どういうわけかムシが知らせるものがあってもう一度念のために三階のトイレを確かめてみよう、という考えが起こった。先ほど奥さんが調べて「いないようです」と言ったあのトイレである。中に入って行ったとき、どこにも異常がないように見えた。やっぱりいないようだ、と思った。奥のボックスのドアが開いていて、誰も入っていないのがわかった。手前のドアが二つ閉まっていた。ひょっとしたら残業しているA事務所の職員が使用中かもしれないという気もしたのでノックし、それからドアの上部に手をかけて引いてみたが、びくともしない。もう一つのドアはすぐに開いた。そこは用具置き場だった。開かないドアがあるというだけで、すぐに「これはおかしい」と直観すべきなのに、人の心はあまりにも不吉な、ありえないような事実に対しては目をつぶり、そんなに不吉ではない、ありそうな説明でまず事態を解釈しようとするものなのだろうか。「おかしいな、ここのドアは前から開かないのだろうか、ドアに把手もついていないし、故障で常時閉まっていたのだろうか」と私は何気なく思い、そのままそこを去ろうとしかけた。けれどもやはり気になって、中をたしかめる方法がないかと探るうちに、ドアの下部に隙間があるのに気づいた。顔を床にすりつけるようにして中をのぞいた。暗がりの中に人が崩れるように倒れているのが見えた。まぎれもない…すぐに救急車を呼ばないといけないと思って、廊下に出た。先に奥さんに連絡するか、救急車を呼ぶか迷った。電話で救急車を呼んでいるうちに奥さんが帰ってしまってはという懸念から、先に走って知らせにいった。奥さんはまだ電話ボックスの中にいた。私は走りながら声をあげてトイレの場所を知らせ、すぐに三階へもどっていった。事務所のドアに近づいたとき、奥さんが後方のトイレのところで「お父さん、お父さん」と悲鳴に似たような興奮した声で叫ぶのが聞こえた。夫がそんな無残なことになっているとは彼女はまだ覚悟していなかったのだ、まだ何かのまちがいでひょっこりと帰ってくるものと信じたい気持をもっていたのだ、と私は思った。事務所に走りこんですぐさま受話器をとった。救急車を呼ぶ声がうわずって、自分でも思っていなかったような、興奮して泣きそうな声になってしまった。それから落ち着きをとりもどして庶務課長に電話した。庶務課長はすぐに行くということであった。
  「救急車を呼んだから」と私は奥さんに言った。奥さんは何か用があったのか再び外に出ていった。(おそらく親しい友人のTさんに電話しにいったのだろう。すぐ後にTさんが姿を見せていたから。Tさんとは私も以前仕事で親しくかかわったことがある。このことがあって間もなく今度はTさんが入院し、数年後帰らぬ人になったことが信じられないことに思われる。)私は思いついて他の人にも電話連絡を入れた。救急車が来たことを知らせるサイレンの音がしたので、私は急いで駆けだした。奥さんが入ってきて、「だれかきたようです。でも救急車はきていないようです」と言った。そんなはずがない、どうしたのだろうか…私は走って見にいった。数人の隊員らしい人が近づいてきた。話しているうちにすぐにそれが警察官だとわかった。「え?  救急車は?」「一一九番」「あ、そうか」…何ということだろう、私はまちがえて一一〇番に電話してしまったのだった。警察官の一人がトイレの上によじ登り中に入ってドアを開けた。別の警察官が携帯電話で救急車を呼び、まもなく救急車がきた。私は救急隊員に「この人はC病院で治療を受けているから、C病院へ運んでほしい」と興奮した口調で繰り返した。しかし、救急隊員は「お気の毒ですが」と言って、すぐに立ち去っていった。私は救急車をよばずに警察に電話してしまったことで奥さんにとんでもない申し訳ないことをしたと感じた。「まちがって一一〇番に電話してしまった」と一言だけつぶやくように言ったが、それでどうなるものでもなかった。同僚が倒れているのに、真先に警察に電話するなんて何という仕打ちだろうか、人からもどんな白い目で見られるだろうか、と思うと、それがずっと心に引っかかって痛みとして残った。


ゆがんだ風景

  
   ゆがんだ風景


   傾  く

  世間のことやこの世界のことについて、まだ何も知らなかった子どものころ、夜になると、ときどきぼくは遠いどよめきを聞くことがあった。ほとんど聞きとれないくらいの遠く鈍いどよめき。たとえていってみるなら、ドーン、ドーンと巨大なハンマーで地面をたたくような音。遠く、実に遠くで起こる物音なので、ほとんど音とはいえないような響きなのだ。その音に、かすかに、何ものとも知れないイヤらしい奇声が混じって聞こえるような気がした。ぼくの想像では、それは悪魔たちが世界を引きずり下ろす音だった。大人たちのだれにも聞こえないその音が、子どものぼくの耳には入ってきた。どんなに耳をふさいでも、それは聞こえてきた。聞くまいと思っても、どうしても耳を傾けないではいられなかった…
  また、別の夜には、どこからともなく、キーンという音が聞こえてきた。その音は、地面の底からのように、長くいつ果てるともなく続くのだった。すると、ぼくの脳裏には一本の火の見やぐらの姿が見えてきた。それは鋼鉄の棒を組み合わせて出来たもので、ぼくらはそれを『ハンショ(半鐘)』と呼んでいた。ぼくの家の近所にもそれが一つあった。そこはぼくらの恰好の遊び場所の一つだった。一番上の所に釣鐘が一つぶら下がっていた。ぼくはよく下からハンショを見上げた。すると、青い空を明るい真っ白な雲が動くにつれて、ハンショはどんどん傾いていった。
  夜、ぼくの脳裏に浮かんだハンショは、ぼんやりしたもので、昼間のような明るさはなかった。どこか向こうの方にあって、じっと見ていると、キーンという音とともにやはり少しずつ傾いていった。少しずつ、ほんの少しずつ…不思議なことにそれはいつまでたっても傾き続けた。傾いても傾いても、まだ傾き続けて、しまいには見ているぼく自身までがいっしょに傾いて、闇の中へと沈んでいくのだった…
 

     火の玉 
     

  子どものころ、ぼくは幽霊を異常なほど怖がっていた。夜、外出するときや便所に行くときなど、いつも幽霊のことを思って、周りに目を凝らした。いつもありもしない影を想像して、心臓が凍りつきそうになった。後ろから何か気味悪いものの影が近づいてくるような気がし、前方に何か得体のしれないものがあらわれないか、見えてはならないはずのものが見えたりしないかという思いから自由になれなかった。
  そのころ火の玉のうわさを子どもたちはよくした。田舎の風習で、当時はまだ人が死んだら土葬する風習が残っていた。ぼくの祖父が死んだときもそうだった。葬儀があったあと、墓地の近くの家の子どもが、火の玉を見たといっていた。大きな火の玉が、夜、彼の家の屋根の上をグルグルまわって飛んでいたとか…「気持ち悪かったで…」とその友達はいった。
  祖父はぼくをとても可愛がっていたので、ぼくの名前を繰り返し呼びながら死んでいった。母はぼくに「おじいちゃんのところへ行ってやり。あんなに名前を呼んでいるじゃないの。もう死ぬかもしれないのよ。最後に行って手を握ってやり」としきりに言った。しかし、ぼくは祖父の寝ている部屋に近づくことをイヤがって、絶対に行こうとしなかった。祖父は死のうとしている。呼吸をするたびに、喉が変な音をたてている。ぼくはどうしても祖父に近づくことができなかった。
  祖父がぼくの名前を呼びながら死んだ陰には、ぼくの実父の思い出があったのだ。実父は養子としてぼくの家に来た。彼は、地味で、人目を引くことを嫌う、憂鬱な性分だったようだが、気立てがやさしく人なつこいところがあったらしく、ひどく祖父の気にいっていたらしい。ぼくが3才にならないうちに父はこの世を去った。そのとき祖父は泣いて彼の死を惜しんだ。「どうして先に死んだのか」と。祖父は盲目で、その後の生活は真っ暗だった。
  ぼくは父と瓜二つだとよくいわれた。しばしば祖父は間違えて父の名でぼくを呼んだ。死ぬときも、祖父はしきりにぼくの名を呼ぶ一方で、とっくに死んだぼくの父の名を繰り返し呼んでいた。
  ぼくの名前と父の名前を交互に呼びながら死んでいったという人が、ほかにも三人いる。父の母親や兄姉たち。父は若くして病気で死んだので、その思い出が近親者から特に大事にされていたようだ。彼らがぼくの名を呼びながら死んでいったというのも、ぼくへの親愛からというよりは、父の思い出がそれだけ深かったということなのだ。ぼくはごく小さい子どものころを除いて、彼らとはそれほどつきあったことがない。それにいろんな点でぼくは父ほどには人から愛される人柄ではなかったのだから。
  夜、外出するとき、あちこちの家の電灯の光が火の玉に見えてしようがなかった。ぼくは真っ暗な田舎の屋外を歩きながら、あれは火の玉ではないか、向こうのは何だか尻尾を引いているように見えるぞ…ひょっとしたら…といったことばかりを思っていた。冷たいものを背筋に感じながら。
  そんなある夜、部落の子どもが集まって祭りの練習をした帰りのことだった。ぼくは一人いつものとおり、こわごわと、あちこちの光の玉を吟味しながら歩いていた。意識しはじめると、いくらおさえてもだめなのだ。まるで冷蔵庫の中に入ったみたいな感じ…ふと遠く西の空にいつもとはちがった小さな光の玉が飛んでいるのが目に入った。するとぼくの目はもうそれから逃れられなくなった。それは紛れもなく尾を引いていて、おたまじゃくしのように尻尾を振りながら北から南へと動いていた。ぼくは、まるで魔につかれたように、歩きながらじっとそれを見ていた。それは、向こうの山までは遠くない、しかしすぐ近くというほどは近くでもないあたりの空間を、ゆっくりと泳ぐように飛んでいた。じっと見ているうちに、怖さがこうじてくると、目をそらして、もう二度と見まいと思うのだ。しかし、しばらくすると、またそれを見て確かめたくなった。見ると、まぎれもない…飛んでいる…ちょうど神社の巨大な樹木がひろがっているその近くの空をふわりふわりと飛んでいて、その大きさからみて、樹木よりはかなり向こうのように見えた。見るたびに説明できないような恐怖を感じた。そのようにして、ぼくはようやく家に帰った。家には祖母がいた。ぼくは真っ青な顔をして、祖母の顔を見たが、何も言わなかった。そして窓のところへ行くと、こわごわと、そちらのほうの空を見た。すると窓の外にアレがやはり見えるのだった…
「何をみているの?」と祖母がきいた。
「いや、何も、別に…」
  祖母に火の玉のことをいうことはできなかった。それは恐ろしいことで、祖母を不安に巻き込むだろう…ぼくはそれが怖かった…
 
  いったい、あれは何だったのだろうか?  幻覚だったのだろうか?  と今でもときどきぼくは思うのだ。確かにあれを見た。それはまちがいない。気のせいなどではなかった。しかし、いったい、あれは幻だったのだろうか?  それとも本物だったのだろうか?
 

     揺れる
      
  夜中、部屋にこもっていて、ふっと何気なく書棚の方を振り向いたとき、おかしなことに気づいた。本たちが揺れているのだ。もう一度振り返ってみると、やはりまちがいなかった。書棚の本たちが海の底の海藻みたいに、いっせいにゆらゆらと揺らぎ、ある段のはちょっと右に、別の段のは左にといった風に微妙にかしぎながら、ふくらんだり縮んだりして、奇妙な具合に揺れ動いている。みんな何かしら喜ばしい精気を与えられた生き物たちであるかのように。 ああ、そこには何という生命がぎっしりと詰め込まれていることか。いや、待てよ。これはみんなぼく自身の中の風景かもしれないぞ。本たちはぼくの中で息づき揺らめいているのではないだろうか?  不思議な可能性をささやきながら、本たちは揺れているのだ。いや、いや、待てよ、揺れているのはぼく自身の方かもしれないぞ…
  ふっと気がつくと、揺れているのは本だけではない。本棚も、柱も、ドアも、木目の着いた板壁に張ってあるシャガールの絵、時計、カーテン、室内灯、机、椅子、さらには机の上の書きつぶしの紙片、ペンたて、コーヒーのコップ…それらのものたちが、まるで呼吸する生き物であるかのように、膨らんだり縮んだりしながら、揺れている。しかも奇異なことに、そのことがぼくには少しも不思議ではなく、遠い昔から慣れ親しんでいるごくあたりまえの、ありふれた現象であるかのように感じられた。何の違和感もない、とても快い現象…
  ふっと気づくと、ぼくの周りには無数の海藻類がそよぎ揺れている。暗黒の鱗(うろこ)をもった奇怪な深海の生き物たちが息づき脈打っている。そんな中を不気味に一匹の巨大な魚が泳いでいる…
  深海の怪魚…そのイメージは以前からぼくの中に巣くっていた。そいつは目玉が鈍く光る怪物で、傷だらけの暗色の胴体には、様々の海藻類や苔や樹木の枝などがまとわりつき、塩や砂が傷口に深くしみこんでいるのだ。まるで原始の岩につけられた太古の切り傷みたいな黒い傷。中には不気味な深い傷もあって、それはぼくになぜともしれない戦慄と喜びを感じさせるのだ… 


     さとみ 
     
  ぼくは娘のさとみを連れて海水浴場に来ていた。さとみは小学校の一年生。真夏の太陽の光の中、広い砂浜は水着姿の人々であふれていた。ぼくは砂浜でさとみを泳がせていた。そのうち不思議なことが起こった。砂浜に打ち寄せていた波が一瞬のうちに引いていったのだ。見事なほどすうっと下の方まで引いていった。今まで海水があったところが砂浜になり、ずっとずっと下の方まで砂浜が広がった。見た感じ、海水浴場は大きな碗のような感じで、丸みを帯びてずっと深く下方まで続いていた。一瞬ぼくは強い不安を感じた。波がもどってくるにちがいない…わけもなくそんな考えにとらわれたぼくは、小さな娘の手を引いて、急いで上方の土手を目指してかけ出した。入江は深く、土手ははるか上方にあって、そこにわずかな樹木が生えている。急がないと危ない…土手の所まで逃げてもまだ安全かどうかわからないけれど…気がつくと、もうすべての人たちが逃げ出していて、ぼくら父娘が最後になっているのであった…

  また、あるとき、ぼくはさとみと神社の境内で蝉取りをしていた。さとみは女の子のくせに、蝉やクワガタ、カブトムシなどの昆虫が気狂いみたいに好きなのだ。もう夕方になろうとしていた。巨大な樹木の枝と葉が広がっていた。ふっと気がつくと、樹木の背後に、月よりは少し小さいくらいの、ひどく明るい天体が見えた。《おや?  いやに明るいな?》とぼくは思った。見ていると、それは次第に大きくなって、その表面の濃淡の模様がはっきりと見えてきた。青ざめた海みたいな色の天体で、木星みたいな感じだった。どうして木星なのかよくわからないが、そのときぼくはそう思ったのだ。それはみるみるうちに地球に近づいてきて、ついには空全体をおおうほどになった。近づくにつれて、それはますます青ざめて真っ青になっていった。ああ、衝突は避けられない…とぼくは感じた。避けようもない…
  ぼくはさとみに不安を与えまいとして、手を強く握って言った。
「心配しないで。だいじょうぶ。だいじょうぶだからね…」


     来訪者
      
  日は暮れかけていた。けれど本当は始まろうとしていたのだ。
  K氏は、二階の部屋で仲間たちの来るのを待っていた。日頃めったにする機会のなかった遊びをする約束ができていて、それを心待ちにしているところだった。本当ならもっと早くから始めたかったところである。そうすれば、さらに長い時間にわたって、こころゆくまで愉しみに耽ることができたであろうに!  そうすることもできたのに、そうしないでむざむざと時間を空費していることはひどく残念なことだった。相手がいなくて遠ざかっていた遊びの機会。K氏は、ムズムズする気持で、その機会が来るのを待っていたのだ。もっともそのことを自分に対しても他人に対しても認めたくない、といった微妙な気持もあったわけなのではあるが…
  仲間の中で、自分を感じたいという自然な欲求を、彼は、自分の中に認めたくない気持をもっていた。自分は孤独な性分で、孤独を愛している。人々との交流を求めなくても、充分楽しく充実して生きていけるのだ、という誇り、或いは自分は人々の中ではうまくやっていけないのだ、と感じるときの一種の悲哀への、こだわりの気持…
  事実、今日来る予定になっている仲間というのは、彼ら同士では仲間であっても、K氏にとっては必ずしもそういったものではないのだ。どういう加減でかはよくわからないが、彼は、人々の間に自分を感じるということができないのである。自分を彼らの仲間であると感じることができないのだ。自分には彼らになじめない異質なものがあり、彼らはそれを自然に察知してしまう。そんなふうに彼のほうで一人ぎめに思い込んでしまう傾向があるのだ。人と話している状態は、彼には自然な状態ではない。会話するとき、彼はいつも腰が落ち着かず、早くそれを切り上げることを考えている。
  しかしながら、仲間たちのなかで自己の存在を示したいといった欲求は、孤独を求め、孤独の中に特別な価値を認める彼の感じ方に反して、しばしば彼の内部にわき起こって来た。日頃、人々から軽視されているような感じをもち、あるかなきかわからないような、影のような存在であることを感じているだけに、K氏は、このめったにない遊びの機会に過大な期待を寄せずにはいられないのだ。
  もうそろそろ彼らが来る時間だ。ほうら、訪ねてくる人の気配がする。K氏は、階段を駆けるように降りていく。玄関の戸を開ける…

  戸口に立っていたのは、見たことのない中年の男だった。いや、どこかで見たことがある。それも遠い過去のことではない。つい最近のはずだ。どこで見たのだったか、それが思い出せない。どうしても思い出せないのだが、たしかに見たような気がする。
  タスキのついたズボンをはいていて、すっきりしたシャレた印象の人物。顔立ちが際立って聡明、やや陰のある考え深そうな容貌。長い頭髪、とがった耳…美男子といってよかった。独特の強い印象を与える顔立ちなのだ。そう、それはたとえていうなら、ドラキュラ伯爵のような…なぜかK氏はそんな名前を思い浮かべた。それはなにもはっきりした意味があってのことではない。ドラキュラ伯爵に似ているかどうか、ドラキュラ伯爵がどんな顔だったか、K氏にははっきししていない。いや、ドラキュラ伯爵というのでもないぞ…誰だったかな…確かに見たことがあるような気がするのだが…
  男は配達夫なのであった。電報を届けるのと同じように、何かを届けにきたのだ。
「お父様から預かってまいりました…」
  男はそういって、何か長い棒のようなものを差し出した。受け取ると、紙製の箱である。高級な箸でも入っているのかと思われるくらいの大きさの豪華な箱だ。開けてみると、薄い紙に包まれて、驚いたことに、美しい金色のペンが出てきた。しっとりと濡れたようなすばらしいものだ。黄金のペン…
「父から?」
「さようでございます。お父様は、ついさきほどお亡くなりになりました。これはお父様のお形見で、貴い魂がこもっております…お父様の霊の力が…」
  K氏はペンを手に持って、深い感動の中に、不思議な力に満たされるのを感じた。何かしら神秘的な未知の力…
  実をいうと、彼の父親はもう十年も前に死んでいたのだ。死ぬときにはひどくやつれて、憐れなものだった。肝臓が傷んでものも食べられず、おまけに脳にも精神にも障害が出始めていた。しばしばわけのわからない、明らかに異常と思われるような言動を繰り返すようになっていた。
  K氏は、見知らぬ使者からペンを受け取ってから、玄関横の暗い部屋を通った。二階へあがる途中、そこを通り抜けなければならなかったのだ。するとその部屋の隅っこのところに、小さくひからびた父親が、古びた小さな布団にくるまって寝ていた。父親は今外から帰ってきたばかりのようだった。K氏には、父親がそこに寝ていることが、いつもの何でもないことのような気がしていた。彼が通りかかると、父親は布団の中から、聞きなれた弱々しい声で、息子の名を呼んだ。
「あ、Mかい?」
  そのとき、再び玄関のブザーが鳴った。出てみると、さきほどの配達人であった。タスキのついたシャレたズボンをはいている。このとき男は意外に若く見えた。まだ三十才にはなっていない。ひょっとしたら二十五才くらいかとも思われる。目がみずみずしいほどにきらりと光っている。男は、突然、K氏の手から先ほど渡したばかりのペンをもぎ取った。すばやい動作だった。ペンのふたをエイッと抜き放った。すると何とそれは切っ先の鋭い短剣ではないか…相手は、いきなりそれをK氏の方へ向け、刃物の先を鋭く突き出して、襲いかかってきた。それは、直接明白に命そのものを狙ってくる、恐るべき脅威に満ちたやり方だった…K氏は逃げまどい必死で身をかわす。かわしてもかわしても、相手は迫ってくる。彼の顔はもともと静かで無表情、妙に沈んだような顔なのだが、このときには恐ろしいものだった…目はひたすらに鋭くK氏の上に据えられて、恐るべき脅威をもって彼に迫ってくる…
  攻撃の手がちょっとゆるんだすきに、ようやくK氏は電話のある場所に近づくことができた。ダイヤルを回す…はやく…一一〇番…だめだ…うまく回せない…始めからやりなおす…一…一…〇…だめだ…また始めから…そのとき彼が再び鋭くつきかかってきた…彼は逃げる…逃げる拍子に机から花瓶が落ちる…カラカラ…すると不思議なことに、次々と連鎖反応式に落ちていく…コップや書物、書類が…それから本棚や壁の棚までが崩れるように…あっという間になにもかも…気がついてみると、それは夢であって、今はもう朝であった…彼はほっと胸をなでおろす…
  そのあと、K氏は、朝の街路を電車の駅に向かって急いでいた。出勤だ。街路はやけに広く、美しい樹木がずっとまばらに生えている広い公園の中を通り抜けていた。駅に急ぐ人たちの姿があちこちに見られた。K氏は、昨夜の訪問者のことを思っていた。まがまがしい悪魔…彼はいまもまだ不吉な脅威を感じていた。あいつはきっとどこかにいて彼をつけ狙っているだろう…果たして彼の顔がチラリと見られた…街角の最初の曲がり角で…その顔がはっきりと鮮明に見えた。独特の顔だ。暗い印象の顔。つりひものあるズボンをはいている。とても広い街路。K氏は、人影、物陰に隠れるようにしてそこをすり抜ける。彼はこちらを見ていなかったようだ。しかし、はっきりしたことはわからない…K氏は急ぎ足で歩いていく。先ほどの男の顔を思い出し、どこかで見た顔だ。たしかに最近…と感じる。思い出そうとするが、思い出せない。しばらく行って、次の曲がり角を曲がったところが電車乗り場だった。ちょうど電車が入ってきた。彼は乗ろうとする。ところがそのときあいつが乗っているかもしれないと感じた。きっと乗っているのではないか…ずいぶんとチャチな感じの電車で、三両仕立て。人がかなり乗っている。あの男と顔を合わさない車両に乗ろうと考えて迷う。真ん中の車両は随分空いていたようだ。K氏は一番前のドアから乗り込んだ。あいつの顔は見当たらないようだが…おそるおそる見まわした…するとそこにまさに〈彼〉が乗っていた…あの暗い陰のある男が…それは美しいといっていいほど鋭くとぎすまされた容貌で、まさに脅威に満ちて不吉な〈悪魔〉そのものではないか…


   Z君の身におこったこと
    
  Z君がF市にあるI社に勤め始めてまだ二年にもなりませんでした。
  ある夜、Z君はこよなく甘いビールを飲み始めました。ビールがちょっとまわってきたころ、Z君はふっと後ろに人の気配を感じたのです。見ると、一人の見知らぬ男がそこの椅子に坐っているのでした。男は何の前ぶれももなく、いつのまにかこっそりと影のように忍びこんでいたのです。黒っぽい服装をしており、冴えない地味な感じの顔立ちで、ひどく控え目に微笑みました。Z君は別に怪しみませんでした。ごく当たり前のことであるかのように、男を見たのです。Z君には、この男がどうしてだか以前からよく知っている人のような気がしていたのです。
  男は無表情な顔で、ただ考えこんだような控え目な様子で、そこに坐っているばかりでした。そのうちZ君は男の存在をすっかり忘れてしまいました…
  それからどのくらい時間がたったでしょうか。突然、男は何の前ぶれもなく両手を広げて、背後からいきなりZ君に襲いかかったのです…首をしめつけ息の根を止めようとしました…いや実をいうと、男はただそこに何もせずに坐っているだけなのです。Z君の目にはそれがはっきりと見えます。しかし、同時にたしかに男は現にZ君の首をしめつけているのです。男が二人に分裂したかのようでした。しかもその二人は全く別々の存在ではなく、まさに同一の存在なのでした。突然、何のきっかけもなく、Z君はもがき始めました。おぞましくむごたらしい苦しみ…生きることそのものを恐ろしいことに感じさせるような苦しみ…ふだん、Z君は生を愛しており、生きることがとても気に入っていました。しかし、そんな発作がやって来る夜には(その後この発作は何回となく繰り返されたのです)、正真正銘の恐怖を感じました。恐ろしい苦悶と不安にさいなまれながら、Z氏は身をよじってもがき、こんな状態でどうして朝まで耐えることができるのか、と思いました。
  彼は繰り返し心で叫びました。「ああ、こんな苦しみを耐えなければならないのならば、生きることは恐ろしいことだ…」
  たいていの場合、朝になると不思議に安らかになっていたのです。

  彼がある女性を見て突然心を動かし始めたのは、ちょうどその頃のことでした。
  ある特定の女性に強い不断の興味を寄せ、それまで興味をもっていたものすべてがそっちのけになってしまって、ただ彼女のことばかりを思うようになるといったことは、たえてないことでした。
  ところが彼女を見たとき、まさにそういうことが、Z君の身の上に起こったのです。
  Z君は以前その女性をちょっと見かけたことがありましたが、別に注意を払ったわけではありません。ちょっとした魅力はあるかもしれない。しかし、別に大したことはないし、どうせ彼には縁のないひとだ、とくらいに思ったのでした。
  ある日、彼女は歩いていくZ君を後ろから呼び止めました。彼女は用件をいいました。そのとき、彼女の顔を見て、Z君は強い印象を受けてしまったのです。そんなことになるとは、予想もしていませんでした…
  このとき、彼がまずしたことは、例によって当惑をおさえて、無関心を装うことでした。というのも若い女性と話すとき、彼はいつも多少当惑を感じるのが常だったからです。女性の前で感じるその当惑は恥ずかしいものだったので、それを見せまいとする内心の努力のため、Z君は彼女の顔をあえてまっすぐに見ました。彼女の顔を見て、「おや?」と思いました。そして思わず彼女を見つめ、それからすぐに目をそらしました。するともう、まともには彼女を見られなくなってしまいました。Z君は困惑し、冴えない伏目の顔を彼女の方に向けたまま、妙に彼女の顔を見ないで、応答することになってしまいました。彼の奇妙な当惑ぶりを見て、彼女は彼の心の中に起こったことを見抜いているのではないか、と感じながら…そして見抜かれることは彼にはなぜかとても嬉しかったのです…
  彼女のもとを離れて歩きながら、Z君は胸に深い感動の波紋が広がっていくのを感じました。彼は、何度も繰り返しぎゅっと唇を噛み締めている自分を見出しました。「ああ」と自分に言いました。「これはどうしたのか…いったい何事がおこったのか…」
  ふしぎな戦慄を伴う独特の喜び…心の奥で何かがふるえ、紛れもない悦びが湧き出るのをZ君は感じました。たとえば、モーツァルトのハ短調のピアノソナタを聞くとき目覚めるのと似た様な、深い複雑な種類の感銘、苦悶を含んだような強い歓喜がわき起こるのを感じたのです。それは驚きでした。予想外のことでした。
  彼女を見たとき感じた幸福感は、独特の優しい深い色調をもっていて、それはいままでに感じたこともないようなものだと思われました。ある音楽が人の心に独特の複雑な感動を引き起こすように、それとまったく同じように彼女の存在は彼の心に独特の性質の喜びを引き起こすのだ、喜びの強さとともにその〈質〉が貴重でまれなのだ、と彼は考えたものでした。
  それからは、彼はしばしば彼女の方に視線を向けるようになりました。ずっと彼女のことばかり思っている自分を見出しました。
  最初は知らなかったのですが、彼女は彼よりも年上ですでに結婚しており、子供もある身でした。そのことは彼には安心できることに思われました。もし彼女が独身であったならば、彼は現実的な余計なことを考慮しなければならなかったでしょうから。
  ひそかにこっそりと彼女を見るということが、彼の大きな関心事となりました。彼女を見ると彼は深い喜びを感じ、実に素晴らしい質の、この上なく優しい感情が心臓から全身にいきわたるのを感じました。それはそれだけで(その感情が本来目的としているはずのものが得られるかどうかなどに関係なく)、すばらしく価値のあるもののように思われたのです。ただ彼が恐れたのは、いつかはそれが自分から失われるだろう、彼女を見られなくなる日がいつか必ずくるだろうという思いでした。
  人は財物を貯えるようには、感情を貯えることはできません。感情は次々と新しい刺激がなくては消失してしまい、後にあいまいな記憶しか残しません。感情を貯えるためのどんな企ても成功しないのです。わずかに芸術的な創造がそれを可能にしますが、それも完全ではないでしょう。それは彼女が目の前に存在する今、彼が彼女を思うことのできる今しか存在しない価値なのです…後に何も残らないそんな価値のために、情熱を燃やすことは愚かなことなのでしょうか?  彼にはそうは思えないのでした。
  彼女のいる場所に行くことが、彼には大きな楽しみであると同時に強い不安のもとになりました。彼女が近くに来ると、彼はひどくぎこちなく無様な感じになって何もできない状態になりました。ことばも出なくなるのです。Z君が人と話しているときに、彼女がすぐそばに来たとします。突然彼の言葉つきが怪しくなり、言葉が唇の上で凍ってしまうのです。また、たとえば彼が書類を書いていたとします。彼女が近くに来ると、彼はそれまで書いていたことが何もかも頭から抜け出てしまい、もう何を書いているのかわからなくなります。混乱を隠すために、彼は適当にペンを走らせて、書いているふりを装うのですが、紙の上に表れる文字は意味もなくでたらめなのです。あるいは別のときには、ペンをもった手が震えだして、それまではきちんとていねいな文字で書いていたのに、途中から奇妙なひょろひょろとした文字になってしまいます。あるときなどは、書き終えてからふっと気づくと、彼女が彼のふるえる手をじっと見ていたようなのでした…
  彼はいつも彼女を見ることに奇妙な疚しさを感じていました。用があって彼女のいる近くへ行くのがいつもひどくとてもためらわれるのです。彼女を意識して、彼女を目当てに行くのだと、人から見抜かれるような不安、恐れを強く感じるからです。
  だから、Z君はいつも彼女に対しては完全な無関心を装っていました。彼女が近くに来ても彼女の方を見ることができないのでした。必要があって彼女と話さなければならなくなると、彼は著しい不安と動揺を感じて、心臓が激しくときめき、頭がぼーっとなったり、言葉が発音できないほど精神が麻痺してしまったりしました。
  誰にも見られていないと思われる極めて稀な瞬間には、こっそりと思いきって彼女の顔を見つめることができました。そういうときには彼は強いためらいを感じました。強いてそれを押しきって彼女の顔を見ると、濃厚な喜びが身体の中に呼びさまされ、いい知れぬ興奮が彼を包みました。きょうはもうこれで十分だ、これ以上の何があり得るだろうか、という気がしました。他ならぬ〈あのひと〉を〈そのような目〉で見ることには、奇妙なためらいと、悩ましい感情、見てはならないものを見、感じてはならないものを感じているという感情が伴うのでした。
「いったいこの感情はなんなのだろうか?」としばしば彼は考えました。「ひょっとしたら、これは禁じられたものをあえて感じようとしたときに、自分の中に呼びさまされる感情なのではないのだろうか?  だからいつも悩ましい気持、疚しい気持がともなうのでは?」
  ちょうど、最近、Z君は、女性作家アナイス・ニンの書いた驚くべきすばらしい日記を読んでいるところです。アナイスは書いています。《後年パリでスペイン舞踊の発表会を開いたとき、私は観客の中に父の顔が見えたような気がした。その顔は青ざめ、いかめしかった。私は踊りの真っ最中に凍りついて立ちつくし、一瞬、踊り続けられないと思った。…》
  アナイス・ニンは、他の女のために彼女と彼女の母親を見捨てた父親への愛と、彼女が受けた心の傷のことを語っているのです。
  これを読んだときZ君は、強い感銘を受けたのでした。彼は考えました。自分の感情は通常の男女の間に生じるものとはいささか趣がちがっている。ひょっとしたら彼女を見るときの自分の思いは、今は亡き母への彼の幼い感情の名残ではないだろうか?(彼の母は若くして再婚したのでした。)母への愛は禁じられたものだったにちがいない。彼は疚しい気持なしでは母を見ることができなくなり、母を見ることは禁じられた喜びを味わうことであっただろう。それだけにその喜びと不安は強いものになっただろう。そして後年女性に思いを寄せるとき、彼は幼いときの母への思いをそっくりそのままの形で繰り返しているのではないか。この感情がこのように高められ、複雑になり、独特の素晴らしい色調を帯びるのは、そのせいではないだろうか。そんなふうに彼は想像しました。
  きびしい番人に監視されている犬のように、彼はいつも疚しい思いを心にもっていて、いったいそれが自分に何をさせ始めるのかと、不安に感じているのでした。何かとんでもない恥ずかしいこと、愚かなこと、非難に値するようなことをしてしまうような不安…
  こんなふうに進行していく彼女への思いは(それはかつて経験していた母親への思いでもあるかもしれない)、もともとあってはならないもの、ありうべからざるものというニュアンスをもった感情だったのです。彼はいつも心を引かれる女性に対してはそのような感じ方をしたものでした。しかし、他方では、彼はそんな高価なえがたいものを手放そうという気にはなりませんでした。反対に彼はひそかに考えました。それを自分自身の内部にとどめておくかぎりは、何も悪いことはないではないかと。勿論そう考えたとしても、疚しい感じはつきまとうのでした。「いったい自分は何をしているのか。彼女が知ったらどう思うだろうか。すべてはおしまいではないか…」と彼はしばしば思いました。彼女の顔をこっそりと異常な思いをこめて見ている現場を誰かに見られるのではないか、彼女を見て彼が感じるもの、彼が思うことがすべて知れわたっているのではないか、という思いが彼を不安な気持にさせました。
  彼の思いは次第に邪悪の色合いを深めていきました。一人で味わう邪悪な楽しみ…誰にも知られてはならない悪事…そしてそれに思いきり耽ること…その感覚がまた非常な魅力なのでした。決して誰にも知られてはならないもの、知られるなどということは、とんでもない恥ずかしい恐ろしいことである、そういうもの、彼一人の中だけでようやく生きることのできる性質のもの…そういうものに彼は心をまかせきりにしていたのです…
  さらに、気狂いじみていることに、しばしば彼は自分の心を彼女に知ってもらいたいという欲望を感じるようになってきたのです。彼女もまた彼を思っているという思い(ほとんど確信にまで達するほどの思い)が彼にしばしばやってきて、彼はその考えをふり払うことができなくなりました。勿論奇妙で愚かな妄想です!  彼女を見るとき感じる喜びがあまりにも強いために、彼はそのような妄想を抱いてしまうのす。しかも、やっかいなことに、その妄想は、繰り返し彼の中に現れてきて、彼を次第に大胆な気持にさせていくのでした。不思議なことに、彼女から離れて冷静に考える余裕ができると、それが何の根拠もないものであることがはっきりしてきます。強いて根拠といえば、彼女を見て彼が感じる強い喜びがあるだけです。何と結構な根拠!
  彼は思ったものです。「彼女のあのときの目は何を意味したのだろうか?」彼のつまらない問いに対して、彼女は、そのはかりかねない意味を理解しようとするかのように、一瞬彼の顔をじっと見たのでした。そのとき彼は深い稀有な体験をしたかのように感じました。周りのすべてが消え失せて、別次元に入ったかのように…一つの宇宙がそこに開け、言葉にはならない非常に多くのことが起こって、全てが濃厚な歓喜でいろどられている、そんな状態…それはほんの一瞬のできごとだったのですが…
  彼は心臓を彼女の目に射られたのでした。そして彼女もまた彼を思っているという強い印象にとらえられました。あとになってから彼は思ったものです。「いったいあれは何だったのだろうか。すべて単なる幻想だったのだろうか」と。そのとおり。彼女としてはただ何気なく、誰に向かってもそうであるような、ふつうのしかたで彼を見たにすぎません。Z君の狂気が愚かな幻想を生み出していたのです…
  たしかにこんなすばらしい喜びも、相手から思われているということなしには、虚しいものとならざるをえなかったでしょう!
  やがて、恐れていたように、終極が訪れました。それは突然やって来て、あっけない幕切れとなりました。
  ある日から彼女がぷっつりと姿を見せなくなったのです。理由はわかりません。彼はだれにも聞く勇気がありませんでした。そして彼女のことはそれきりになってしまいました。ほんの数カ月の出来事でした。まさに春の嵐のように過ぎ去ってしまったのでした…

  例の奇妙な男の夜の訪問は、彼女が彼の目の前にあった間はとだえていました。彼女の姿が見えなくなってからしばらく経ったある夜、ひょっこりとまたあの男が、何の前ぶれももなく、彼のもとに現れました。いつのまにかこっそりと影のように彼の部屋に忍びこんできて、静かに椅子に坐っていたのです。黒っぽい服装、冴えない地味な感じの顔立ち、男はひどく控え目に微笑みました。Z君はごく当たり前のことであるかのように、男を見ました。そしてZ君が彼の存在をすっかり忘れて本読みに熱中しているとき、男は、突然襲いかかって、Z君の首をしめつけました。男は椅子に坐ったまま、しかし同時に一方では立って手を広げ、後ろからZ氏の首を締めつけたのでした。断末魔のもがき…ああ、助けて…
  それからはしばしば男は訪れ、Z君は恐ろしい苦悶におちいりました。しばらく遠ざかったかと思うと、また忘れたころに男はやってきて、Z君を絶望におとしいれました。Z君は強い不安に襲われ、苦悶にもがきながら、呼吸がとだえそうになって、ばったりと床に倒れるのでした。そんなふうな発作がまだこれからも何千回、何万回となく繰り返されるでしょう。それは彼の宿命のようなものかもしれません。
 「ああ!」とZ君は声にならない絶望の声で叫びます。「こんな苦しみがあるのなら、生きることはなんて恐ろしいことだろう…生きることはなんて恐ろしいことだろう…」
 


もやの中 ――詩的な断章――

   もやの中 ―― 詩的な断章――            宇津木洋


     

  なにかしらまわりがひどく揺れているのに気づいた。
 暗くて外のようすがよくわからない。

 地震だろうか?  それとも台風? 

  そんな考えがちらりと頭をかすめる。

 「この家は新しくて、大工さんが格別に太い材木を使ってがっちりと作ってくれたから、つぶれたりすることはない」とぼくは妻にいう。
 そのわりには、いま自分たちがいる場所は貧弱で狭苦しい山小屋のような感じがあった。

 その場にはわが家の小さな子どもたちもいた。

 ところが、ぼくがそのように言ったすぐそのあとで、家はゆっくりと傾き、壁が倒れてきて、それがまるで段ボールの紙を何枚か重ねあわせてできたような薄っぺらい感じの壁で、ぼくらの上におおいかぶさってくるのだった。
 
 ああ、ぼくらはみんなぺしゃんこになってしまう…



     もやの中

  妻の運転する車で走っていた。
 買いものに出かけての帰り道、もう家のすぐそばまできていた。
 そのとき前方に煙のようなもの(もやだったかもしれない)がたちこめているのが目に入った。
 車はその中へ入っていった。だいじょうぶだろうか…

 とつぜん、視界の見透しがきかなくなり、なんにも見えなくなった。これはいけない、前から来る車にぶつかるかもしれない…ぼくは驚いて妻に車を止めるようにいった。車はすぐには止まらないようだった…


 
    こわい夢の話

  さとみが保育所に通っていたころ見たという夢。
  さとみはお姉ちゃんといっしょに寝ていたらしい。すると風が吹いてきて、〈変なもの〉があらわれた。さとみの話はどうも要領を得ないのであるが、くり返しよく聞いてみると、〈変なもの〉は複数で、片目のやつとか、山姥みたいなやつとか、いろいろいたらしい。連れていかれると思って部屋の端の方に寄っていたが、ついにつかまっていっしょに連れていかれる…
「ばけものたちは羽が生えていた?」と聞くと、
「ううん、生えていないけど飛べるの。そしてわたしとお姉ちゃんは連れていかれないように部屋の端のほうによっていたけれど、とうとうさらわれて飛んでいくところで目がさめた」
  もう一つの夢は、さとみがお兄ちゃんといっしょに廊下を通っていたら、廊下の入口と出口のドアがひとりでに閉まって廊下に閉じ込められた夢。
  廊下は二階にあって、片側から下の階が見下ろせた。下の階には〈変なもの〉がいっぱいいて、そのなかには一つ目のマンモスみたいなやつもいたという。

「おもしろい夢を見たな。また見たいか」と聞くと、見たくない、という。「怖かったか」ときくと、「そりゃあもうこわかったよ」と実感をこめて言う。「お父さんも夢を見たことある?」「あるよ」というと、「どんな夢?」と聞きたがる。「おとうさんは空を飛ぶ夢を見たことがある」というと、「へえ!」とさとみは驚いたように言って、「どないして飛ぶの?」「こうして飛ぶんやで」と両手を鳥の羽のようにひらひらさせてみせる。



      いつか見た二つの夢

  どこかへ出かけている夢だった。家族でハイキングかなにか。広い平原にいると、空から花火ではない、火の粉のようなものがパチパチとはじけながら、降ってくるのが見えた。一瞬恐怖感もあったようである。空襲だろうか?「やっぱり(戦争を?)はじめたのか。まさかとは思っていたが…」と彼は思った。空のあちこちで火の粉がはじけて目ざましく広がって落ちてくる。ぼくはさとみに向かってしきりにいっていた。「あぶないから気をつけて…」ふしぎにも恐怖感はそう切迫していなかった。ただ、とにかく非常に鮮やかな印象があった。

  空から火が降ってきたり空から攻撃されたりして逃げまどう夢はこれまでにも何度となく見た。久しぶりにまた見たなという感じ。ただ、いつもとちがっていたのは、胸つぶれるような激しい恐怖感がなかったことだ。それで、もしこの火を天からの火と考えたらどうろう、と思いついた。ぼくは天からの火を受けて、火花を散らすように創造的になるだろう、こんなふうに考えてみるのはとても面白いことだ。現実にはそうはいきそうもないけれども…

 

   もう一つの夢。


  状況から考えると、ぼくはまだ若くて貧しい独身者のようだった。電車を降りて、ガード下の商店街を歩いていた。ガード下といっても立派な店が続いていた。そこをぼくは通り抜けていった。日曜日で街をうろつくためにわざわざそんな街に出かけてきたもののようだった。歩いていくと、職場の若い女性二人が前を行くのが目に入った。一人はKさん、もう一人がだれだったかどうしても思いだせない。ぼくは〈おや?〉と思うとともに、当惑を感じて歩調をゆるめた。まるで彼女たちの後を追いかけまわしているようではないか。彼女たちがぼくに気づいたらそう感じないだろうか、と不安になった。彼女たちは駅の構内から外へ出て、広い街路を通っていく。ちょうどぼくの足もそちらに向いている。これは困った…そこでぼくはあわてて右手のほうの道へとそれた。するとそこへやはり職場の女性が一人歩いてくるのが目に入った。Nさん…どうやらその近くで催しがあるらしい。ぼくはそのころひそかに彼女のことを思い続けていたのだった。ぼくがこんなところへわざわざ出かけてきたのは、彼女に出会うことを期待してのように見えるのではないか、と不安になった。Nさんはこちらへ近づいてくる。すぐ近くまでくると、彼女は〈おや?〉というふうに笑い顔になって、「どこへお出かけですか」ときいた。ぼくはちょっと気が臆していて、「いや、(別に用はなく)ただぶらぶらと歩いているだけで…」としどろもどろに答えて誤魔化したが、どうもうまくいったとは思えない…そのまま彼女とも分かれて歩いていった。



       犯  罪

  Zは罪を犯したらしい。
  最初、だれもZの罪に気づいていないようだったので、彼は心安らかだった。人々といっしょになって、彼は犯罪があった部屋の中をあれこれと調べていた。人々は棚に置いたものとかその他いろいろな物に触っていた。Zも触った。ふと彼は触ったら指紋がつくのではないかと思った。そのときを境に彼は恐ろしい不安、憂悶にとらえられることになった。だれかが自分の触ったものを布切れで拭いているのが目に入った。しまった…いろいろ考えもなく物に触った…拭いておかないと、指紋があちこちについていたら疑われるだろう…あるいは指紋などわからないのだろうか?  いやそんなことはない。指紋を調べることなど、警察には何でもないことだから…彼は拭きたくなった。しかし、人目が気になって拭けなかった。迷ったすえにようやく拭いて、そっと周りを見ると、だれもこちらを向いていなかった。ところが一人だけこちらを見ている人がいた。まずいことになった…



      動  物(1)

  これはまるで夢の中で起こったできごとのような気がするので、はっきりとたしかには思いだせない。そこでかなりの推量を交えて記すしかないのである。
  ぼくはちょうど家に帰ったところのようだった。おそらく夜のことだっただろう。家族、少なくとも子どもたちがいたように思う。部屋のなかがいつもとちがっていて、どこか奇妙だと感じたので、あちこちと調べてみたようだった。なにもない…だいじょうぶ…そういいながら、しかし、なおいちまつの不安があった。一つの部分がまだ調べ残っていた。部屋の窓側のところに内壁で仕切られた小さな薄暗いコーナーがあって、ほかの場所にはなにもないことが一目瞭然なのだが、その一隅だけは目が届かないのであった。見たところ、その場所はごく狭いうえに、それほど陰になっているわけではなく光も少しあたっているようである、まさかそこに何かの異変又は異変の徴候を示すものが隠れているとは思えない。それでも、とにかくいちおう調べてみようと思ったとき、ひょっとして何ものかがその背後に隠れているのではないか、という不安をかすかに感じた。見ると、はたしてそこに若い男が隠れていた。いや、若い男というよりもそれは少年だった。最初に見たときにはおとなの男のように見えたのだが、すぐにまだ幼い少年だとわかった。ちょうどカメレオンの身体の色がほとんど気づかれないうちにいつのまにか変色するのと同じように、あるいは、コンピューターの画面に写っている文字列がある瞬間に微風が吹いたように消えてほとんど気づかれないうちに別の文字列に置き変わっているのと同じように、彼はぼくが見ている目の前でほとんど目につかないまま、すーっと少年に変わったのかもしれなかった。変わっていく過程が見えなかったから、なんともいえないけれども…最初彼をみつけたときぼくはそれほどには驚かなかったが、それでも一瞬脅威を感じたように記憶する。彼をつかまえてすぐにひもでつないだ。そうするといつのまにか少年は犬かなにかの小さな動物に変わっていた。ぼくは子どもたちにそれを逃がさないようにと言ったような気がする。
  あったことはそれだけだ。

  この動物(または少年?)の正体がどうもはっきりしない。なんとなく貧弱でみじめっぽく、暗い陰のような存在で、不良じみていた。少年を見つけたときぼくはいっしゅん軽い脅威を感じたのだったが、つかまえて放さないようにした。子どもたちに向かって「逃がすな」と言った。
  後からぼくが想ったところでは、その動物(少年?)は、ぼく自身のなかに隠れているみすぼらしいけれども何かしら貴いもののことであり、ぼくはそれを隠れた暗い片隅に発見し、最初ちょっと脅威を感じたが、すぐにそれを逃さずに手元に引きとめたいと思った、ということだったかもしれない。それはぼくのなかに隠れて住んでいる少年時代、少年性、動物性、生命的なものといったものの象徴だったのかもしれず、ぼくはそれを自分のものとしてつなぎとめておきたがったのだ。動物性といってもそれはとても貧相な小動物で、薄汚くてみじめなものであったが、それでもここに自分が生命をもって現に生きていることの不思議さ、貴重さ、遠い祖先のバクテリアやアミーバーの類であった時代から今まで続いてきている生命が現に自分の中に生きていて、それがぼくにとっての生命の喜びの源となるものである、そういったことを指し示していたのかもしれない、とも思ったりするのであるが、もちろんこれは単に後からつけ加えた空想にすぎない。



      動  物(2)

  トイレに入るとき、変な動物がいることに気づいた。はじめ、それは泥かなにかに汚れていて、きたなくて触るのがためらわれるような動物だった。妙にぐにゃぐにゃしていて、しゃんと四つ足で立つことさえもできない犬みたいだった。最初見たときには気づかなかったが、そのうちによく見ると、顔がまるで平べったくてすべすべした楕円形の板のように見えた。身体はえたいがしれず不潔な感じがしたが、顔の目鼻のつきぐあいは人間のような感じだった。そいつが床にぺちゃっとくずれるようにへたり込んで、ぼくにまとわりついてくる。ぼくは汚らわしく感じて避けようとした。ところがそいつはいつのまにか小さな子どもに変わっていた。ぼくは抱き寄せようとした。子どもはひどく汚れていて、口のあたりに紫色のものが見られた。伝染病ではないか…ぼくは不安を感じながら抱き寄せた。病気がうつるのではないか…

  この動物はまるでぼくの〈無意識〉のようだったのではないか、とぼくははあとで想像した。その〈無意識〉をぼくは恐れている。それは不潔で汚らしくて、伝染する病気にかかっていて、危険である。けれどもぼくはそれを抱き寄せたのだ。



      魔  物

  文学の創造の話で座がにぎわった後のことである。
  ぼくらはお寺のようながらんとしただだっぴろい広間に坐っていた。「もっと徹底的にやっておかないといけない」とだれかがいい、そこでぼくらは魔物が出てくるのを待つ気になった。何を徹底的にやるのか、どういういわけで魔物を待つのか、後から思い出してもよくわからない。なんでもその魔物はえたいのしれないやつで、ぼくは恐怖とともに、そいつと面つきあわせて対面してやるんだと、わくわくするような期待をよせていた。
  床の上に小さなものが転がっているのが目に入った。それはカスタネットか何かのように見えたが、あるいは小さな魔物だったのかもしれない気がする。ぼくはそれを棒でたたこうとした。たたくことによって、自分の存在にその魔物の魔性を呼び入れることになり、ぼくは創造的になるのだ、といった感じがあって、ぼくは精神が高揚するのを感じた。そいつがきゅうにぼくに向かってくるのではないかと不安に感じながら、何回かたたいた。するとそいつは唐突に奇妙な動作で飛び跳ねながら、部屋の片隅のほうへ行き、その隅にあったねずみの穴から外へ飛び出していった。
  それだけではまだとてもだめだとだれかがいい、ぼくらはもっと大きな本格的な怪物が正体をあらわすのを待っていた。いったいどんなやつだろうか?  魔法使いのような姿をしたものかもしれないし、妖怪変化か魔物とかいったものであるかもしれない。次はどんな形であらわれるだろうか…
  待ち受けている魔物にぼくは恐怖と期待の混じった強い魅力を感じていた。それは文学の創造に関係がある、文学の創造の泉が湧きだしてくる根源的な源泉にそれは通じている、そのような源泉に通じないかぎり芸術や精神の真の創造力に通じることができない、魔物に触れて強い衝撃を受けることによって創造力が目ざめるだ、といったふうに感じていた、という気がするのであるが、しかし、あいまいではっきりしないのである。ほとんど何もないと言っていいていどのかすかな記憶しかないので、すべてはずっと後になってからの創作にすぎないのかという気もするほどである。


      霊界からのメッセージ

  夜の道を自宅の方へ向かって歩いていて、もう家が間近というところに来たとき、道端に一人の老人が立っているのに出あった。その老人は背がすらりとして立派な骨格をした人物のように見えたが、ひどく痩せて目が落ち窪んでいたためか、あるいは目つきにどこか狂気じみている感じがあったためか、独特の強い印象をぼくにあたえた。髪はバサバサ、着古されてボロに近いような印象の着物を着ていて、着物の前はきちんと合わされていなかった、という気がする。老人の立っている場所は、道路よりも少し土が高く盛り上がっていて、背後に柳の木が生えていた。(このあたりは、具体的に記憶しているのではなく、そのとき受けた印象からそうであっただろうと想像しながら記している。)
  精神異常者か熱病にかかっている人、何となくそんな印象があったので、一瞬、ぼくは冷やっとした。ぼくが通りかかると、老人は近づいてきて、激しく厳しい調子で言った。
「やまうちちせい、やまうちちせい、君はいまどこに住んでいるのかね!」
  ぼくをだれかほかの人ととまちがえているのだ、と思った。ぼくは急いでいたし、危険も感じたので、あまりかかわりたくなかった。家に帰ってすぐにまた出かけなければならない用があった。ぼくは彼を無視し、黙って急ぎ足で通りすぎ、家に帰りついた。後から追いかけてきているのではないかという脅威をずっと感じながら。家には妻も子どもたちもいるし、かかわっていたら後でどんな危険がふりかからないともかぎらない…
  ここに記した老人の言葉は実に明確で、文字どおり彼がいったとおりである。ぼくはそのあとなんどもそれを自分に向かってくり返し、記憶に刻みつけた。老人の語調は激しく狂っていて明らかな危険を感じさせるものだったので、それに直面したときには恐怖しか感じなかった。けれども、後からそれを思い返したとき、あれはどこか霊的といってもいいような魅惑的で崇高な格調が感じられるものだったという気がした。それは狂者のもつ魅力であったのかもしれない。その老人にはその後ふたたび出会わなかったが、あのときのことを思い返すことが重なるごとに、老人のイメージはぼくの精神のなかで次第に変質していき、あるいはあれはぼくと血縁の遠い先祖のまぼろしだったのだろうか…そんな幻想じみたことまで思うようになったのである。
  〈やまうちちせい〉、これは〈山内知性〉ではないかとぼくは考えた。〈山の中の知性〉…もちろんそれはぼくの名ではない。けれどもすぐにこんな考えが浮かび、なるほどという気がしたのだ。つまりぼくのもっているもの(ぼくのなかに可能性としてあるもの)のなかで非常に貴重なものは〈山の中の知性〉である。山の中というのは奥深く樹木が生い茂り人に知られないところであり、人に見えない物の陰にふしぎな生きものや魔物が住むところである。それは自分の中にもあり、たとえば自分のなかの無意識とか、混沌とか、意識下のもの、不分明なもの、未知のもの、怪しいもの、ぶきみなもの、底知れぬものの世界のことであり、そういうものの中での知性の探検、活動ということを示唆している。そこがぼくの働きの源泉となるべき場所であり、ぼくはそういう人間として生きているはずだったのに、日々の雑務に追われ、怠惰と無気力によって源泉から遠く離れて、あきもせずにのらりくらりとすごしている。それでぼくの中の〈生命〉からの使者であるあの老人は、ぼくを眠りからめざめさせるために、「山内知性よ、君はいまどこに住んでいるのか」と厳しく詰問してきたのだ。山内知性はぼくそのものではなく、ぼくの中にある生命の可能性を指しているともいえる。その〈山内知性〉はいままでどこにも住んでいなかったようではないか、いったいどこへ行ってしまったのか、というのが、この見知らぬ老人からぼくに向けて発せられたメッセージ、いわば霊界からのメッセージである。つまり老人は眠っているぼくを未知の可能性を向けてめざめさせようとしたのである…
  ぼくは気まぐれにそんなことを想像した。もちろん、こうした想像(解釈というべきか)は論理的ではないし、根拠もない。けれどもそのときぼくはその解釈に何となくぴったりとくるようなものを感じた。そしてそれはぼくに何かしらの喜びというのか、希望というのか、ある充実した〈実感〉をもたらした。
  あのような形でぼくの前に老人があらわれたこと自体は、単なる偶然で別に意味はなかったかもしれない。けれども、そのことによってぼくのなかに生じた空想にはそれなりの意味があるかもしれないという気がし、こうした空想がぼく自身の精神的な状況を反映していて、それがぼくに現状から抜け出るための出口を指し示しているのではないかと考えたりするのである。


      視 線

  午後は彼を見る機会がなかったし、ほんのたまに見てもそれほど心を引かれないような気がした。
  けれども、夕方、彼のあの〈視線〉に出会ってから、彼の存在が彼女の心に深い喜びを引き起こしうることを彼女は改めて認識した。それを感じることは彼女にはこのうえない優しい喜びの体験であるとともに、深い憂鬱の体験でもあった。どんなに深い憧れを感じても彼の存在に近づくことはけっしてできないのであるから。
  あのようなものを感じることができるのにそれを忘れてしまっていたこと、その実感をもはや思い出せないですごしてきたことに彼女は強い驚きと危惧を感じた。なぜならそれは忘れることが何よりも重大な損失であると思われる種類の感情であったから。
  たまたま訪れた一つの機会に、彼女はほんのひとことであるが用件を思いついて、彼に質問をしたのだ。すると彼は彼女の顔を見、彼女も彼の顔を見た。そのとき彼女は、彼の顔に何かしらいいようもなく心を打つニュアンスがあるのを感じた。それは輝くような眩しい魅力というのでなく(そのようなものが彼にはないというのではない)、どこかしら子どもみたいに素朴で人のよい印象、憐れみさえももよおさせるような印象の中に感じられる、心にしみ入るような、ある独特の印象だった。音楽でいうなら憂いを帯びた短調の旋律。その憂いは、憂いというよりはむしろ喜びなのであるが(すべて深い喜びは憂いを含んでいる)、ショパンやモーツァルトの曲のなかに現れるこのうえなく美しい部分のように、その印象は彼女の心を強く打ったのであった。音楽ならば自分の好きなときにまた聞いて、そのなんともいえない喜びのニュアンスを繰り返し心に呼びもどすこともできよう。けれども音楽を聞くように彼の顔を見ることはできなかった。
  彼を見たその一瞬、彼女は、彼女がある特別な思いをもって彼を見たことを彼は感知していると思い、彼もそのことを意識しながら彼女に向かってきている、と感じたのであった。けれどもその場を去って後で考えると、それが何らたしかなものとはいえないこと、むしろ事実に反した幻想にすぎなかったことに気づくのだった。その場にいたときどれほどたしかに感じたことでも、後になるとすべて疑わしい事実、疑うことのできる事実に変わってしまうのである。
  閉じられた神の心がほんのまれな一瞬開かれて自分のほうに向けられたと信じるキリスト教の修道者のように、彼女は、彼の心がその瞬間自分の上に向けられたと思って喜んだ。彼の視線の一べつによってもたらされる信じられないような効果…彼の視線は彼が親しくしている人たちに向けてはふんだんにばらまかれているのに、彼女の上にはめったに降ってこないのだった。あのとき、彼の視線が彼女の上に注がれたのは、彼女がちょっと用を思いついてつまらない質問を彼に向けて発したからにすぎず、だれだってそのように質問されたら相手の顔を見るにちがいない。けれどもどんな形であれ、その視線が彼女に向けられ、一瞬であれ彼女が彼の意識の中に入ることができたと感じることは、一つの奇跡のようなものであった。
  いったいこれはふり向いてくれない母親または父親に対する幼児の心の状態と同じものなのではないか、と考えることが彼女にはよくあった。

 


路上観察学 


    路上観察学

                                   宇津木 洋


   1  街のスーパーマーケット

 街のスーパーマーケットは、日々多くの人たちがやってきて交差していく場所である。その場所を、いつもぼくは、人の顔を見もしないで、ただ自分の用件をすますだけのために、通り過ぎていく。まわりには実に種々様々な人間のサンプルが転がっていて、その気になって観察すればとても興味深い発見ができるかもしれないというのに。
 かねてから、ぼくは行き交う人々をじっくりと観察してみたいと思っていた。そうすれば文章にするためのおもしろい材料が得られるのではないか。
 とはいえ、何の関係もない人の顔や様子をじろじろ見るのははばかられる話だ。通りがかりにちらりと見て、それきり忘れてしまうのでは何の成果も得られないだろう。探偵みたいにずっと後を追っかけていかなければならないとなると、これはどうもやっかいだ。
 先日、インターネットを検索していて、『路上観察学』なるものがあることを知った。同じような志向をもった人たちが寄り集まって、『路上観察学会』というものまで結成されているそうだ。街角に転がっている一見何でもない物件の中に、何の役にも立たないがユーモアがあって笑いを誘うといった側面を見つけて、それを写真にとり、コメントをつけて、「こんなのがあったよ」とネットなどで公開する、それを見て人が笑う、といったことであるらしい。
 これはモノを観察して楽しむのである。ヒトであってもいいのではないか、とぼくはそのとき思った。
 そんなわけで、最近、ぼくはようやく意識して人の顔や様子を見るようになった。スーパーマーケットはそのための恰好の場所である。
 実際に始めてみると、成果はあまり期待できないことがわかった。行き交う人々を観察しても、人々の性格や考えや生活のありさまが鮮やかに浮かんでくるというわけにはいかない。チャールズ・ディケンズやジェイン・オースティンの小説に出てくるような、ユニークで興味深い特徴をそなえた人物像がそこから浮かび上がってくる、ということにはなかなかならない。そうしたものは、日常的に人と接触する中で、観察者の想像力と知性が働いてはじめて見えてくるものなのだ。
 雑多でバラバラな個々人の顔や姿が次々と目の前に現れて過ぎていくだけ。顔や服装、動作の特徴を言葉にして留めようと注意をこらしてみても、それらはたちまち消えてしまう。
 それは視覚像としてぼくの意識に入ってくる。ぼくは一瞬明確にそれを認知する。次の瞬間それは消えて、それきりぼくのなかに何の痕跡も残さない。

 車を止めて、スーパーマーケットの広い駐車場を歩いて通り抜けていく。食料品売り場へ来るまでに、何人かの人とすれちがったが、人の顔を見るのは具合悪く、自然に避けてしまった。
 ぼくは、まず、果物コーナーでバナナを一房かごに入れた。それから、買い物をする人々の様子を観察しはじめた。
 リンゴを並べた棚の前で、五〇歳くらいだろうか、鳥打ち帽をかぶって作業服姿の男性が、腕組みをしてリンゴを見ている。男性はやがて棚に近づいて、りんごを一つ手に取りかけてやめ、それからまた少し後ろに下がって、ちょっと離れたところからリンゴを眺め、沈思黙考している。買うべきか買わざるべきか。哲学上の難問を考えるカントといった趣きである。
 野菜のコーナーへ、小柄で丸顔の女性が買い物かごを下げて入ってきた。彼女はブロッコリーが並んでいる棚の前で立ち止まり、前屈みになって、しばしジーッとブロッコリーに視線を注いだ。ブロッコリーを相手に思索にふける様子である。彼女は結局それを買うのをやめて、ゆっくりと次へ進んでいった。キュウリのところまで来ると、そこでまた視線をジーッとキュウリに注いだ。品物を一つ手にとって表と裏をじっくりと調べた。結局、彼女は、キュウリも買わずに次へ進んでいった。
 その後から入ってきたのは、痩せてしなびた印象のある中年の女性だ。彼女はキャベツのあたりで視線を滞らせて、一瞬物思いにふける様子である。それから、ゆっくりと歩を進めながら、ネギ、カボチャ、シイタケ、モヤシと進んでいった。「うーん、あれはこの前食べたばかりだし、これもいま一つだし… ほんとうに今日は何にしたらいいのか… 」と思い巡らせる模様である。結局彼女は夕食のおかずをどのように組み立てるのだろうか。それが問題である。
 肉や魚、総菜のコーナーで、いろんな人たちが、あちらこちらの品物に目をやりながら、頭を独楽のように回転させて、それぞれのテーマについて思索に耽っている。「あ、これおいしそう。きょうはこれにしよう… でも冷蔵庫に牛肉が残っていたし、今夕はすき焼きにしようと思っていたのだった。そうなるとちょっと重くなるかな。これはまた今度にしようか…」
 人を見てばかりいると、自分の用がたせない。ぼくはまず自分の買い物を済ませることにした。
 レジを済ませてから、ぼくは人々が行き交う中をゆっくりと歩き、意識しながらさりげなく人の顔や動作を観察しはじめた。見ることにはいつもためらいがある。けれども、相手から気取られないようにして見るコツがあるのだ。やってみると、そう難しいことではない。
 そして、そう、最近、人々の顔や姿、動作を意識して見るようになってから、ぼくは何故とはなく不思議な面白さを感じるのである。次々と目に入ってくる個々の人の顔、姿がみなそれぞれ特徴があって面白い。彼らはやってきて、僕の意識の中に像を結び、はっきりした言葉に結実しないままに、すぐにまた去っていく。どんな人と出会ったか、後になるともう思い出せない。でも、人々の像が目に入ってくる瞬間、瞬間ごとに、ぼくは笑いたいような興趣を感じるのである。
 その面白さの正体は何なのか。ぼくはそれについて思いを巡らせる。正直のところ自分でもよくわからない。
 ある意味では、人それぞれどこかに〈変なところ〉がある。探せばいくらでも欠点やおかしなところが見つかるだろう。けれども、ぼくがここで面白いと感じるのは、そういう変なところ、欠点といったものではない。そうではなくて、人にはそれぞれにその人の特徴がある、それがみな不思議なほどちがっている、ああ、人間というのは、たがいになんとちがっているのだろうか、こんなに沢山いる人たちがみなそれぞれに言葉では言い表しきれないほど豊富な特徴をもっているのだ、と感じる面白さである。
 個々の人に特有の形、印象がぼくの意識の中に明瞭な像を結ぶとき、「あ、この人はこんな顔だ。この人はこんな形だ。この人はこんな服を着ている。こんな歩き方をする。この人は肩から斜めに鞄を懸けている。この人は腰がひどく折れ曲がっている。この人は腰部が太くて、頭と足がすぼんでいる」と認識するとき、ぼくは心底から面白さを感じるのだ。
 これが人間なのだ、とぼくは思う。単に日本人などという〈のっぺらぼう〉なものではなくて、ザラザラしたりデコボコしたりしていて、そんなにきれいというのでもない。日常生活にまみれて汚れもあるしほころびもある。けれども、個々別々にちがった特徴を備えているために、それぞれがみな輝いていて、興味を引くところのある人間という生き物なのだ。
 ぼくはまたこんなふうにも考えてみた。
 人の顔を見るとき、われわれは、目から入る刺激をもとにして、心のなかに見事リアルな視覚像を創り出す。目から入ってくる光の刺激信号は、立体的な形と色に変えられて心のスクリーンに表示される。それが見るという行為だ。
 それは見る人の意図とは関係なく自動的に行われる。自動的といっても脳はたえず働いていて、目から入ってくる光の刺激を、色彩をもった立体象に変換しているのである。
 見るといっても、われわれはすべてを一様に見るわけではない。出まかせに、でたらめに見るわけでもない。そのときどきの状況に合わせて、対象物の幾つかの部分のうえに、順次焦点を合わせていって、そのものの特徴をとらえたり、考えたりしながら見るのである。そこには常に脳の創造行為が働いている。
 すれちがう人の顔を見る一瞬に、ぼくの心に一つの明瞭な顔像が結ばれる。そのときぼくは、心の中に一つの顔像を創り出しているのだ。
 ただ単に〈見える〉のではなく、見ようと考えて意識的に見るから、「あ、この人はこんな顔だ」と、その人独特の特徴がはっきりと認知される。
 そんな精神の動きが心に生じるとき、たぶん、我々は楽しい、面白いと感じるのである。
 思うに、相手がまったく知らない人、自分と関わりのない人たちだから、こうした面白さが可能なのだろう。知っている人なら、自分とその人との関係がまず意識されて、相手の気を損じないように笑顔を見せたり、必要に応じて相手の身の上を案じたり、ときには警戒して距離を置いたりする心が働く。そうなると、こんな面白さを感じている余地はない。
 いろんな人たちがいる。中には深刻な問題を抱えて苦しんでいる人もいるはずだ。大切な家族を亡くして悲嘆にくれているかも知れない。重い病気をもっていたり、夫の暴力、子どもの不登校の問題に悩んでいたりするかもしれない。ただ、そういうことはぼくにはわからない。わからないから、面白いなどと言っておられるのだろう。
 すれちがう瞬間、ぼくはその人の顔をはっきりと見る。ある意味それはかなりぶしつけな行為である。客観的で冷静な視線を働かせて、相手の顔かたちを、明確な意識の中で認知するのだから。けれどもそこに客観的な冷たさがあるかというと、そうとも思われない。なぜなら、ぼくはすれちがうたびにそれぞれの人に不思議な親しみを感じるのだから。
 そう、まさにその瞬間、ぼくはその人になる。いや、その人がぼくの中に入りこんでくる。


   2  「自分を観察する」というゲーム

 故郷を離れて、はるかな都会で単身生活をするようになったころ、彼は日々信じられないほどの悩みを心に抱えていた。それはどうにもしようのない自分という存在の欠陥性と孤独性の意識から生じるもので、生涯彼につきまとって離れない本質的とも思われる悩みだった。
 それは彼が故郷にあったころからすでに明らかになりつつあったが、都会に出て暮らすことになって、いよいよ決定的なものとなった。
 住み慣れた郷里の村を去るとき、彼は新しい世界と生活への希望をふくらませていた。いざ、都会に出てみると、自分はそれまでの自分とまったく変わらない、それどころかいよいよ明瞭にどうしようもなく自分でしかありえないのだ、ということに気づくことになった。
彼は意味もなく無闇に人混みのなかへ出かけた。それは夜の光に吸い寄せられていく昆虫のようなものだったが、同時に自分という存在につきまとう本質的な惨めさを、このうえないほど明瞭に認識するためであるかのようだった。
人々が行き交う街路を、悶々とした心で通り抜けながら、彼は否応なく欠陥品である自分に向き合うことを強いられた。まちがいなく自分は人々のようではない。自分はみんなのように、人と親しく接したり、友だちになったり、気軽に行き来したりするための何かを致命的に欠いている。…
「自分を観察して楽しむ」という奇妙な習癖が彼の中に生まれたのは、こうした日々の中からだった。
 自分という人間の欠陥性、不具性の意識に苦しむ中で、精神のバランスをとるために、自分を観察してそこに自分の存在意味を発見していくといった作業が、彼にはぜひとも必要だった。
 自分とは何か。いったいこんな自分にどんな意味があるのか。たしかにどう考えてみても意味があるとはいえそうでない。それは紛れもない事実だ。それでもやはり意味があると考えることのできる何かがあるのではないか。… 
「自分を観察する」というゲームは、そんな中から考案された苦肉の策だった。ゲームを楽しむために彼はいよいよひんぱんに街へ出かけるようになった。
彼の中では「観察される自分」と「観察する自分」がいつもセットになっていた。人混みにもまれて、あてもなくさまよう惨めな自分を彼は街々に見出した。その自分はたしかに彼に甚だしい苦痛を強いた。けれども、そんな自分の後ろにいつももうひとり別の自分がいることに彼は気づくのだった。
その別の自分(=自分を観察する自分)は、現実の自分(=自分を生きる自分)の演じる救いようのない惨めさや滑稽さの一部始終を観察して記憶に留める。家に帰ってからその日あった慰めのないことどもを洩らさずにノートに書き記す。そうすると、不思議な魔法力によって、そんな悶々とした苦しいことどもが、何かしら特別な喜びに変わるのだった。
 癒すことのできない悩みの原因である〈自分〉が、それを観察することによって、このうえない喜びの源泉ともなりうる、そのことに彼は気づくようになった。
 自分の中にある致命的な欠陥――そんな欠陥の中にこそ、何かしら底知れないもの、喜びが湧き出る泉、黄金を生み出す魔力といったものがあるのかもしれない、そんな気が次第に彼にはしてきた。
「いったい自分には何があるのだろうか」
 そう自問してみた。しばらくするとこんな答えが返ってきた。
「自分を発見すること、自分の中に価値を見出すこと、それが自分の仕事ではないだろうか。自分には人間的なものを発見するという機会が恵まれている。そのためには、自分のこのような欠陥性、無力性が絶好の土壌となるのではないだろうか」


   3  奥の手
 
 日常生活のなかで人が思ったり感じたりするいろんな心の断面は、文章の形で取りだして眺めると、〈ちょっとしたご馳走〉になるのではないか、と私はこのごろよく思う。
 そんなごく普通の人間の心のありさまを素材にして、なにかおもしろい「作り話」を書けたらと考えて、私は日ごろから材料になるかもしれないネタを集めようと努めてきた。が、思っているわりに、いっこうにそのネタが集まってこない。よく考えてみるまでもなく、ネタは〈集まってくる〉ものではない。常々こちらから心して〈集める〉必要があるのだ。
 そう気づいてみても、問題はそれほど簡単ではない。
 このごろ私にもわかりかけてきた。いや、とっくにわかっていた、というべきか。
「作り話」(ここではいわゆる短編)を書くには、そんなにたくさんのネタはいらない。ほんの小さな切れ端の材料がありさえすれば、そこから発想がひらめき、四方八方に連想がふくらんで、一つの作り話ができてしまうもののようなのだ。
 少なくとも私の知り合いの書き手Dさんの場合はそうであるらしい。Dさんは銀行員というおかたい職業を永年勤め上げてきた。定年間近になったこのところ、創作力旺盛で、ニワトリがタマゴを産むみたいに次から次へ作品を生みだしている。
「大事なのはまず〈初期衝動〉だね」とDさんはいう。「書きたい思いが発動する、このことを書いてみたいと思う、その人に固有の、原初的な衝動――それがなければ、見事に手際よく書けていても面白味が出ない。初期衝動は水のなかから顔を出す魚のようなもので、それをていねいにすくいあげて水槽に入れ、エサを与えて大事に育てる必要がある。本を読むのもいい、資料を集めるのもいい。初期衝動が刺激を受けて形になっていく助けになるかぎりにおいてはね。けれども大切な初期衝動にお預けを食わして、それをすぼませてしまうことになるのだったらやめたほうがいいね。捕まえた魚は掘り出された原石のようなもの、消えやすく失われやすい。いったん失われてしまうとなかなかもどってこない。そんなふうにして、人はこの世でもっとも貴重なものを置き忘れたまま暮らしていくのだ」
 なるほど。なるほど。… とはいえ、私の場合、なかなかDさんのようにはいかない。
 どうやら私には「作り話」を作る才が欠けているようである。
 思いついたことを断片的な雑文にすれば、まあまああるていどのものはできるのだが、それをもとにして一つのまとまった「作り話」を作るとなると、たいへんな困難を感じるのだ。
 毎度のことながら、締め切り間近になって、書けそうなことが何も頭に浮かばない状態に追い込まれる。期限あと数日になっても、いまだ書くべきテーマが決まらない。あれを書こう、いやこれにしようと試してみては、あれもだめだ、これもだめだとなる。
 今となってはいよいよ奥の手を使うしかない。ずっと前に書き散らした雑文の中から適当に幾つか取りだしてきて、手を加えて並べてみる。雑文であってもそれなりに〈ちょっとしたご馳走〉になってくれるかも知れない。


    4  あぶない、あぶない

 彼はM市の郊外にある出版関係の会社に就職した。
 そこでKという若い女性に出会ったとき、孤独な都市生活の中で身につけた〈自己観察〉の性癖が、自分の中で活発に動きはじめるのを感じた。
 彼女を見て自分の心に生じたものに彼は強い興味を感じ、それをじっくり観察してやろうと思った。彼女によって自分がどんなものを感じるか、彼女のかたわらで自分がどんなふるまいをするか、その一部始終を見届けてみたくなったのだ。もちろん、あくまでも秘密のもの、彼女にもほかの誰にもけっして知られてはならない隠しごととして。
 もとよりこの種の感情には最初から苦しみがともなう。彼女を見て感じる喜びが大きければ、それだけ苦しみも馬鹿にならないものになる。その苦しみが彼をどんな事態に追い込んでいくか予測できないところがある。夏目漱石の三四郎ではないが、あぶない、あぶない、気をつけないと… これは危険な火遊びである。彼はそのことを承知しないわけではなかった。
 けれども、そういう危なさや苦しさをふくめて、自分の心に起こる一部始終を観察するという営みは、彼の心にとってこのうえなく貴重なご馳走となるにちがいない。さらに一日の終わりに、その日あったことを逐一ノートに記しながら再体験することによって、そのご馳走は二重になるにちがいない。
 過去に孤独の中でつちかった経験から、彼はそうしたことを心に予感したのだった。

 彼は書物を荷づくりして注文先に送るために、包装紙と荷づくりのひもをとりに行った。いつもの場所にそれが見つからなかったので、Tさんにたずねた。
「Kさんにきけばいい。Kさんのところにストックがあるから」とTさんは彼女の名前を言った。
 それは彼も承知していた。ただ、できるなら彼女に近づくことをを避けたい心の事情が彼にはあった。彼女が人と話しながら溢れるように華やかな声で笑うのが聞こえたのだ。彼女の笑い声は彼には脅威である。とても近づけない。…
 それでもとうとう彼は心を決めてKさんのところへ行った。飛んで火にいる夏の虫ではないが、火に焼かれて消滅してしまうのではないかという思いだった。
 ただ、そのとき同時に彼は自分の中にもう一人別の自分がいることに気づいていた。その自分はそんな状況の中へ飛び込んでいく自分を面白がって見ているのである。
 彼は彼女のすぐ横にいたFさんに用件を言った。幸か不幸かFさんは机の上に書類をひろげて忙しそうにしている。それを見てKさんが彼に近づいてきた。
 思わぬところで、彼女と向き合うという滅多にない幸運に巡りあうことになって、彼は戸惑いながらも喜んだ。彼は彼女に用件を言った。彼女の顔がすぐそこにあって、彼に向かってくるのを見ると、彼は当惑し、満足に言葉が言えないような危惧を感じた。そんな彼の混乱ぶりが彼女にもわかってしまうと思うと、なおいっそう当惑した。
「ホウソウシ」と言うつもりで、彼は「ポウソウシ」と言ってしまった。
「包装紙ですか」と彼女は鮮やかな笑顔を見せながら言った。「それと荷づくりのヒモですね」
  彼女は頼まれた品物を取り出してきて、彼に差し出し、「これでよろしいか」と言った。このとき彼女の顔をはっきりと見ることができた。彼女は笑っている。唇の赤さが鮮やかで、顔もきれいに化粧していて、目がくらむ感じ、ああ、と悲鳴を上げたい思いだった。こんな彼女を見ることをまったく予期していなかった。彼女が彼にこんなふうに気軽に明るい笑いを向けることができるのは、彼のことを特別に何とも思っていない徴候だ、という考えが彼の中で閃いた。
彼女と言葉を交わせたことが即ち火のような喜びだった。後にやり切れない思いが残るものではあったけれども。
 この人と近くなれないでは苦しくなる、けれどもこんなにいいようもなく心に触れる人に近づくあてはないのだ、という思いに彼は貫かれた。彼に向けて好意的な笑顔を見せる彼女の顔の背後に『不可能』の三つの文字が読み取られた。おそらく恋の感情をこのうえないものにまで深め高めるのはこれだ。かいま見られる〈至上のもの〉の向こうがわに『不可能』という絶望的な金色の三文字がはっきりと刻み込まれているのである。
そのとき彼女が彼に向けて一つの質問をした。彼がおちいっている混乱の印象が彼女にも伝染したのだろうか。最初言いだすときの彼女の口調に微妙なためらい、そして震えがあるような印象があった。それから彼は思いがけなくも彼女と一言二言ことばを交わすことになった。彼が思いを寄せているひとがこんなに近くにいて、彼に向かって親しい感じで話していることが信じられないことに思われた。
というのも彼女を見て彼が感じる喜びは異常なもの、普通ではないものである。それは彼が彼女に向けることがはばかられるようなもので、そんなものを心にもちながらこうして彼女と対面していることは何という驚きだろうか。このところの彼の心の深まりは常ではない。彼女への感受性が極度に高まっているときに、こんなに近くに、すぐ目のまえに彼女を見るという、まったくあり得ないような出来事… その瞬間彼は自分の思いが彼女に通じているような錯覚におちいった。しかも彼女はそれを悪く思っていない、それどころか彼のそんな気持を彼女もまた色青ざめた心で意識しているのだ。…
 彼はいいようのないものを身内に感じた。それは彼女の存在と深く結びついた、特別の悩ましい色合い、味わいを持った何かだった。そこにはやはり〈淫蕩〉の感情が色濃く混じっていたにちがいないのだが(恋の感情は欲望と無縁なものではないから)、彼はそれを意識していなかった。これは価値のある感情である。たとえ報いられるところが極めてわずかで、苦しいような渇きと憔悴が続いていくばかりだとしても、それを感じることにはこのうえない価値がある、それを感じないよりは感じることのほうがずっといい。そう彼は思った。
 〈自己観察〉の習癖は、こんなふうに滅多に得られないような種類の楽しみを彼にもたらしたのだった。 
                   (完)

 


それは空から来た

         
   1 金色の美しい物体

 ぼくは田舎の道を歩いていた。田んぼの中を曲がりくねって続く通学路で、むかし通った小学校のすぐ近くのようだった。朝の通学の途上のこと、向こうに学校の土手と建物が見える場所まできていた。
 そのとき、何か小さく光るものが遠くの空に見えて、すぐに消えた。金色の美しいものだった。
 さらに進んでいくと、再び金色の輝くものが行く先の空中に現れた。それは弓なりに反った細長い物体で、キラリと光っていて、実体感があり、黄金の弓のような、あるいは剣(つるぎ)のような、いや、そうだ、ちょうどブーメランのような形だった。それがゆっくりと上空から降りてきて、かなり大きく見えるところまで来てからまた上昇した。動きはとても静かであるが、一瞬にして大きくなりすぐまた小さくなるというふうだった。朝の登校時、ほかにもランドセルを背負った子どもたちが三々五々学校のほうへ向かっていた。

 「UFOだ」

 なぜかぼくはそう思い、不安を感じた。「でも、ぼくのところへ降りて来ることはないだろう… ほかにも子どもたちがいるのだから、あてずっぽうに選んでも、まさかぼくにあたることはないだろう… 」
 ところが、そいつは他ならぬぼくのところで降下をはじめた。
 
 「まさか… それはない… 」
 
 金色の美しい光を発する物体は、ぼくのすぐ目の前に降りてきて静止した。ぼくは当惑した。いったい何をされるのだろうか。注射されたり、身体の中をいじくられたり、そんなことになるのではないだろうか。… 

 そこで眼が覚めた。
 
 非常に鮮明で印象的な夢。UFOが天から降りてきて、ぼくの中に何かしら得体の知れないものをを注入し、ぼくの身体をある特別なものに変えた。目がさめた後もなおその作用が続いているような感触がぼくの中に残っていた。


     2 今日の夕食のおかず

 ぼくは応接間のソファに身を横たえている自分を見出した。さきほど本を読んでいる途中、むしょうに眠くなったのを覚えている。すぐその後、眠り込んでしまったもののようだった。しばらくすると、キリギリスが奏でる弦楽器の調べが、その場の空間にきれいな曲線を描いていることに気づいた。
 
   チョン… … ギーース…
 
 九月一五日の午後二時すぎ。外は曇天模様。
 むかし子どもたちはその虫のことを鳴き声から「チャンギリス」とか「チョンギリス」とか呼んでいた。発する源は窓のすぐ外の庭の隅のようで、注意を向けて聞くととても好ましい音色である。さっきからずっとそこで奏でられていたにちがいないのに、ぼくはいっこうに気づかなかった。さらに思いをいたすと、この夏ずっと聞こえていたにちがいないのだが、このとき初めてぼくはその存在に気づいたのだった。

 気づかないでいるあいだそれらはそこに存在しない。気づくとたちまち存在しはじめるのである。
 その声は昔からよく知っているもので、「チャン(チョン)」と鳴いてから、一瞬間を置いて「ギー……ース」と空間に美しい弧を描く。弧は下方から斜めに投げあげられて地面に向かって落ちていく。落ちる途中で空中に消える。注意して聞いてみると、その音は「チョン(チャン)」というよりは「チッ」と聞こえる。どこか下の方でまず「チッ」と乾いた摩擦音を発しておいてから、おもむろに弦をこすって軽やかな弧を空間に描き出すのである。次から次へと弧は投げあげられていく。そのうち気づくと、どうやら一匹ではない。あちらこちらにいくつか音源があるようだ。そうするうちに遠くからコオロギが背景音を奏でていることに気づく。スズムシの音もときどき混じってくるようである。…

 しばらくその音に聞き入ったあとで、ふとわれに返ると、夕食のおかずのことに思い至る。
「さて… 」とぼくはいつもの悩ましい考えにもどってくる。「今日の夕飯は何にしたらいいのか? きのうはおでん、おとといはすき焼き、その前はお好み焼き… 」
 定年退職を迎えてから、ぼくは家庭の主夫業を担当することになった。ほぼ毎日、市内のスーパーマーケットに寄って食料品を買うことが日課となった。買わなければならない食料品が、日々追っかけるようにあれこれ出てくる。「冷蔵庫のニンジンがあと一本しかのこっていなかったな。タマゴが残り少なくなったようだ。たしか豆腐ももうなかったな。忘れずに買わなければ… 」
 最初のころは一週間分をまとめて買いだめすることを考えた。共稼ぎで、ひどく忙しかったとき、妻は通常一週間分くらいの食料品を買いだめしていた。彼女はけっこう豪快にあれもこれもと買うので、いつも冷蔵庫が満杯状態だった。ただ、そうすると賞味期限などの関係で、無駄に捨てる品物が多くなる。それに買い物に出ることは、生活に変化とアクセントをつけて、一つの気晴らしになるという面もあった。運転する車の中で音楽を聴き、スーパーマーケットの駐車場で本を読み、思いついたことをメモする。そんなとき意外に脳が活性化して、おもしろい着想が浮かぶのである。
 ここ数日、次々とそれなりのメニューがあって、まずまず満足にすぎてきたという気がしていたものの、そろそろ種がつきてきた感がある。いや、手持ちのメニューはまだまだあるのだが(数えてみると自分ながらそんなにあったのかと驚くほど)、このところの自分の食欲感覚に尋ねてみると、どれもみなイマイチという気がするのである。品は数々あっても、いずれもすでに何度も繰り返し作ってきたものばかりで、新味がない。どれを取り出してきても、それを食べる人から、「ええ? またあ?… うんざり… 」と思われそうな気がする。まずいと思いながら我慢して食べてくれるのでは困ったことである。ヘタをするとムシの居所が悪くて、容赦のない手厳しい言葉を浴びるはめになるかもしれない。
「何かもっと美味しい料理を覚えてよ。料理の本とか、新聞とか、テレビとか、インターネットとか、いくらでも勉強する場があるでしょ? いったい毎日何をしているの? いくらでも時間があるのだから料理教室に通ったらどうなの? 家にいても何の働きもないのなら、仕事に行って少しでも稼いだほうがいいのでは… 」
「ム、ム… 」

 一年あまりの間、毎日、家族の夕食担当を続けてきた結果、けっこうぼくの料理品目も豊富になってきたと今は感じ始めている。カレーライスやシチュー、スパゲッティ、焼きそば、卵焼き、ほうれん草のおひたし、みそ汁などは、現役で働いていたときにも、疲れがちな妻の助けにとしばしば作り慣れてきた定番メニューであるが、退職後、料理の本を見ながら新しく作るようになった肉じゃが、親子どんぶり、手巻き寿司、すき焼き、お好み焼き、キムチ鍋、マーボー豆腐、ちらし寿司、てんぷら、ポテトサラダ、オムライス、肉詰めピーマン、キュウリの酢の物… さらには折々の野菜を使った炒め物、あえもの、煮物の類、その上に手間をかけないでほとんどそのまま食べられる納豆や大根おろし、かつおのたたき、出来合いのトンカツ、鶏の唐揚げ、等々… 等々… 数えてみればメニューの品数は実に豊富ではないか。妻がいつも作っていたものを頭に描きながら、本などを見て、自分なりにやってみてなんとか覚えたものである。問題はその味や出来映えで、かなり手慣れてきたとは言っても、どうも自分の料理の手際、センスは、安定性と細やかさに欠けていて、とうてい妻のようにはいかない、と自分ながらにも感じるところがある。
 一年ほど前に結婚した長女のトモコが、たまに来たとき料理を作ることがある。箸にも棒にもかからないと思っていた娘だが、さすがに現代っ子、グラタンだの、ピザだの、バスタだの、鮭の切り身をフライパンで炒めてチーズをのせて溶かしたのだの、ハンバーグにニンジン、ポテト、ピーマンをそえたのだの、もっぱら現代風のシャレたものを作る。そういうときには、妻は「おいしいね」と誉める。
 父もたまにそういう料理を作ればいいのだが、そういうのはややこしくて難しい、現代風の料理のセンスが自分にはない、試してみても失敗する、という強迫観念があるのだ。以前新聞の料理記事を見ながら試してみたことがあったが、見事に失敗した。何度かやってみれば案外簡単にできてしまうのだろう、そのうちに挑戦してみよう、などとは思うものの、いまだにその領域に踏み込めないままだ。
 トモコの料理は現代風のものに片寄りすぎている。そのうえ太ることを気にして、食べる量が極端に少ない。父は、食べ物と健康についての本を幾つか読んだ影響で、以前から娘一家の食生活を気にしていて、「それでは身体の抵抗力が弱くなって、病気になりやすくなるよ」と言ったりする。が、あまりうるさくいっても反発を感じるだけだろうと思って控えている。結婚する前のいつか娘に『和食のすすめ』という本を渡し、「これを読んでみて。別にこのとおりしなくてもいいんだよ。基本的な考え方がわかればいい」と言うと、彼女は読んだようである。その結果変わったかどうかは何ともいえないが、食生活に多少でも関心をもつようになってくれればと思うのである。
 幸いなことに、妻は戦後の貧しい時代を知っている人なので、野菜の煮物やおひたしとか、みそ汁とか、大根おろしとか、わけぎの味噌あえとか、昔ながらの食べ物に親和性をもっている。ぼくが作る定型的でちょっと旧時代的な色合いの濃い食事でも、基本的に彼女はそう違和感をもっていないようである、とぼくは勝手に思っている。ただ、ときどき(しばしば?)、そうとはっきりいわないながらも、「食傷する」ようなのである。

 昔、子どもの頃、母が近所の人との立ち話でこんなことを言うのを何度か聞いたことがある。
「来る日も来る日も、今日のおかずを何にしようかと考えるのは嫌やねえ」
 それをきいたとき、ぼくは、世の主婦たちが毎日の食事を準備するために頭を悩ませ痛めていることを知った。今まさに、それと同じことをぼく自身が実感することになった。
 ぼくが退職した最初の頃、妻は仕事から帰って夕食の食卓に向かいながら、子どもに言ったものである。
「仕事から帰ったとき、夕食ができているのは、ほんとに有り難いなあ」
 かつて、毎日、勤めから帰る道々、彼女は「夕食は何にしようか」と思う憂鬱を経験してきたのだ。仕事と主婦業をかけもっている状態で、日々離れ業のような奮闘を余儀なくされたのにちがいない。その気苦労、心の重荷から解放された喜びを、彼女は直接ぼくにではなくて子どもに向けて語ったのである。けれども、その後、それに慣れてしまうと、そういう言葉が彼女の口から聞かれることもなくなった。

「夕食に何を作るか」について、いよいよ決めなければならなくなった午後、突然、台所のストックにヒジキが残っていたことがひらめいた。「ヒジキ、うん、ヒジキ、うーん… 」とぼくは思った。「これで満足してもらえるかどうか… 」
 ぼくが最初にヒジキの煮物を作ったのは、夕食担当になってから、三か月ほど経ったときだった。かつて妻がたまに作っていたヒジキの煮物のことを思い出しながら、やってみると何やらそれらしいものができた。彼女は「へえ? ひじき?」と言って、珍しそうに食べた。出来映えはともかくとして満足したようだった。その後も間をおいて何回か同じ物を作った。しかし、そろそろマンネリになりそうな気がするのである。
 ぼくは台所の引き出しからヒジキの袋を取りだしてみた。
「インターネットでヒジキ料理を調べてみよう」と突然思いついた。さっそくパソコンに向かってインターネット・ウエブサイトの検索をしてみると、あるある、いくらでもある。「ヒジキの煮物料理」の数々。…
 幾つかのサイトを調べるうちに、それぞれみな少しずつ違っているが、ひじきといっしょに炒めて煮るものに、多種多様のものがあることを知った。ニンジン、大豆、あぶらげ、てんぷら、こんにゃく、干し椎茸、豚肉、鶏肉… ということは何でも行けると言うことだ。…
「よし今日はこれで行ける。これと焼き魚とみそ汁、キュウリの酢の物」とぼくは考え、幾分自信を回復した。「インターネットを利用すればけっこう行けそうだ。… うんうん。… 」

 三時過ぎにぼくは、台所のテーブルの上に常備している買い物メモを一枚はがしてたたみ、ズボンのポケットにいれた。
「あぶらげ、大豆、たまご、さば、しょうゆ、豆腐、ティッシュペーパー… よし… 」


     3 現実とは別の空間

 車のエンジンをかけると、例によってカーステレオの音楽が鳴り始める。このところはもっぱらゲオルク・マティアス・モンのチェロ協奏曲である。つい十日ほど前に出会ったばかりの曲。まったく偶然の出会いだった。

 インターネットで検索すると、ゲオルク・マティアス・モン(マティアス・ゲオルク・モンともいう)は、十八世紀前半にウイーンで活躍したオルガニスト兼作曲家で、没年はバッハと同じ一七五〇年。ただしバッハよりも三十二才若く、三十三才で亡くなっている。バロックから古典派へと、ヨーロッパ世界の音楽が大きく移り変わっていく過渡期に活躍した人で、後にハイドンやモーツァルトが確立した四楽章形式の交響曲(第三楽章にメヌエットがくる)を初めて作った作曲家として知られる。その曲想には、新しい時代を予感させる息吹が感じられる。モンの没後約三〇年たった一七八一年にモーツアルトがウイーンに移り住んで、ハイドンとともに、後に「ウイーン古典派」と呼ばれる音楽を華やかに展開していくことになる。

 昔からぼくは、折に触れてラジオ放送から気に入ったクラシックの曲を録音して保存する習癖があった。オープンリールのテープレコーダー時代からはじまって、カセットテープ、ミニディスク(MD)、そしてパソコンと経過して、最近ではパソコンのハードディスク容量が膨大になったので、幾らでも保存できるようになった。保存しても、結果的にそのほとんどの曲は再び聞かれることもないままに眠る。明らかに時間と労力の著しい無駄というべきだろう。そんなにいっぱいため込んでも、さらに次々と新しい曲が追加されていくのだから、人生には、それをじっくりと鑑賞する時間的余裕などあるわけがない。何という愚かな浪費だろうか。そう思いながらそんな営みをなかなかやめられないのである。断続的ではあっても、長い年月の間には相当な量の曲が溜まっていく。それを保存し整理するだけで、けっこうな時間が消費される。こんなことは極力控えようといつも思うのに、そのことがやめられない。その源泉には、「心に触れてなつかしいもの、価値あると感じられるものを失いたくない」というような思いがあるようである。

 とはいえ、近年、年を重ねるにつれ、ぼくの好みはますます幾つかの少数の作曲家、少数の曲に片寄ってきて、ブラームスもいい、ラヴェルやドビュッシーやブルックナーにもいいものがあると思いながらも、結局聞くのはいつも原点の少数の曲なのだ。モーツァルトのピアノソナタハ短調とイ短調はその定番で、そこにバッハの協奏曲やオルガン曲、ビバルディの短調の協奏曲などが入り込んでくる。あれこれ魅力的な曲が沢山ある中でも、昔からぼくは憂いの色に染まった短調の曲を好む傾向があった。短調の音色が〈憂い〉というよりも、〈喜びそのもの〉のように感じられるのである。

 もう一つ、最近のぼくの興味は、大バッハと同時代又はそれ以前の、名も知らない古い音楽家の曲を知りたい、という方向へ向かっている。そういうものの中にも、聞いてみると、いい曲が少なくないことに気づき始めたのである。知り始めると、次々と予想もしなかった新しい作曲家の名が現れてくる。
きっかけは、ブクステフーデだった。バッハより少し前の時代の人で、若きバッハは彼のオルガン演奏を聞くために三七〇キロメートルの道を徒歩で旅行したという。バッハは当然彼の音楽から大きな影響を受けた。そう思って聞くと、ブクステフーデのオルガン曲などには、バッハに非常によく似たのがある。

 先日ぼくはブクステフーデの曲を車の中で聞こうと考えた。パソコンの中に保存したいくつかの曲をMDにコピーしたところ、あと一曲くらい録音できるスペースが残った。たまたますぐそばに名前を知らない作曲家の曲があったので、、ついでにそれもMDに入れた。二年ほど前にいっしょに保存した数曲の中に混じっていたものだ。ゲオルク・マティアス・モンのチェロ協奏曲ト短調。このところ、車のエンジンをかけたとき、まず聞こえてくるのはこの曲である。

 保存したというからには、それなりの魅力を感じさせるものがこの曲にあったのかもしれない。すれ違った女性に何となく心を引かれるものがあって、写真に撮って残しておきたいと思うようなものである。もちろん女性の写真はそう簡単にとるわけにいかない。音楽ならば幾らでもとって保存することができる。ただ、保存された曲はたいてい、ほかの曲と同じようにパソコンの中に眠ることになる。そんな中から、いつの日か思いがけない偶然によって、拾い出されるのである。

 その曲はささやかな慎ましい曲で、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、ブルックナーなど、人の感受性の深部にまで達して、力強い感動を与える音楽と比べると、どこか軽くて頼りないような風情である。「とてもいい曲だ」と大きな声でいうことに気恥ずかしさを感じるところがある。この喜びがいつまで続くのか、明日にでも消えてしまうのではないか、と心もとない気もするのである。

 今のところはまだ、この憂いの色に染まった美しい曲の旋律が、ぼくの中の感受性の弦を特別な喜びで響かせてくれる。音が作り出す形、色合いに〈胸ときめくような〉花やぎがある。その花やぎの形と色合いが眼前に現れてしばし舞い踊ったかと思うと、そのうちに帳の奥へ去って出てこない。再び出てくるかと待っていると、やがてまた現れてえもいわれない風情で舞い踊るのである。

 恋に落ちたひとがその相手の顔姿を見ることに信じられないような喜びを感じるのと似ているかもしれない。思いを打ちあけられた第三者である友人は、その相手の人を見て、「ええ? どうしてこの人を?」と奇異に思う。どちらかというと興ざめといってもいいくらいの容貌だし、人柄とか雰囲気とかに幾分魅力があるかもしれないけれども、そこまで思うほどの相手だろうか、と強い疑念を感じるのである。

 いずれにしても、折りに触れてぼくはその曲を聞きたい気持になる。他にもいいと思う曲は幾つもあるが、今は何よりもまずこの曲をと思うのである。恋する者が、目の前に相手がいない場所においても、その顔姿を繰り返し心に想い描いて、それが与える至上の喜びを享受したいと思うのと同じように、ぼくはその曲をそらで覚えて、口ずさみたいと思うのだ。けれどもなかなか思うようには覚えられない。一方では、あまり繰り返し聞きすぎて、その姿、形を熟知してしまうと、魔法が解けて、ありふれたものになってしまうのではないかと不安に感じる。そこでぐっと我慢して、間に他の曲を幾つかはさんでから、またその曲に戻ってくるのである。たしかにその曲には微妙で壊れやすいような風情がある。こんな素敵な喜びが消えて失われてしまうのは惜しまれる。「怖い」といってもいいくらいである。そう思いながらも、おそるおそる聞いてみると、やはり「とてもいい」のである。

 十八世紀前半のウイーンで活躍した、今はその名もほとんど知られることがなくなった一音楽家の作った一つの曲が、二十一世紀日本の片田舎に住む一愛好家の心をこのように喜ばせる、ということは、大変不思議なことに思われる。

 いってみるならば、現実世界のかたわらに、〈現実とは別の空間〉が生じて、ある特別な喜びの世界が現出するのである。

「あ、これだ、これこれ… 」とぼくは思う。「これを書かなくては… 」
 そうしたものは人間の〈内的な感受性〉の可能性の中にあるが、外側の〈現実〉の世界にはない。そもそも〈現実〉そのものは翼もなく夢もない姿でそこに横たわっている。そんな〈現実〉が人の〈感受性〉と〈想像力〉に触れるとき、はじめてそこに翼と夢が生まれる。

 ほんとうに価値あるもの、心を喜ばせるものは、〈感受性〉と〈想像力〉の中にこそ生まれるのである。 




    4 思いがけない事態

「Zさん」とYさんが後方から来て彼の名を呼んだとき、Z君は自分の心に生じるであろうことをまったく予期していなかった。

 その春、その事務所に転任してくるまで、Z君は彼女を知らなかった。
 これまでもお互いの職場が十二階建の同じ建物内にあったのだから、エレベーターや廊下、ロビーなどで何度も見かけているはずだと思われるのだが、見覚えがない気がした。どこの部局にどんな女性がいるかといったことに、彼はあきれるほど無関心だった。勿論仕事場から外に出ると、毎日どこかで彼女たちのうちのだれかとすれちがうことになるのだが、彼女たちはいずれもたがいに似通った存在、自分には無縁な存在としてすぎていくだけで、そのうちの誰かが心に特別の痕跡を残して行くということにはならなかった。

 実は、その前夜、新しく転入してきた職員のための歓迎会があって、Z君はすでにそこで彼女を見かけていた。その日、彼は早めに帰らなければならない用があった。新しく同僚になった顔見知りの数人にビールをついでまわって、こっそり姿をくらます考えだった。三十人あまりの人たちが参列した宴はにぎやかに盛り上がりを見せていた。けれども馴れないせいもあるのだろう、新しい職場の空気は彼には何となくもったいぶった窮屈さが支配しているように感じられて、馴染みが薄く疎ましい気がした。ころあいを見計らって彼はビール瓶をもって立ちあがった。直接の上司である係長のイマイ氏、主任のワクダ氏に挨拶し、さて次にどちらの筋に行こうかとビール瓶をもったまま立ってこちらへ行きかけ、人が多いので止め、またあちらへ行こうとして止めて、何度か迷った末に、以前同じ職場にいたことのあるシモカワ氏のところへいって、ビールを注いだ。

 シモカワ氏と二こと三こと言葉を交わしてから、さて次はどこへ行こうかなと立ち上がると、すぐ隣の席にいた女性が目に入って、彼は行きがかり上ビールを差し出した。場の状況からして、そのままたち去っては、彼女を無視したようになって悪いかと気を遣ったのだった。

 彼女はグラスを差し出した。Z君はビール瓶を傾けながら型どおり「よろしくお願いします」と言った。そしてすぐに軽くうなずいて立ち去った。
 彼女と向き合った一瞬、どんなものを感じたか、Z君はほとんど覚えていない。少なくとも心に深刻な印象を残すようなものは何もなかった、とはいえそうだ。その少し前にシモカワ氏が彼女と何やら親しくしゃべっているのを彼は遠くから目に留め、彼女がちょっと独特の感じのいい容貌をもっていることを認めた。といっても、彼女の存在に特別な興味を感じるということはまったくなかったはずである。
 宴会の場を中座して道を急ぐ途中、彼女の容貌の痕跡が残像のようにZ君の脳裏をかすめていたかどうかは何ともいえない。たとえそういうことがあったとしても、それはその場限りの一般的なものだったはずだ。

 ただ、道を歩きながらふとZ君は、前の職場にいたころのことを思い出した。一年近く前に、仕事上の用があって、会社の他の部課の女性が彼のところへ書類をもって来たことがある。
「お客さんですよ」と同僚から呼ばれて彼は席を立った。その客というのは顔を見知っていない若い女性だった。彼はその女性から書類を受け取って、にこりともしない顔で必要なことを手短な二三言で説明した。その時期、職務がら、あちこちの所属の担当者が次々と彼のところへ書類をもってきた。そんな中で、彼はその女性が来たときの状況をたしかに覚えている。ただ、そのひとがどこの部課から来たのだったか、どういう名前でどんな顔だったか、それが思い出せない。年齢や背丈、姿形の印象など、記憶に残っているその人の特徴が、何となくこちらの彼女(Yさん)と似ていたという気がする。そういえばあのときのその女性の用件が、こちらの彼女の担当業務と符合している。とはいえ、顔を覚えていないのだから、別の人だったかもしれない可能性は残る。そう思って、彼はすぐにそのことを忘れた。

「Zさん」とYさんが後ろから彼の名前を呼んだのは、その翌日の朝のことだった。
 そのときZ君は席を立って、後ろのロッカーの書類を取り出して見ていた。彼はすぐ振り返って彼女に向き合った。
 それまでZ君の意識の中に彼女のことはまったくなかった。新しい職場、慣れない人間関係の中で、人が通常経験する戸惑い、不安、緊張、早く仕事や人に慣れて安心したいという思いなどが彼の心を占めていた。
 Yさんは職務上必要なことをZ君に聞いた。
「運転免許証をもっておられますか。コピーをとらせてください」
 Z君は免許更新中で仮免許証しかもっていなかった。飾り気のない素っ気ないような口調でそのことを彼女にいった。
「あ、それでもいいです。仮免許証をコピーさせてください」
 そんなつまらない言葉を二言三言交わしたあと、Z君はズボンの後ろポケットから免許証を取り出した。ケースから抜いてYさんに渡しながら、一瞬何げなく彼女の顔を見た。そして「おや?」と思い、ある驚きを感じた。
 Yさんがコピーからもどってきたとき、彼はもう一度彼女の顔を見た。やっぱり…
「Mさんに似ている… 」

 Mさんは以前彼が所属した職場の同僚で、既婚の女性である。美人ではなく、声もきんきん声で、小柄でちょっとこましゃくれた印象があるとZ君はいつも思っていた。けれども彼はどういうわけか彼女に心を引かれていた。それでどうしようとか、彼女とどうなりたいとかいうのではまったくないのだが、機会があるごとに、気づかれないように注意しながら、彼女の顔姿をそれとなく見た。少しでも言葉を交わせたらという思いから、彼女が数人の人たちと楽しそうに談笑しているところへ入り込んで、話に加わったこともあった。機会をつかんで、彼女に言葉を向けると、彼女はそれなりに笑顔で丁寧に受けてくれたが、その後すぐにそれとなくその場をはずして、別の所へ行ってしまった。似たようなことが別の機会にもあり、何度か重なると、彼女の冷たさはもはや偶然とはいえない気がした。疑いようもない。たしかに彼女は彼を避けている。…
「なぜ?… どうして??… 」
「意外?」というか、或る意味では当然ともいえるが、それでもそれなりの親しみをもってくれてもいいのではないか、という思いが残るのだ。警戒するのはいいとしても、そこまで明からさまに避けることはよほどのことである。…
 彼女はZ君の秘かな思いに感づいていて、それを嫌っているのだろうか。あるいは、彼には退屈で面白味に欠けるところがあるから、彼を避けたい気持になるのだろうか。あるいはまた彼女と初めて向き合った宴会の席でのことが彼の記憶に蘇ってきた。あのとき彼女は座の人々に順にビールをついでまわっていて、新規に転入してきたZ君に対しても愛想あふれる笑顔を浮かべて、ビールを差し出した。そのときどういう加減でか、Z君は何となく愛想のない応答をしてしまった。そのときの記憶が彼女の意識に傷として残っているのだろうか、本当は彼女に対して悪意など少しも感じていないのに、などと彼は思い、煩悶した。そういうことがあるたびに、Z君の心に傷つき怯えたような感情が沈殿していった。
 
 Mさんを見るとき、Z君はいつも心に痛みと疚しさに似たものを感じた。近づきたいという思いと、近づけば傷つくという思いが複雑に入り混じって浮かんできた。
 Mさんは数年前に転勤で離れたところへ行ってしまった。その後も二度ほど機会があって、Mさんと同席することがあったが、そのときも同じようにMさんは彼と親しく向き合うことを避ける印象があった。

 Yさんを見て「おや?」と思ったのは、どこかMさんと似ているような気がしたからだ。その瞬間幻想がZ君の心のなかに入り込んできて、Yさんの笑っている顔がこのうえなく優しく好ましいイメージで形づくられて、心に焼きつけられた。
 いや… 何というか… つまり… ある人がある人にこんなふうに心を引かれる、ということが起こりうるのは、実に不思議である。というのも、それは滅多やたらには起こらないこと、いつでも誰に対してでも起こるということではない。だいたいZ君は、身近にいる女性に特別な感情を向けるといったことを大変やっかいなことに感じるところがあった。自分には女性の心をひきつけるものはないと思うところが多かったから、そんな自分がある女性に特別な感情を寄せるなどとは、ひどく面倒で困ったこと、身に合わないことだと感じられた。相手の立場からすると、そのような感情と期待をもたれることはとんだ迷惑であるだろう。彼自身の身にも恥辱、苦痛などの余計な混乱を招く怖れが多分にある。そんな〈厄介なこと〉にかかわる気になるためには、そこによほど大きな魅力を見出す必要があっただろう。
 たしかにそのような感情は、ある特別な人間関係においては適当であるとしても、一般普通の人間関係の中に持ちこまれると、あまりにも不都合なことにしかなりえないのである。

 ほんの二こと、三ことの短い会話。しかし、そこから生じた結果は驚くべきだった。
 彼女が去った後、Z君は外出する用があって、廊下を通り抜け、階段を降りながらちょっと複雑な気持ちになっていた。
「おい、おい?」と心のうちをのぞき込みながらZ君は思った。「いったいどうしたのだ? この先これはどうなっていくのだろうか?… 」
 どういうわけかZ君はそのとき非常にはっきりと感じた。自分の中に生じたこの思いがけないものは、彼が置かれた現実の状況に著しくそぐわないもので、こんなものを手放しで受け入れるのは明らかに不都合である、そうはっきりと認識しながら、その不都合を拒もうとするよりはむしろ受け入れようとするらしい自分を見出した。彼女から受けた印象には、それほどに深く彼の存在を喜ばせるものがあったのである。

「何かがはじまる」と口の中で言ってみたとき、Z君は軽い戦慄をおぼえた。いったいある女性――ほかでもない彼女!――に対してそんな感情を抱くなどということは、ありうべからざること、あることがあまりにも不適当なことだと感じられた。それは、相手や周囲の人に知られた場合、このうえなくまずい、しかも知られる危険性を十分にはらんだものだった。そんなとんでもないものが自分の中に存在し始めたのを見て、彼は少なからず驚いたのである。
「これが消えるものならば消えるがいい」とZ君は考えた。「もし続くものならば、この先どんなふうになっていくか見届けてやろう。これは自分の存在の奥に眠る貴重なものを発見するまたとない機会になるかもしれない。というのも、そういうものは機会がなければ浮かび上がってくることがなく、発見されることもないだろうから」

 
    5 〈見る〉という単純な行為
 
  その時以来、彼女を見たいという不断の欲望がZ君の心に宿ることになった。
 見るといっても、事務所の部屋はL字型になっていて、彼の居場所から彼女の席は見えなかった。ただ、部屋は一続きになっていたので、仕事の関係上、彼には彼女の近くへ行く機会がときどきあったし、彼女も担当する職務の関係上、彼のいる近くへ姿を現わした。
 とはいっても、誰にも気づかれないで見るチャンスは思ったほど巡ってこない。せっかく近くへ来ても、隠さなければならないという思いが強く、つい見ることを避けがちになる。遠くからの方が比較的安心して見られる。それでちょっとした用を思いつくと、席を立って歩きながら、彼女が見える場所まで来て、人目に付かないように注意しながら、さりげなく視線を彼女の方へ走らせる。「あ」という間もない一べつだけですぐに目をそらすのだが、たしかにそのとき彼は、彼女の〈あの感じ〉を感じとる。そのとき感じるものは、彼女という特殊な人の色に染まっていて、ほかでは決して得られない性質のものだと痛感されるのである。
 ただ、そういう機会が重なるうちに、やがて反省のときが訪れる。いったい自分は何をしているのだろうか。ある一人の人をこんなふうに思い、こんなにまでたびたび見たがることは、何と浅ましく異常なことだろうか。人が知ったらどう思うだろうか。まったくのお笑いぐさだ。恥さらしである。罪悪といってもいい。…
 何度目かにそんなふうに遠くから彼女を見たとき、すぐ左前方の席にいるカシハラ氏がこちらへ顔を上げるのが目に入った。「まずい」とZ君は思った。こんなことがあり得ることは十分わかっていたはずなのに。人目をはばかりながら遠くへ投げられた彼の視線、奇妙な顔つきをカシハラ氏は見たにちがいない。いや、カシハラ氏は以前からZ君の怪しい行為とその意味に感づいていて、それを確かめようとしたのかもしれない。…
「気をつけなければ… 」

 そういう状況に身をさらしてみると、〈見る〉という一見単純な行為が、複雑でやっかいな問題をはらんでいることに気づくのである。
 もちろん、同じ事務所内にいるのだから、見ようと思えばいつでも見られるはずだ。機会が訪れたとき、さりげなく視線を向けさえすればいい。自分から機会を作ることだってできる。
 ところが実際にはなかなか思うようにいかなかった。いったんそのような〈秘密の関心〉が心に宿ると、〈見る〉という行為は意外に簡単ではない。見ること自体には勿論何の問題もないはずだ。日常、ひとはだれでもごくあたりまえのように人の顔を見て暮らしている。見ないことのほうが異常なくらいである。けれども一たび〈秘密の意識〉がそこに入りこむと、けっこうやっかいな問題をはらんでくるのである。
 これという用もなく、言葉を交わすのでもなく、ある人の顔をただ〈見るために見る〉ということになると、それはおのずと微妙な意味を帯びたものとならざるをえない。一度や二度ですむものならば問題もなかっただろう。けれどもそれは一度や二度ですむという性質のものではなかった。
 〈見る〉というからには、やはり完全に〈さりげなく〉というわけにはいかない。きわめて短い瞬間ではあっても、目的物に向けて眼の筋肉を調節し、焦点を合わせてまさに〈見る〉ということが必要である。そのとき一瞬彼の顔に表れるもの、ある夢中な感じ… さりげなく装われるにしても、そのとき、そんな顔で、彼がいったい何を見たのか、何度も何度も繰り返されるうちには人にもわかるにちがいない。機会を作ってこっそりと〈盗み〉見ることが重なると、〈これはあまりに危険だ〉という気がしてくる。そうなるとあとはもう、そんなにまで彼女を見たがっている自分に嫌気がさしてくるのである。
 要するにZ君は自身の中に一つの重大な〈秘密〉を宿すことになった。それは現代人の現代人たるゆえん、人間が単に無色透明の社会的集団的存在としてではなく、内部に秘密の洞窟を宿した一の複雑な〈個〉として存在していることのあかしである。

 その日、朝から、大がかりな室内の模様替え作業があった。ロッカーや机を運んだり、用具を入れ替えたりする作業で、事務所の全員で取りかかった。彼はそういう作業が嫌いではなかったので、人々の中に混じって、けっこう動き回った。作業の間、あちらへ動き、またこちらへ戻るというふうだった。彼女のいる前を何度も通ったが、彼は彼女を見なかった。まっすぐ前を向いたまま、無表情な顔で通りすぎた。彼はそういう自分を無様だと感じた。彼女は嫌われ無視されているように感じるだろうという気がした。彼としてはただ見ることが適当でないと感じたのだった。相手からそれなりの親しみをもたれていると感じているのでなかったら、顔を見ることはなかなか難しい。自分は彼女にとって親しい人間ではない、という疎外されたような思いがあったから、彼女を見ることは厚かましくまた滑稽なことだという気がした。
  彼は彼女の存在にひどく敏感だった。彼女が近づいて来ると感じたとき、或いは自分が彼女の方へ近づいていくと意識したとき、彼はたちまち彼女を見ることを避けた。ちらりとも視線を向けないようにした。ことさらにそっぽを向く感じになってもまずいので、できるだけさりげなく無表情な顔を適当な方向に向けながら、何も見ないようにした。そのくせ彼女がそこにいることだけは実に敏感に意識しているのだ。当然ながら彼女もこちらを見なかった。ただ、心なしか彼女もこちらに過敏になっているような気がした。勿論それは彼の欲目にすぎないだろう。… 
 彼女の目の前に自分を見出すことはひどく具合が悪く落ち着かないことだった。自分の気のきかない無様さ、どうにもならない固い表情、よけいな意識が気にかかるし、言葉を交わすことになったら、動転してとんでもない醜態をさらすのではないかという不安を感じた。もちろん彼女のいるところへ行きたい思いもあって、ときには「えい!」とばかりにそちらのほうへ向かって行った。
   一度、ただ一度だけ、すれちがうときに彼女を見た。表情は変えないままで、勿論笑顔もなく、ただ彼女の顔を見た。あの顔立… それは見ていないとどうしても思い出せないが、見るとはっきりと心に蘇るのである。

 模様替えの作業は午前中で終わった。その日の午後、Z君は同じ係の先輩職員のニムラ氏といっしょに彼女のところへ行く用があった。到着していた書類を受け取る用で、ニムラ氏が先に彼女のところで書類の受領印を押している。すぐその横で待つあいだ、Z君は、場の状況から誰にも気づかれることがないと思ったので、あえてそっと彼女の横顔に無表情な視線を向けた。
 彼女の顔… それをこんなに近くから目にすることができるとは… 
 そのとき彼は、彼女の顔に遠くから想い描いていたのとはかなりちがったニュアンスがあるのを見出した。
 〈おや?〉と彼は意外の感に打たれた。彼女はこんな顔だったのか? 思っていたのとは違う。それほど美人でもないし、どちらかというと何となく、いや明らかに、興ざめな感じもある。… いったいこの人をそんなにまで思うのが適当なのだろうか。… 
 そういうことをどこかで認知しながら、同時に他方で、彼の別の心は不思議な喜びの音色にふるえた。すでに心が常ではない状態になっていたので、彼女を間近に見てまぎれもない興奮を感じた。そして気のせいかどうか(こうしたことはいつも気のせいであるのにちがいない!)、彼の色目には、彼女の様子にも何となく彼への意識があるような気がするのだった。通常彼女は人に対して自由で明るく朗らかな応対を見せる人だ。しかしこのときの彼女には、いつになく妙に固くきまじめなものがあった。もちろん、必ずしも彼を意識したものとはいえないだろう。彼がいつも固い、面白くもなさそうな顔をしているから、彼女も反射的にそうなったというだけのことなのだろう。何の関係もない事柄の中にも、人はしばしば自分の見たいと思っているものを見るものである。
 先にニムラ氏が受領印を押したあと、自分の番が回ってきたとき、Z君は完全に彼女の顔から視線をそらせて、無関心を装った。彼はほとんど一言も言わなかった。彼女もまったく同様だった。
 たしかに彼女を〈目にする〉ことには、大きな幸福、歓喜といってもいいような複雑で素晴らしい感じがある。それを彼は〈目で飲み込む〉のだ。飲み込むと全身が深い喜びで満たされる。それは独特のもので、見ること、感じることが、たちまちにして至上の喜びとなる。ただ、その喜びには悩みのニュアンス、独特の複雑な陰影が混じっている。そのニュアンス、陰影が調味料のように働いて、喜びに特別な色合いを付加しているようなのである。 (完)
 
 


水の中に見え隠れする魚たち

 水の中に見え隠れする魚たち

                                                    宇津木 洋 

    1 手と足の反乱


 夜の一〇時過ぎ、入浴もすませ、家族からも離れて、彼は、ようやく一人きりの部屋に引きこもった。
〈さて…〉と、くつろいで、冷蔵庫から持ち出してきた缶ビールの栓を開け、コップに注いで、一口飲んだ。
 すると、はたしてゼンソクの小悪魔がやってきて、彼の気管支の中で、ゼロゼロ…、ゼロゼロゼロ…、ゼロ… と、調子外れの音楽を奏ではじめた。いつものことで、特別のことではない。アルコールを摂取すると、たいていの場合、まず、喉の奥の方から、あまり愉快とはいえないメロディーが鳴りはじめるのだ。そのまま放置すると、次第にトーンが上がってやっかいなことになる。彼は急いで、机の周りを見回し、ずぼんのポケットを探り、それから昼間着ていたブレザーコートをさがしだした。たしか、そのポケットに喘息用の吸入薬を入れておいたはずだ。応接間のテーブルの横の床に、脱ぎ捨てられたブレザーコートが見つかったときには、正直ほっとする思いだった。吸入薬を一回、そして二回、と吸い込むと、息苦しかった呼吸がやや落ち着いた。
 それから、彼は、しばらくパソコンに向かって、書きかけの雑文の続きを考えていた。

《……日常生活の中で目にする何でもないありふれた心の動きを、文章の網でさっとすくいとるのだ。心は水の中に見え隠れする魚である。魚たちは、くすんで目立たない色をして水中に出没する。底の方でちょろちょろ動き回るこれらの水中生物は、街のスーパーマーケットで見かけるいろんな人の顔や姿と同じように、ほとんど注目されず、思い出されることもないままに、川の中を通り過ぎていく。たとえば……》

 しばらく考えても、次が浮かばなかったので、彼は椅子から立ち上がろうとした。
 立ち上がって、どうするつもりだったのか。たぶん、台所へ行って酒のツマミでも取ってこようと思ったのではなかったか。あるいは自分の担当業務である食器洗いをまだ終えていなかったことを思い出したのかも知れない。

 ちょうどそのとき、〈あいつ〉がやってきた。
 
 彼は椅子から立とうとして、意外なことに、それが出来ないことにきづいた。
「おい、まさか?… そんなことあるわけない…」
 頭は非常にはっきりしていた。
 ただ、身体を持ち上げようとすると、足のやつがまるでこちらの言うことをきいてくれないのだ。そのせいで彼はついに椅子から崩れ落ちてしまった。
「おいおい、ばかな」
 そう思いながら、彼はなおも起き上がろうとした。しかしまるで駄目。起き上がれないばかりか、ついに床にうつ伏せになってしまった。さらに手で身体を支えて立とうとした。けれども、手までが気まぐれをおこして、こちらの意向どおりに働いてくれないのだ。
「そんなあほな」彼はほとんど声に出していった。「動こうとしさえすれば、動けるはずなのに」
 呼吸が激しくなっていた。ゼンソクの発作がおさまらないのだ。窒息による苦しさがないのに、ゼーゼーと息が早く激しい。どうもそれが酸素不足の原因になっているような感じでもある。身体がもちあがらず倒れた姿勢で、肺を床に押しつけるような状態で、これはまずい、このままではどうもよくない、という思いがあった。
 この有様では、来週予定されている職場親睦会のソフトボール大会に出られるだろうか、という懸念が、まず彼の心をよぎった。彼はその大会を楽しみにしていたのだ。次の瞬間、それどころではない、いま倒れたら家族が大変なことになる、という考えが頭にひらめいた。
 どれくらいのあいだ、そうして倒れていただろうか。そう長くはない。おそらく三分ていどだったのではないか。おさまるのを待ってもよかったのだが、自力で起き上がりたい気があって、何度目かにいよいよ本格的に力を入れると、やっとのことで立ち上がることができた。

 立ち上がってもまだ感触が奇妙だった。
 さっそくパソコンのワープロファイルを開いて、指を動かしはじめた。今経験したばかりの危機を記録したかったのだ。
 そうしながら、彼は手を伸ばして、ビールのコップをつかんだ。指に力が入らなくて、コップを少し持ち上げだけで落としてしまった。コップはひっくり返って、ビールが机から床にこぼれた。彼はあわててコップを起こし、残っていた缶ビールを注いで、それを空けた。

 そうすると、いつのまにか、〈あいつ〉はいなくなっていた。

    2 ガラクタが輝く

 ふと気づくと彼は見るともなく部屋の様子を眺めていた。
 床の上にとりとめもないガラクタの類が乱雑に積まれてあった。
 シワくちゃに丸められた紙片、インクが出なくなったボールペン、何かの木の切れ端、ホウキ、チリトリ、ティッシュペーパー、目覚まし時計、缶詰の空き缶、コップ、スプーン、ホッチキス、ハサミ… 
 いずれも、ありふれて詰まらないものばかりである。
 これが自分の存在の中身だ。自分の中にあるのは、光を発することがない色あせたガラクタばかりだ。平凡で冴えないガラクタを、いくら一か所に寄せ集めてみても、そこから価値あるものが生まれてくることはない。……「
 そんなふうに思いながら、彼はその光景を眺めていた。
 
 次の瞬間、驚いたことに、そんなガラクタの山に微妙な変化が生じた。色褪せてくすんだガラクタが、にわかに生気を帯びはじめた。いずれのガラクタも、互いに関連をもちながら、意味に満ちて息づいている。彼はその光景をじっと眺めた。
 そうか、ありふれて詰まらないガラクタがこんなふうに輝くのだ。水のない小石ばかりの川原を見ていると、いつのまにかさらさらと水が流れはじめた、という詩は、このことを言っていたのだ。

 われに返ると、彼はベッドに横になっている自分を見出した。何だ、夢だったのか。

    3 本社からの電話

 朝、会社に行くとき、今日はこれこれの仕事がある、この仕事を片づけよう、と思うことは、三谷秀彦にとって、一つの楽しみでないこともなかった。
 たしかに、仕事は山と積まれている。それを一つ一つ片端から片づけていかなければならない。
 日々の暮らしのためには不可欠でありとても有難いともいうべき給料をいただいて、そんな仕事に従事しているからには、それから逃がれることはできない。そうだとすると、ただいっときも早くそれを片づけて、〈自由〉になりたい、というのが、偽らぬところだった。
 伝説の巨人が、大山をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、大奮闘するように、自分にとって本質的でもない課題を、きれいさっぱりと平らげてしまって、楽になりたい、まず何よりも彼の頭のなかにあるのはそんな思いだった。
 きれいに片づけたら、それで楽になるかというと、必ずしもそうではない。
 その前方には、さらに別の仕事ややっかいな案件が待ちうけている。それでもとにかく今の仕事を早く片づけてしまいたい、そうすれば一息つける、という気になるのだ。
 そもそも、その課題というのが、自分が人生について抱いている関心事とはおよそ無関係であり、自分の精神生活にとって意味あるものとはとてもいえない。いや、むしろ、明らかに無意味といっていいものばかりだ。それを考えると、どうしてそんなことにそれほどまでに頭を傷めて苦しまなければならないのか、もうたくさん、という思いにもなる。
 とはいうものの、自分にとって本来意味もなく面白くもないそんな課題でも、実際にそれに従事していると、頭が活力を帯びてきて、次第に自分の能力が目ざめてくる。そうなると、それを見事に手際よく片づけることへの意欲がわいてきて、そこに楽しみさえ感じるようになるのである。

 いま目下、秀彦が片づけなければならない仕事は、年一度の検査を受けるために提出を求められている資料を作成することだった。
 検査は、検査当局から派遣される三名の職員によって行われる。通常、〈重箱の隅をつつくような点検〉が実施されて、そこで、たまたま重大なミスやゴマカシが明らかになって、窮地に追い込まれることもある。自分の失策、無責任、欠陥、無能のほどが、白日のもとに曝されて、致命的な〈失格の烙印〉を押されることになるのではないか、という不安がある。
 何でもない普通の日常の傍らに、目に見えないそんな恐怖が広がっているのである。

 その日、朝から、秀彦は、さっそくパソコンの前に座って、資料作成の作業にとりかかった。一年間の実績の数字をあちらこちらの書類から拾ってきて、決められた書式の空白を数字と文字で埋めていくのだ。作成期限は一週間後に迫っていて、あるていどの余裕をもって何とか仕上がるだろう、と彼は見込んでいた。
 彼の担当する仕事は、ちょうど、一年中で一番忙しい時期にさしかかっていた。三か月後までに片づけてしまわなければならない案件が書類の山として待ち受けていた。それが彼の担当する本来の仕事で、彼は一日も早くそれに取りかかりたいと思っていた。けれども検査が目前に迫っていて、当面まずそちらを片づけるほかない。
 そんな状況の中へ、さらに先週末に、本社から突然予期せぬ調査書類が送られてきた。こういうことは今の職場へ来てから、ひんぱんにあった。この忙しいときに、と秀彦はかなり腹立たしく思ったので、一部手間を省いて、ちょっとばかり適当でいい加減な報告をしておいた。

 夕方までにこれだけは片付けようと考えていた仕事に取りかかってまもないころ、本社○○課の担当から電話の訪問を受けた。
「○○課の松島です」と親しさを交えた丁寧な声音で電話の主はいった。「先週ご報告いただいた××調査ですけれど、三か所ほど数字がおかしいので、もういちど拾い直していただけますか」
 うーむ。やっぱり来たか。
 松島というのは大柄で頑丈そうな体格の人で、右手の肘から先半分が欠けていて、左手で受話器をもつのだ。文字も左手で器用に書く。そんな目につく身体上のハンディをもっていながら、彼は少しも悪びれたところがなく、相手が嫌がることや抵抗を見せてしぶることでも、必要なことはしっかりと伝えるタフさをもっている。彼の語りかたには、この仕事をしているからには、当然、かくあるべきだと感じさせる調子がある。
 こうなってみると、秀彦も、自分ながらいい加減な報告をしたものだ、恥ずかしい、という思いを感じた。けれどもタカが調査、どうせ大した意味のない調査じゃないか、と開きなおる思いもあった。
「うーん。どうすればいいのですか」彼はムッとなるのを抑えて松島に答えた。「いちいち書類をめくって全部拾うとなると、大変ですよ。いま検査の資料作りとか、××とかが重なって、余裕がないところ…」
「そうですか」と松島は受けて、ちょっと間をおいて、親しみを込めた口調を崩すことなく、これこれこうしたらいい、と説明した。
 簡単に言ってくれるなあ、とこちらは思う。そこまでやらなければならないのだろうか、この大変な時期に。 
「忙しいところ、すみませんねえ」と松島はひるむ様子もなく、しかも適度な気軽さを込めた調子で言う。「できたら今日中に、できるなら少しでも早めにご回答願いたいのですが。部長に報告しなければならないので」
 本社の部長といえば、社では大層な存在である。松島は、雲の上の偉い人(逆らおうなどとは夢にも考えることができない人)から命じられて、今回の調査にのぞんでいるのだ。その立場も考えなければならない。
 松島としては、当然、いい加減なところで要求を曲げることができない事情があるのだ。そんなことをすると、いい加減な数字の責任が彼の身にかかってきて、彼自身が恥をかくか、窮地におちいることになるだろうから。
 秀彦としても、そんな松島に逆らって、相手の立場を危機におとしいれることも、そうすることによって自分を不快な立場に追い込むことも、もちろんできない。
 お互いに、給料をもらって生活している身であってみれば、このていどの労は当然のこと、いや、もっと理不尽なことだって、身を惜しまずに引き受けて、何としてでもそれなりの結果を出すのが、われわれの職業人気質というものなのだろうから。
「わかりました」と、秀彦は返事した。「何とかやってみます。…」
 そう答えたものの、不満があるので、彼は、すぐには要求された作業に取りかからなかった。あらかじめ予定していた作業をそのまま進め、昼前になってようやく松島からいわれた作業に取りかかった。
 そうするうちに昼休みのチャイムが鳴ったので、彼はさっさと昼食に出た。

    4 町の大衆食堂

 昼休み、三谷秀彦はいつも単独で行動した。
 何人かで誘い合って食事に行く人たちを見ると、彼は自分を欠陥人間のように感じた。一人の方が気楽だ、人といっしょにいると、自由な気分になれない、というのが、彼の自然な傾向だった。同時に、人も、彼といっしょにいると退屈で面白くないだろう、彼を避けたいと思うだろう、と気遣うところがあった。どこへ行っても、彼は知った人と出食わすことを避けようとしている自分を見出すのだった。
 食事に向かう途中、元同僚の桐原吾郎と出合った。桐原は、秀彦が以前所属した職場の年下の同僚で、かつては、仕事の関係でいっしょに行動することも多かった。
 桐原吾郎にもどことなく孤独の影があるように秀彦には見えた。といっても、桐原のほうは、色気が多くて、あちらこちらへ頭を突っ込んで行く傾向があって、それが彼を社交的にも見せていた。
 人にはそれぞれ特有の癖、性格の偏りのようなものがある。桐原吾郎の場合にも、そのような偏りがあった。それがどのようなものであるか、つきあっていると何となくわかるものだが、言葉でいうのは難しい。たとえば神経質というのもその一つである。人から批判されたとか、悪く言われたとかいったことを、桐原は、かなり極端に気にするところがあった。そんなとき、彼はしきりに繰り返し自己弁護して、自分は悪くない、相手が間違っている、という理由をくどいほどに何度も並べ立てる。
 もちろん、それ自体は、誰にでもある普通のことだ。批判されると、人は自分の人格が危機におとしいれられたように感じ、自然の防御反応が起こる。それが強い場合には、ちょっとした恐慌状態におちいるのだ。三谷秀彦には、とりわけ桐原のそういう点が印象に残っていた。桐原は、そうした危機を人より強く感じる性分なのかも知れない、と思ったものだった。
 秀彦は、軽く桐原に会釈して、そのままやりすごそうとした。当然相手もそうするだろうと予期したのだ。
「三谷さん、いっしょに食事にいきましょうか」と桐原は誘った。
 予期しない展開で、秀彦は一瞬戸惑った。ちょっと煩わしい気がしたけれども、彼は、すぐに心をきめて、いいだろう、それじゃ行こうか、という気になった。

 会社の周辺には、従業員目当ての安食堂が幾つかあった。桐原が先に立って入っていったのは、そんな中でも小さ目の大衆食堂だった。どんぶりもの、うどん、ラーメン、カレーライス、チャーハン、焼きそば、などのほかに、幾種類かの定食があった。
 メニューを見てから、桐原は天ぷらどんぶりを注文した。三谷秀彦はちょっと迷ったすえに、カツカレーに決めた。
「久しぶりですね。三谷さん」と桐原。「いまの職場はどうですか。いいところですか」
「いやあ、けっこう大変なところで」と秀彦。「早く別の所へ変えて欲しいと願っている。これからちょっと忙しくなる。検査も近づいているし。でも、いくら忙しくて大変でも、それはいい。仕事だからね。参ってしまうのは、やっかいな難問が舞い込んできて、それが重荷で悩むこと。これまでいろんなところに転勤してきたけれども、こんなに悩んだことはない。自分はこの仕事に向いてない、とつくづく感じる」
「残業はあるの?」
「うん、あるよ。実のところ、ぼくは、仕事が忙しくても、なるべく残業したくない主義なんだけど、周りがみな技術職の人たちで、彼らは、年中掛け値なしに忙しい。毎日遅くまで居残るのが当たり前の世界になっていて、彼らは彼らで仲間意識が強い。こちらもある程度つきあわないと、まずいかな、と思ったり、つきあいきれないよと思ったり。何しろこちらから彼らに頼まなければならない仕事も結構あるのでね。残業を当然と受け入れる心がこちらにあれば、それで問題はないのだろうけれども、時間外まで仕事に縛られるのは、自分の意に反していると感じるので、本当はひどく憂鬱なんだよね。この状況は、ストレスがたまってよくない」
 注文の品が運ばれてきた。
 桐原は天ぷらどんぶりに箸をつけ、秀彦はカツカレーのスプーンを握りながら、しばし黙した。

「そうですか。それは大変ですねえ。職場社会には、ストレスがつきものですからね」一瞬の間があった後、桐原は、店内を見回して言った。「ぼくもこのごろ、南田さんのにぎやかなおしゃべりに悩ませられて、ストレスがたまりがちなんですよ」
「南田さんは相変わらず?」
 南田さんというのは、中年のベテラン事務屋で、三谷秀彦もかつて数年間同僚として同じ事務所で過ごしたことがある。彼女は、いわゆる「能天気」という言葉が当てはまるような、陽気な女性で、ヒマさえあれば、若い人たちをつかまえておしゃべりして、賑やかな声で笑う、といった印象があった。もちろん、仕事はきちんとやる。見かけとは別に、個人的にも仕事の上でも、それなりに悩みを抱えてもいるようだった。いつも能天気にしているわけではないが、とにかくそういう印象が目立っていた。
 桐原は以前から彼女と性が合わないところがあった。彼女の声のみならず、存在そのものが彼を悩ませるらしかった。彼女の派手なしゃべり声を聞きながら、桐原は、机に向かって、何も言わすに仕事をしている。彼女に対する苦情めいた様子は外に出さないでいながら、ときおりぽつりと「騒音公害やな」とつぶやいたり、「最近はこんなもんで防衛してるんですよ」と耳栓を取り出して、秀彦に見せたりした。彼女からちょっとした雑用を回されると、桐原は、「へい、へい。わかりました。やっておきます」と愛想のよい声でいったあと、彼女が立ち去ると、「自分でやればいい。腹立つなあ。…あ、いかんいかん。腹を立ててはいかんな」と声に出してつぶやいた。
 おそらく相性というものだろう。周囲の人たちは、彼女と普通につきあっていて、彼女の声にそれほど特別なストレスや反感を感じているようでもなかった。
「とくにこのごろ奇妙なふうに彼女が意識されて困ってます」天ぷらどんぶりのエビ天を一口かじってから桐原は言った。「たとえば歩いていて、前方に彼女の姿を目に留めると、ぷいと横を向いてしまいそうになるんです。彼女をひどく嫌っていることをおもてに見せてしまいそうになる。見せたら相手はそれを察するだろうし、ぼくへの不快感をますます強めるにちがいない。そうなるとさらに関係が複雑になって、近くにいるのがいよいよ気まずくなってしまう」
「うん。わかる、わかるよ」三谷秀彦はトンカツの一切れを口に放りこみながらいった。「相手は南田さんじゃないけど、似たような経験がぼくにもある」
「こちらが南田さんを不快に思い嫌っていることを、南田さんも何となく感づいている、そのために、彼女はぼくを許せないと思い、心でぼくを批判し軽蔑する気持になっている、という気がする。こういうことは互いに微妙にわかりあうものですからね。心の内が表に出てしまうことをぼくは恐れていて、なるべくそれを隠したい。いや、隠すよりも以前に、できるならばそのようなものを感じないでいたいと思うんです。正確に言うなら、ぼくがそう思うというよりも、〈ぼくの心〉がそう思うのを、ぼくはただ見て知るだけなんですけどね」
「なるほど、なるほど」笑いながら秀彦は言った。「心は人の意向に関係なしに、勝手に動いて行く。ぼくらは、心がどう動いていくかを〈見る〉だけで、それをどのように動かそうとか、どのように動かさないでおこうとかと考えても、なかなか思うとおりには行かないものだからね」
 桐原は天ぷらどんぶりを半分近くまで平らげた。
「ぼくが何よりも願うのは」桐原はさらに話を続けた。「彼女の〈おしゃべりの洪水〉が氾濫する川辺に立っていても、それを〈馬の耳に念仏〉みたいに聞きながしてしのぐことができる、そんなコツを感得したいということです。そうできれば動揺も不快もなく、平静でいられるわけですからね。実際ぼくは何度もそのコツを感得しました。そうすると、信じられないくらいに心が軽くなります。けれどもそれは一度感得してそれで終わり、というものじゃないんですね。その都度新たに感得する必要があるんです」

 三谷秀彦は、先日読んだ入門的な心理学の本のことを思い出した。
「このまえ読んだ本の中で、女性の心理専門家が書いていたよ」と彼は言った。「社会生活をするなかには、誰でも〈どうにも虫が好かない人の二三はあるもの〉だって。〈そういう感情を人に対して持つことはありふれた普通のことで、何ら不自然でも異常でもない〉んだって」
「そう。人と人の間には、自然に発生する奇妙な好き嫌いがあるようですね」
「その本の中で、面白いと思ったのは」と秀彦は続けた。「最近、〈亭主在宅ストレス症候群〉とかいうのが、話題になっているという話。たとえば、普通のサラリーマン。通常、昼間、亭主は働きに出て、家にいない。定年退職後、亭主が一日中家にいるようになってから、妻が強いストレスに害されて、身体を悪くして、病院にくる。症状はいろいろのようだけれど、たとえば肝機能、高血圧、胃かいよう、ぜんそく、不安神経症といった具合」
「その話なら、ぼくもいつかテレビで見たことがあります」と桐原。「深刻な話ですねえ。今、その話を聞いて、ぼくは、白洲次郎が言ったというおもしろい言葉を思い出しましたよ。『夫婦円満の秘訣は?』と尋ねられて、白洲次郎は『夫婦が一緒にいないこと』と答えたそうです。彼の奥さんはご存じのとおり、ご主人に劣らずユニークで個性豊かな女性で、文筆家としても名前を知られた白洲正子さんです」
「神経質な人の場合」秀彦は自分が話し始めたテーマをさらに続けていった。「たとえ家族であっても、同じ空間にずっといしょにいなければならないというだけで、相当なストレスを感じることがある。亭主がずっと家にいるために余計な手間が増えるってこともある。食事も作らないし、家事もしない亭主が、家でゴロゴロしながら、小うるさく指図をしたり、『おい、コーヒー』と注文したり、妻が外出するのをいちいち嫌がったり、妻の買い物についてきたり、なんてことになると、奥さんもたまらないだろうからね。妻が家を空けるのを嫌がる亭主は、日本にはいまだにあるそうだから。あるいは亭主がこまめで、家の中をクルクル動き回って働くってのも、いいようでいて、奥さんは落ち着いてのんびりしていられない。一時期、〈粗大ゴミ〉〈亭主は無事で留守がいい〉といった言葉が、おもしろ可笑しくもてはやされたのも、まさに奥さん方の気持にぴったりフィットするところがあったからなんだろうね」
「怖い話ですねえ」と桐原は言った。「われわれも気をつけないと、何が起こるかわかりませんね。知らずに奥さんにストレスを与えつづけていて、ある日突然サヨナラなどということになるかもわからない。熟年離婚などというものも増えているそうですからね」
「ダンナが家にいる間、心が落ち着かない、何も手につかない」と秀彦は続けていった。「亭主の一挙手一投足が気に障って腹が立つ。出かけるのなら早く出ていったらいいのに、家にいるだけで息が詰まる、といった状態の奥さんも多いらしいよ。奥さんの方も、自分が望んでそうなるというよりも、心が勝手にそうなるのだから、やっかいだね」
「そうそう、心が勝手にそうなるのだから、始末に終えない」と桐原。「ぼくが南田さんに対して感じるものと本質的に似ていますね。ほんとうにやっかいなんですよ」
「ある中年夫婦の例で面白い話がある。(笑ってはいけないな、深刻な話だから)」秀彦はさらに続ける。「小学生の娘が摂食障害を起こし、妻がそれを気に病んで体調を崩した。医者に行くと、妻はストレスによる肝機能障害だといわれた。その後、何年ものあいだ妻の病状はよくならないどころか、悪化する一方だった。ところが、一〇年後、夫が単身赴任で家を空けて東京へいくことがあって、その間、妻の病気が嘘のように改善した。さらに、その後数年して、夫が単身赴任を終えて家にもどってくると、妻の症状もまたいっしょに帰ってきたとか」
「うーん、なるほど。すごいですねえ」と桐原はいう。「そうなるとダンナの立場がありませんねえ。長年にわたり、家族の生計を維持するために、不本意な時間外労働を続け、逃げ出したくなるのを耐えて精励刻苦してきたのに、定年になって夫が家にいるようになると、妻の身にあらぬストレスがかかって、病気になってしまう。妻だって、家族に対する夫の功績を過小評価しているわけではない。ただ、妻の病気という余りにも明白な事実が、ストレスや不満を白日のもとに照らし出すのですからね」
「このまえインターネットで調べたところ」と秀彦は付け加えた。「最近は、〈妻在宅ストレス症候群〉というのも、あるそうだよ。こちらは、奥さんが家庭にいることによって、亭主が病気になる話だけれど」

 ここまで話すうちに、ようやく秀彦はカツカレーを食べ終え、ほとんど同時に桐原も天ぷらどんぶりを平らげた。空になったカレーライスの皿と天ぷらどんぶりの鉢を前に、さて、店を出ようか、どうしようか、と二人は向き合った。
 桐原はいま少し話し足りない部分があると思ったのか、先ほどの話を補足しはじめた。
「南田さんが目の前からいなくなると、ぼくの緊張はやわらいで、楽になります」と桐原は言った。「彼女が目の前にもどってくると、再びぼくは緊張しはじめるのです。それは主として、彼女を不快に思っている様子を彼女に見せたくない、彼女をそばに感じる時の心のこわばりを隠さなければならない、と思う緊張です。彼女の傍にいると、微妙な感じとして、自分の様子に彼女への不快な感情が出てしまう、と恐れ、ぼくは、実際にどのように振る舞ったらいいのか、困惑するのです。陽気に楽しそうにM**君やS**氏と話す彼女の声が聞こえると、彼女はぼくを軽蔑し、ぼくにあてつけているのだ、と感じます。何とかそのような状態から抜け出たいと思って、彼女と周囲の人たちの間の会話に入りこもうと、ぼくは、一言ことばを挟むのですが、南田さんは、明らかにぼくにあてつけるようにそれに振り向かないで、他の人との会話を続け、さらに他の人の方に向けてばかり話そうとするです。彼女はこのところぼくにものをいうとき、奇妙にていねいに気を遣って、『忙しいところ恐縮です』などと、改まって丁重すぎることばをつかいます。そのことばがぼくへの不快感の表れなのだと、ぼくは察知してしまうわけです」

    5 もやの中の出来事

 何だかよくわからない経緯があったあと(それがどんな経緯だったのか、はたして経緯などというものがあったのか、経緯などというようなものは何もなかったといったほうがいいのではないか)、彼らは四人で、ある人物を殺しに出かけるところだった。何でも、身内か仲間が受けたひどい傷害に対して、その加害者に怒りの一撃を加える必要がある、といったことらしく、そうするのが、世間的にも、正義の上でも、当然の権利であり義務でもある、というような事情が、前提として厳としてそこに存在するようだった。
 いきなりそんな状況の真っただ中に投げ込まれた彼は、次第にわれに返って、こんな大変なことに加わっていいのだろうか、と強い戸惑い、不安を感じ始めた。不安と戸惑いのなかで、殺害を行う場面が、彼の脳裏のスクリーンに鮮やかに浮かんだ。彼らのうちの一人がある人物の身体を短刀で突き刺し、次の者がまた一刺しし、次々と四人が凶器を振り下ろした。最後の一刺しはおそらく彼だったのだ。こんなふうにして、彼は、仲間とともに、一人の人間を殺すことになるのだろうか。… 

 彼は、従来から、死刑廃止論に共鳴していた。個人的であれ、社会的であれ、恨みを晴らすためであれ、制裁のためであれ、たとえ正義と法の名においてであっても、人為的に人の命を奪うことには大いに疑問を感じる、と思うところがあった。
 けれども、そんな個人的な信条とは無関係に、現に、いま彼らは、四人でグルになって、一人の生命を滅ぼすために出かけてきたのだ。先頭に○○氏と××氏が歩き、後から少し離れて、彼が誰か知らない女性と並んで道を進んでいく。子どももいっしょにいたのだろうか。彼が小さな娘を腕に抱きながら歩いている場面が部分的にあったようだが、単なる空想だったのか、現実だったのか、はっきりしない。何しろすべてが朦朧たるもやの中で進行しているような具合だった。
 そういえば、さきほど彼は仲間から何か知らない品物を手渡された。何であったのか、多分、殺しのために必要な品なのだろう。
 さらにしばらく歩くと、同行の女性が「これまだ渡してなかったね?」と言って、薬の入った袋のようなものを彼に見せた。彼女はそれを彼の服のポケットに入れた。毒薬だと彼は思った。
 そんなことはしたくない、何とかやめられないか、という思いがますます高じてくる。しかし今さらやめるとは言い出せない状況になっている。…
 しばらく行くと、同行の女性がぽつんと言った。
「嫌だね。どうしてこんなことになったんだろう」
 彼女も本当は気が進んでいない、やめたいと思っているのだ、と彼には感じられた。
 彼はついに心を決めた。
「やっぱりぼくは止めとくわ」
 彼はそう宣言し、宣言を確かなものにするために、手に持った容器の中身(多分仲間から人殺しのため手渡されたものだろう)を、「えい!」とばかりに路上にぶちまけた。ぶちまけられた中身は、アイスクリームのような感じで、ぺちゃりと地面にぶつかって、周囲に広がって飛び散った。


    6 検査がすぐ目の前に

 今の職場へ来てから、三谷秀彦は、仕事のことで気持が萎縮するようなことが次々と続いて、精神的に参っていた。これまで所属してきた部局では経験しなかったような苦しい状況が、次々と彼を襲ってきた。
 仕事量が多くて忙しいだけなら、何もいうことはない。仕事の処理の仕方はわかっているのだから、残業しながらでも、時間をかけ、手間をかければ、いずれ片づいていく。
 たしかに、中にはあれかこれかと迷う案件があって、その都度頭を悩ませなければならない。頭を悩ませながら、責任を追求されても大丈夫というもっともらしい理屈をひねり出して、処理していくわけだが、ときにはどうにも決めようのない案件があって、えい、とばかりに処理してしまうこともある。それが明るみに出されたら、責任を問われて、無防備に責められる立場に置かれることになるかもしれない。
 いや、しかし、この程度のことは、どんな仕事にもつきもので、まだ大した苦労ではないのだ。
 もっと深刻なのは、ときどき臨時的に降って来て、彼を悩ます難問にあった。そうした難問は、一難去ってまた一難とばかりに、次々と降ってきて、信じられないほどの悩み、苦しみを彼に与えるのである。
〈自分にとってはとても荷が重い、いっそのこと逃げ出したい〉と思われるような問題、〈そんなことをしなければならないのか、もう嫌だ〉と思われるような案件が、彼のいまの担当には、ことのほかに多い。
 その都度、彼は頭を悩ませながら、自分に問いかけるのだ。
〈こんなつまらないことで、どうしてこれほどまでに苦しむのだ。何も大したことはないではないか。他の人なら朝飯前に片づけただろう。…〉
 彼は、穴ぐらに追い込まれたウサギみたいに青ざめて必死の形相になっている自分を見出す。それを人に知られたくないと思い、さりげない顔を装って隠そうとする。
 自分の意思とは関係なしに湧いてくる深刻な不安感情が、有毒な分泌物のように広がって、心を蝕んでいくのがわかる。
〈これはまずい。とてもよくない〉と思いながら、彼は、心に蔓延する不安感情を懸命に鎮静させようとする。〈だいじょうぶ。何も恐れることはない。こんなことはすべて本質的に取るに足りないことだ。自分の存在のすべてがかかっているわけではない。一年後の状態を考えてみるがいい。過ぎ去ればすべて終わって忘れ去られているだろう。…〉
 自分に向かってそんなふうに言ってみても、直面する問題から解放されるわけではない。問題を放置して、自分の無責任性をさらけだすことはできない。
 これこれこうして、こうすればいい、と彼は、問題の処理方針を自分に向けて繰り返す。あとはそれを実行に移すこと、解決に向かって現実的、具体的に進んでいくだけだ。しり込みしたくなるような課題である。しかし、それを避けて通ることは、問題の先送りにしかならない。
 こうした事態に次々と直面するうちに、不安が心に常駐するようになり、彼の精神は次第に弾力を失って、〈メゲ〉てきた。「メゲル」という言葉は、関西方面で「壊れる」という意味である。「地震で家がメゲた」などという。強いストレスが長期間続くと、脳の細胞が壊れて萎縮するというような話を、彼はいつか何かの本で読んだ。
 このところの状態はちょっとやばい。何か問題が生じるたびに、彼の精神は過剰反応を起こす。濃密な不安物質が心全体に広がって、必要以上に筋肉が硬直状態におちいり、心が麻痺して働かなくなる。
 とはいっても、彼は完全に〈メゲ〉たのではなく、そんな中でもまだまだ何とかやっていける状態にあった。

 彼の課のメンバーは、課長をはじめ七人で、彼以外の六人はみな技術職だった。技術職は年中忙しく、連日夜遅くまで残業するのが常態となっていた。そんな中で事務は彼一人であり、彼の性格が陰性であるせいもあって、気軽に周囲にとけ込めない状況があった。技術職の連中は、連帯感が強く、互いの間で共通の知識、経験を共有していて、困ったときには、教えあい、助け合っていた。
 秀彦は、仕事上の問題を人に相談できないことが多かった。課長の岸上氏に相談すべきなのだが、課長も技術職であるうえに、事務のことにそう精通しているようではない。課長自身、難しい問題を抱えて大変なのが傍目にもわかる。そのころ、課長は課長で、頭をいためる大きな問題に直面していて、連日連夜、所内の打ち合わせや、関係団体との交渉に駆け回っていた。そんな課長に、彼自身の詰まらない小さな問題で負担をかけることはできないと感じられた。本来、秀彦が抱える問題は、自分が専門なのであり、自分で処理しなければならないものだ、と彼は感じていた。
 
 三谷秀彦の隣席の、若い森野光男のところへはあちらこちらの人がよく来て話し込んでいった。若い女性たちもときどきくる。森野は、ついこのごろ結婚したばかりであるが、人付き合いがよく、いろんな人に話しかけ、話しかけられ、言葉を交わす相手が多いようだ。
 秀彦はどういうわけか、最初の顔合わせのときから、森野とは相性がよくないと感じるところがあった。用があったら言葉を交わすが、気軽な雑談というものができない。
 もともと秀彦は自分から人に話しかけない性分だった。そのせいもあるのだろう、人からも話しかけられることがあまりなかった。当然、親しい友人もできなかった。自分が黙りがちであるために、しばしばまわりから浮いているように自分でも感じ、人からもそう見られていると思いがちで、それを不都合なことのように感じていた。それだけに、用があって人と言葉を交わす機会が訪れると、彼は、ほっとするところがあった。
 人と親しく個人的に話し込むことは、秀彦にはめったになかった。どこかで知った人と出会っても、すぐに別れようとした。たまたま必要から長く同席する時間が生じない限り、彼は人と親しく長く話すことをしなかった。
 森野に対し悪い感情をもっているというのではない。どちらかというと、森野は、意外に繊細であり、音楽や文学方面のことにも関心がありそうな印象があり、秀彦が興味を感じることのできる部類の人間かも知れない気がしていた。ただ、どうしてそうなるのか、秀彦は、森野と顔を合わすのも具合悪く、戸惑う状態で、いつも妙にそっぽを向き合うことになった。
 傍にいると当惑を感じ、相手もこちらに対して似たような当惑を感じている、という気がするのだ。
 自分が感じる当惑よりも、相手が感じるであろう当惑の方が、もっと秀彦を当惑させた。

 まだいくらか日数があると思っていた検査が、すぐ目の前に迫っていた。
 景気が落ち込んでいる時勢もあって、最近の検査は、念が入っていて、手厳しい、という認識があった。それを実施する側は、できるだけ間違いを見つけだして、成績をあげよう、何も見つけられなかったら、自分の資質とやる気が疑われる、と考える。中には、細かい数字や項目を馬鹿の字がつくほど几帳面に一つ一つ調べていく検査員もある。検査の時間は限られている。こういう人は、通常よく間違うツボを心得ていて、予めねらった点に集中して、丹念に根気よく見ていくのだ。そうすると、間違いはたいてい見つかるものなのである。
 責任を感じる立場になかった若い頃には、三谷秀彦は、検査ときいても呑気にかまえていた。権威筋や偉いさんに大げさに気を遣い、頭を下げるといったことへの反発心があったので、検査が何だ、間違いを指摘されたら、それでいいじゃないか。びくびくしないで、どーんと構えていればいい。間違ったら、すみません、と率直に謝ればいい。そんなふうに思ったものだった。
 検査のためにてんやわんやする人々に、秀彦はしばしば皮肉な思いを感じた。
 けれども、年齢を重ねるうちに、彼にも次第に検査の怖さがわかってきた。それは、担当者一人だけの問題ではなく、上の立場にいる人の責任にもなる。いったんミスを指摘されると、その事後処理のために、当局へ伺って、平身低頭お詫びしなければならず、是正措置を考えて報告し、了承を得なければならない。担当者の詰まらぬミスのために、他の人たちまでが煩雑な対応に追われることになるのだ。
 実際、つまらない小さな間違いであっても、それを見つけられたときの気持は格別である。そのことを彼はおいおい知るようになった。
 とりわけ前年の検査のとき、彼の担当する事務の誤りが見つかった。それは、あらかじめ懸念されていた案件だったが、通常は何ごともなく見過ごされてしまうのだ。思いがけない偶然から発覚し、検査員はそれに食いついて、執拗に追求してきた。秀彦は誤魔化しの説明をしながら、顔が青ざめ、身体が硬直し、麻痺したようになるのを感じた。このとき、ベテランの検査員の顔が鬼のように見えた。検査でこんなふうに混乱してしまうのは、予想外だった。
 このとき以来、秀彦は、検査をとても恐ろしいもののように思うようになった。
〈弁明しようもなく責められる〉、〈無防備な状態で攻撃される〉、そういう立場に落ち込むことへの恐怖。…

 この日、検査当局から、本年の検査予定一覧表が届いた。今年はこれとこれとこれを重点的に検査するという項目を、検査日の直前に知らせてくるのである。その中に一つ非常に気になる項目があった。それは、例年検査対象に上がらないと彼が思っていた項目で、彼はその事務については、大して重要ではないと思って、少し手抜きしてきた。もしそれを重点的に見られたら、欠陥だらけではないか。今からでも書類の整備をしなければ、と不吉な予感を抱きながら、秀彦は考えた。

 仕事をしながら、秀彦は、業務用のファイルが一つ見つからないことが気になっていた。前日からずっと探しているが、何度探してみても、見つからない。どこへも行くはずがない、間違って捨てたりすることはありえない、必ずその辺にあるはずだ、と何度も思う。(ひょっとしたら間違って捨てたのだろうか、という考えも捨てきれない。)こういう場合、たいていは書棚の奥に押し込まれて、他の書類の陰になっていたとわかって、めでたしめでたしで終わるのだが、今回はそうではない。他の書類に紛れ込んで別の場所にしまい込まれていたりしたら、ちょっとやっかいなことになる。すでに何度も調べた書棚を調べなおし、別室の書棚も調べ、次第に心が青ざめてきた。
 何か月か前に新聞で報道されたニュースが思い出された。ある役所で、生活保護のケース・ファイルが幾つか間違ってゴミ箱に捨てられていた。けっしてあってはならない話だ。そのニュースが彼には人ごととは思われなかった。自らの日常の業務体験から、大いにありうる気がした。
 もし検査の日までにファイルが見つからなかったら、エライことになる。重要な証拠書類を綴じたファイルを紛失したとなると、申し開きのしようがない。
 日頃呑気に扱っている書類の背後に、このような恐ろしい危機が隠れていたのだと、彼は改めて思い知らされた。

 

   7  日常生活の背景
 三連休の初めの金曜日、昼過ぎに、彼は小学生の娘のマリを、近くの高速バス停留所まで送っていった。
 停留所に着いたとき、彼は、すでに何度か娘に言った言葉を繰り返して言った。
「○○駅で降りるのやで。間違ったらあかんよ」
「うん、だいじょうぶ」とマリは答えた。「前にも一度降りたから」
「○○駅で降りて、そこにお母さんがいなかったら、降りたところで待つのやで。そこから動いたらあかんで」
「うん、わかった」
 妻の美奈子は、前日に神戸の実家に帰っていて、最寄りのバス停留所で娘を出迎える手はずになっていた。実家のほうで取り込むことがあって、彼女は、三、四日そこで過ごす予定だった。
 バスが着くと、マリは乗った。
「整理券を取りよ」と父は言った。
 マリは整理券をとって、バスの奥の方へ入っていった。
 バスは一四時二三分発で、一時間足らずで、○○駅に着くはずである。

 久しぶりに一人になって、羽を伸ばして、好きなだけ自分の世界に浸れる。せっかくの機会だから、思いきり自分と向き合って、日頃できなかったことに専念しよう。…
 短時日ではあれ、妻も娘も不在で、自由の身になって、彼の脳裏にそんな考えが去来したのは確かなところ。
 バスの停留所から、家に帰り着くまでの道々、彼は道端の野草を調べながら、ところどころでデジカメの写真を撮った。周辺の草は、子どもの頃よく手に取って遊んだ馴染みのものだが、それが何という名なのかというと、一部を除いてほとんど知らない。数年前から少しずつでもその名前を知りたいと思って、図鑑を頼りに調べ始めた。よく見ると、単にひとくくりに雑草と思っていた草たちが、驚くほどに多種多様で、それぞれにみな心に触れる特徴をもっていて、不思議なほどに美しい、と気づくのだ。彼が新しくその名前を知るようになった草の数はそう多いとはいえない。イヌビユ、エノコログサ、スズメノヒエ、ヒメムカシヨモギ、オオアレチノギク、オニタビラコ、カタバミ、コモチマンネングサ、センダングサ、ホトケノザ…
 野草に思いをさまよわせながら、自宅に向かって歩く道中で、彼はふと心にかすかな悲しみの情が漂うのを感じた。それは、空飛ぶ鳥の翼が落としていった影のようなものだったが、その実、意外に深く心にしみ込んでいるように思われた。
「これは何だろうか」と彼は自分に尋ねてみた。「別れ?」
 不安とも悲しみともつかない感情。そうだ。これは別離の感情だ。

 似たような経験が過去にも何度かあったような気が彼にはした。
 たとえば、ずっと昔、学生時代の最初の夏に故郷に帰ったときのことを、彼は思い出した。その年の夏休み、彼は早めに家族に別れを告げて、遠い都会の下宿に向けて旅立った。故郷にいても何も意味のあることはない、都会に帰りさえしたら、自分のしたいと思っている課題に思いきり自由に取り組める、という思いがあった。ところが、都会のがらんとした下宿部屋にたどり着くと、彼は、思ってもいなかったような不安と悲しみの情を感じた。別れるとき、わざわざバス停まで見送ってくれた母親の顔が心に残っていた。故郷での滞在を早めに切り上げて、まるで家族を見捨てるようにして、都会に戻ったことが気に病まれて、侘びしくやりきれないような心の状態に落ち込んだ。
 母親は、数か月後に、長年苦しんだ心臓の持病のために帰らぬ人となった。
 わざわざバス停まで見送ってきた母親のことを思うたびに、彼は、あのときお母さんは、もう再び息子の顔を見ることができないかもしれない、という予感を感じていたのではないか、と思うのである。

 今は家族のいない家に帰り着くと、屋内が意外なほど暗い感じである。いつも馴染んでいるはずのダイニング・キッチンが、この日は、色あせてセピア色になった、昔の古い白黒写真のように、周囲がぼかされていて、深いもやに包まれている、そんな気がした。
 彼は、デジカメで撮った写真をパソコンに取り入れて、インターネットのブログに掲上する作業をはじめた。マリが予定通り一四時二三分発のバスに乗ったことを、妻に電話で知らせておかなければと思っていたのに、彼は、そのことをすっかり忘れていた。

 三時半過ぎに、妻の美奈子の携帯から電話がかかってきた。
「今○○駅に来たところだけど、マリちゃん、バスに乗ったの?」
「うん、乗ったよ」と彼は答えた。「えーっと… 予定どおりのバスに乗った。もう着くころやと思うけど… まだ着いていないのかな?」
「バスはもう着いていると思う」と美奈子。「こちらは、道路がすごく混雑して、ちょっと遅れてきたら、マリの姿がないから」
「マリには、降りた場所で待つように、念を押して言っておいたのに」
「そうなの? とりあえず、あたりを探してみる」
 そこで電話を切った。その後どうなったか。マリのことだから、うっかり乗り過ごしてしまったということもありそうだし、と、父は、そちらの可能性のほうを考えはじめた。あるうることだ。都会で乗り過ごしたら、ちょっとやっかいなことになる。マリはケイタイ電話をもっていない。一瞬にしていろいろ不吉な場合が予想された。マリは必要な現金をもっているので、困った場合には、電話してくるとか、何とかするだろう、と彼は考えた。

 何でもなく過ぎていく日常生活の周辺に、思わぬ深い闇が広がっていたことを、改めて知る思いだった。通常、人は日常性の中の決まった道を決まった仕方で歩いていて、何となく安心感を得ている。けれども、この世界は決まった道ばかりで成り立っているのではない。道の周辺には、知ることのできない深い闇の地帯が広がっていて、常に私たちの暮らしを取り巻いているのだ。

 その後、インターネットの作業にもどるが、自然とマリのことが気にかかって、彼は不安に見舞われた。その後、美奈子からも娘からも何の連絡もない。そのことが彼の不安に輪をかけることになった。
 当然のことながら、唯一の頼りである美奈子の携帯へ、彼は何度か電話を入れた。応答がないので、彼女の実家にも電話してみた。けれどもどういう事情があるのか、まったく通じないのだ。おいおい、連絡くらいくれよ、と思いながらも、どうしようもないので、彼は、しばしパソコンに向かっていた。そうするうちに、いつしか夕方の五時になった。再びマリのことを思い出して、もう一度、美奈子の携帯に電話を入れると、応答があった。マリはバスが着いた建物の別の階ですぐに見つかった、と彼女はあっさりといった。
 なあんだ、連絡してくれたらよかったのに。彼はようやく、胸をなで下ろすことができた。

 こんなふうに、家で一人になったのは久しぶりであるような気がする。今日、明日、あさってと、三日間、一人きりだから、気兼ねなく気楽に過ごせる。この際、孤独を満喫しようという思いが去来する。
 ただ、その割にどうも心が沈んだ状態になるのはどういうわけか。日頃、家で一人になる時間は、ままあることだが、今回の場合は、まったく違っている。
 闇に包まれた夜の底で、押し寄せる不安の波に無防備に浸されているような、不安が存在の底の方から立ち昇ってくるような感じ、まったく予想外である。
〈これが孤独の味だ、これが貴重なのだ〉と彼は強いて思う。〈この機会にこれを究めてみよう〉

 夕方、彼は早めに簡単な夕食を済ませた。一人の夕食もたまにはいい。今日は風呂にも入らないで、気ままにしていよう。…
 夕食後、彼は再びパソコンに向かった。
 けれども、どうも気分のほうは、どうしようもない闇の底に沈むようである。心理的に何かを思って沈むのではなく、何も思わないのに、わけのわからない不安にすっぽりと包まれる感じだ。何だか知らない暗い穴ぼこに落ち込んで、そこから抜け出られなくなってしまったみたいなのである。
 ほんの数日家族がいないだけで、こんな闇を感じるのは、まったく予想外である。
 おそらく彼にとって家族は自明性の砦であったのだ。それは舟がつながれている堅固な岸壁のようなもので、それが取り除かれると、日常生活の自明性が消えてしまって、背景にあった闇が前面に出てくるのである。
 パソコンの作業を続けるうちに、ゆえ知れぬ不安がさらにますます濃厚になってきた。夜中の九時過ぎに、その感じがあまりにも高じてきたので、彼は、その心の状態を記録しておこうと思って、パソコンの日記を開いた。
 不安について書いているうちに、不安の感じが薄れてきた。
 
 まもなく、彼は、台所の冷蔵庫から缶ビールを取り出してきた。コップに入れて飲むと、それがとても美味しいと感じられた。

   8 水道の氾濫
 彼は台所の炊事場の近くにいた。そこで何をしていたのか、はっきりしない。すぐ横の居間には、妻もいた。先ほど寝ていたはずの小学生のマリも起きてきたらしく、姿が見えた。
 流しの横の調理台のうえにかなりの量の水が溜まっていて、彼はそれを手で流しの方へはかそうとした。水は思った方へ行かずに、手前の床に落ちてきた。床が水で濡れていく。彼は床に落ちた水を拭こうと思って、「ぞうきんや、ぞうきん」といいながら、あわてて洗面所の方へいった。
 洗面台の横に妙にのっぽの蛇口が立っていて、水が出っぱなしで、床がどんどん水浸しになっている。
「あ、水道の水が出たままになっているよ」と彼は叫んだ。
〈おかしいな、誰か締め忘れたのだろうか〉
 そう思いながら、彼は急いで水を止めようと、蛇口の上のツマミを回しかけた。ツマミのところからパチパチと放電するような音が出ていて、彼は一瞬ためらった。手が水で濡れている。触ったら感電するのではないか。触ろうとし、危ないと思い、混乱しているうちに、その部分から、パンとはじけて爆発するような音が飛び出した。危ない! 彼は思わず声をあげた。爆発は小さく、物が飛び散ったようでもなかった。
 
 こんなふうに、止められないほど、詩想が氾濫してくれたらいいんだけれど、と彼は思った。 
(了)



屋根裏の部屋から 〜〜そんな時代の話〜〜

    

「お〜〜!… わあお〜〜!…」
 集団の代表らしい男がアジ演説を行っていた。
「ずずず… ずず… がががが… がが… ばった〜り!… だ〜にっし!…」

 この言葉と同時にその場にいたみんなに竹やりが配られた。戸惑っているぼくのところにも竹やりがまわってきた。それは人を攻撃して傷つける武器というには、いやに細くて貧弱な感じがした。玉突きのキューを床に立てるように、ぼくはその棒をポンと地面に突き立てた。
 場面はうす暗くて、どうやら夜のようだった。樹木がまばらに生えていた。人々は顔のわからない影絵みたいにうすぼんやりしていた。ただ、みんな正気とは思われないほど興奮していた。どうしてこんなことになってしまったのか。こんなことに巻き込まれるのは不本意でありまったく自分の望むところではない…
 ぼくはいとこに誘われてきたのだ。いとこがこんなことに深入りしているなんて何かの間ちがいだろう。きっと彼もことの重大さに気づいてわれに返るだろう… 
「無理するなよ」とぼくは彼にいった。「自分から進んで行くなよ。なるべく前に出ないで、後ろの方でしのいだほうがいい」
 けれども事態はすでにかなり深刻で、ぼくの言葉など耳に入る余地はないみたいだった。いとこは集団の熱渦に没入していて、これからはじまろうとしている恐ろしい事態を非常に喜んでいるように見えた。場の雰囲気をもろにかぶっていてとても正気とは思われなかった。
 ぼくはこっそりとずらかりたかった。すぐそばにいた人にそういうと、「それはだめだ」と言われた。「そんなことはぜったいできない!」
 そのときにわかにあたりが騒然となった。人々がいっせいに何ものかを取り囲むようすで、見ると輪の中に二人の人間がうずくまっていた。次の瞬間、人々が「わあお〜〜!」と叫びながらわれ先に二人を竹槍で突くのが目に入った。「がががが… ばった〜り!… だ〜にっし!…」
 倒れた人間のうち一人はうずくまりながらまだ動いているようすだった。もう一人の方は仰向けに倒れたままぴくりとも動かなかった。衣類は破れ千切れてべっとりと血がついていた。
 やがて向こうにずらりと一五,六人ばかりの男が整列した。それは敵方で、それぞれが手に凶器をもち、黒っぽい異様な服装で、ものものしい印象だった。こちらのほうも竹やりをもって整列し、二つのグループが向かい合った。こんな闘いにも一応の礼儀があるのだろうか? さて、戦いがはじまると、僕は右に左に逃げまどった…

 不眠癖がついて、朝まで眠れない日が続いていた。夜明けの六時か七時ころにようやく眠りに落ちて、昼下がりの二時か三時に目を覚ます。そして四時過ぎから料亭の食器洗いアルバイトに出かける。そんな生活だった。
 ふとんのなかで、ぼくはいま見たばかりの夢を繰り返し反芻した。昔からぼくにとって夢はとてもふしぎで面白いものであった。目が覚めた頭では考え出せないような、奇想天外で心を楽しませる話を夢は作り出してくれる。その日見た夢はそんな中でもとびきりの出来映えではないかと思われた。  


       

 ぼくが通っていたMMM大学は、過激派学生たちに占拠されたり、セクト間の対立があったり、流血の騒ぎがあったりして、大荒れ模様だった。ぼく自身はどのグループとも関係なしに、ずっと孤立して過ごしていた。入学時同じクラスだった人たちのなかには、その後いろんな形で紛争に関わっていった人も少なくなかった。彼らは、そのころの状況の中で、そうなるのが自然であったのだろうし、ぼくにはそうなる可能性があまりなかったのだ。
ある日、大学構内でデモ行進するグループと行きあった。彼らは各々ヘルメットを着用し、手に角棒をもっていた。野球のバットや棍棒、石ころなどをもっている者もいた。
「YYYコロセ! YYYコロセ!」と彼らは繰り返し合唱しながら気勢をあげた。YYYというのは、路線の対立のために彼らが仇敵のように見なしていた活動グループの名で、堅実で穏健な改革路線を主張して、過激派の彼らの前に立ちふさがった。すでに数日間にわたり対決が繰り返され、負傷者もでて、新聞をにぎわせていた。
 デモ行進する隊列のなかに同期のC君の姿をみとめて、ぼくは驚いた。入学したてのころ、ぼくらは同じクラスで講義を受けた。C君はクラス仲間のあいだで人気があって、いつも何人かの親しい仲間と行動をともにしていた。ぼくは親しい話し相手をもたなかったので、授業と授業の合間の時間は、たいてい人から離れて一人でいた。クラスにはいろんな人たちがいただろうけれども、近い将来にこのような嵐が吹くことになろうとは、だれも予想しなかったにちがいない。
 人々と気軽に親しくなるといったことに、ぼくは向かない人間だった。ときどき話をする友人はあったが、数は少なく、彼らもまたどちらかというと寡黙で、仲間をもたないで孤立する傾向のある人たちだった。ぼくがそんなふうになったのは、ぼくがそうあろうと望んだからでも、そうあるのが自分の本来の在り方だと考えたからでもない。人々の中にいることは、いつもぼくには居心地がわるく馴染めないことだった。自然の傾向として、ぼくは人に近づかず、人もぼくに近づかない。しかも、ぼくはずっとそんな自分を信じられないくらいに苦に病んでいた。
 気勢をあげてデモ行進する一隊の中に、同期のC君の顔を認めたとき、ぼくはそんな自分を改めて見ることになった。彼らはあんなふうに輝いている。そしてぼくはこんなふうにくすんでいる。彼らにとって、ぼくは、取るに足りない無のような存在であるにちがいない…

 ぼくはまたT君のことを思いだす。これはまだほんの数か月前のことだ。その日久しぶりに大学に行くと、講義はすべて中止になっていて、講堂で学部集会が開かれているということだった。講義がないなら用はない、すぐに帰ろう、とぼくは思った。たまたま友人と出会って、ぼくらはいっしょに講堂に入っていった。大きな講堂は学生たちであふれていた。ぼくらは後ろの方に立って活動家たちのアジ演説を聞いた。学部封鎖が叫ばれていて、封鎖を主張する過激派グループと、平和的な闘争路線を主張するYYY派グループが対立していた。集会は、封鎖賛成か反対かを決するというものだった。
 ぼくらが入っていったとき、ヘルメットをかぶった学生が演説していた。語尾を伸ばす学生運動家特有の調子で、何やらお決まりの文句を唱えているように聞こえた。場内にはヤジや怒声、叫喚が飛び交い、緊張がみなぎっていた。一方では、人びとはいたるところで笑ったりしゃべったりしていた。
 次にヘルメットをかぶって舞台に登場した青年は、まぎれもない、T君だった。彼もまた入学時にぼくと同じクラスだった。ええ? 彼がこんなところに? とぼくはまず驚きを感じた。さらに彼が激しい身振りと言葉で演説をはじめたとき、ぼくの驚きは頂点に達した。大学を封鎖して改革を進めよう、学外からも応援隊が続々と駆けつけている、という内容で、弁舌はいたって単純で決して上手だとはいえなかった。いたずらに誇張され、無闇に興奮していて、いかにも自らの言葉と身振りに酔っている感じがした。ぼくはそんな彼の言動に感心し、彼がこのように大胆な行動を見せたことに強い興味を感じた。そのような言動は自分にはとても不可能なことで、幾分妬みのようなものさえ感じたほどだ。同時に、予想外なことに、その場から彼をたたきだしてやりたいような気持になった。
ひとしきり弁舌を終えると、T君は舞台から引き下がった。引き下がってからも、講堂の端の筋を行き来して、しきりに何か叫んでいた。その姿は普段では考えられないほど大きく見え、室内がいかにも狭いという感じだった。
以前、クラスでちょっと言葉を交わしたことがあったため、ぼくは彼にそれなりの親しみを感じていた。そのとき彼は、女には不自由しない、という話をした。女たちが常に周囲にいる環境に育ったために、女に対して恥ずかしいとか、憧れるとかいうような、面倒くさい感情をもっていない、と彼はいった。金もうけや商売やビジネスのことにしか興味がない、文学や芸術、あるいは学問や思想といったことには全然関心がもてない、とも彼は言った。たまたま吹き荒れた紛争の嵐によって、彼の隠れた本性が目を覚まし、彼はいま激流のなかで興奮に酔っているのだ。ぼくなどのいる場所から飛び離れた別の平面、近寄ることができない位相まで彼は行ってしまっているのだ。そんなふうにぼくは感じた。
T君の次にYYY派の青年が演壇に立った。青年は力強い明確な調子で、理路整然と、自分たちの立場と考えを訴えた。
「暴力を実力で阻止し、MMM大学を暴力から守ろう!」
見事な弁舌で、こんなすばらしい弁論能力をもった人間がいるという点に、とりわけぼくは感心させられた。
おおかたの学生たちはもちろん学園封鎖など望んでいないようすである。人々は勝手に関係のないことをしゃべりあっては陽気に笑ったりしていて、舞台で繰りひろげられる弁舌を真剣に聞いているのではない人たちも多いようだった。けれども全体としては非常に緊張感があって、面白い見ものだった。
 そのあと再びT君が舞台へ上がって叫んだ。
「各大学から続々と武装学生が応援にきているんだ。後で後悔するな!」
 そんな捨てぜりふを残して、T君は講堂から外へ飛び出していった。まもなく彼は角材を手にもってもどってきた。
「封鎖賛成の人は外に出てください!」と彼は言った。「学外からの応援隊がまもなく突入します! 封鎖賛成の人は今すぐに外に出てください!」
彼は同じ文句を三度か四度繰り返してから、また出ていった。十数人か数十人かの学生がいっしょに外に出たようだった。いったい何をしようというのだ。講堂内に残った者たちを敵と見なして襲撃しようというのか。動揺が場内に広がったように感じられた。殴り込もうというのならやってみろ、とぼくは思った。それは自分ながら予想外の反応だった。ただその場の状況やT君の言動に刺激された結果で、何かの考えや信念から出たのではなかった。刺激を受けると、人はこんなふうになることもあるのだ。
翌日の新聞報道で知ったことだが、その間に外では大変なことが起こっていたのだった。
大学正門のところに学生や大学職員によってバリケードが築かれ、学生証の提示がなければ構内に入れないように検問が行われていた。ヘルメットに角材で武装した他大学からの応援学生たちが、正門から繰り返し突入しようとした。もちろん、内部から彼らの侵入を助ける一派もいる。一度はバリケードが破られて一〇人ばかりが構内へなだれ込んだ。けれども学内の学生たちに取り囲まれてすぐさま追い出された。彼らはいったん引き上げたものの、今度は石を拾ってきて投げ入れた。赤ん坊の頭くらいの大きさの石もあったようで、かなりの数のけが人が出た。学生や職員があちらこちらで頭をかかえ血を流してうずくまった。二〇〇人くらいのけが人が出て、重傷者もあった模様だ。
彼らは大きな石をためらわずに敵方の学生たちに投げつけ、棒で頭を殴る。なかには野球のバットで殴るのもいる。ときの勢いに乗って、彼らは闘争の手段としてそのような行為を自分たちに許していたのだった。
夕方、ぼくが友人と別れて、バリケード防衛学生たちの陣取る正門のところまで来たときには、騒ぎがひとまず収まっていたのだろう。人々はバリケードをさらに強化するために板切れや机や椅子などを運んでいた。
アルバイトがあったので、ぼくは学外へ出た。ひどく興奮していた。アルバイトが終わってからぜひまた見に来ようと考えた。しかしアルバイトがおわったころには、冷静になっていて、けっきょくそのまま下宿に帰ることになった。

                 
      3 

 生活費を切りつめるために自炊していた。
 自炊といっても料理というほどのものは何もつくらない。電気釜で飯を炊くほかは、ずっとまえに質屋で買った古い電熱器で、たまご焼きかみそ汁をつくる。あるいはソーメンをゆでる。たまにはピーマンやなすびを焼く。あとは納豆、カツオ節、とろろ昆布など、手間をかけずに即席で食べられるものを買ってきて食べる。そんなていどのものだった。

 今の下宿に移ったのは二か月ほど前のことだった。

 大学を卒業したばかりで、定職につくことも考えずに、アルバイトで食いつないでいた。
 折悪しく学内を吹き荒れた嵐のあおりで、大学院へ進むための試験を受け損なったのだ。
 その年は例年になく大学院への門戸が広く開かれていた。大学側は卒業論文のかわりにレポート提出で卒業OKという方針を打ち出していた。

 過激派学生たちは大学解体を叫んで、レポートを提出しないように、また大学院へ進むための試験をボイコットするようにとわれわれに呼びかけていた。
 大学当局はもちろん試験を強行した。

 ぼくは当局にも過激派にも気を遣う立場にはなかったが、当然のこととしてレポートを提出し、大学院入学の試験を受けに行った。
 ぼくが大学院を希望したのは、研究や学問をしたかったからではなく、とりあえず就職を先延ばしにしようと思ったからだった。同期の人たちがどこそこの会社に就職したとかいう話をちらほら聞いていたが、ぼくはのんきにも就職という現実的な考えから自分を遠ざけていた。

 試験を阻止しようとする学生たちが気勢をあげる中を、ぼくらは試験場に入っていった。が、そこでハプニングが起こった。

 当局側が機動隊を導入して、反対派の学生を強制排除したとき、いっしょに試験を受けにきたぼくの友人がまちがえられて連れ去られた。
 それを目の前に見たぼくは試験場へ入らずに家に帰った。
 不本意であるが、そうするほかないと思ったのだ。
 あとでその友人にきくと、彼は試験を受けたそうである。ただ、試験場にぼくの姿がなかったので、彼は試験を受けながら大学院へ行くのをやめる決心をした。ぼくはぜひ大学院へ行くべきだと彼に何度もすすめた。けれども彼はまもなく東京の某会社に就職してしまった。

 ぼくは大学を卒業したまま所属先を失ってしまい、、学生アパートを出なくてはならないハメに追い込まれた。
 その年卒業を見合わせた別の友人が、ぼくのために大学から下宿の紹介状をとってきてくれた。ぼくは紹介状をもって新しい下宿先を訪問した。
 ひどく格安の部屋で、ぼくにぴったりという気がした。古びた木戸口から質素な和服姿で丸髷を結ったばあさんが出てきた。ぼくは紹介状を見せた。

「よくおいでくださいました」とばあさんはぼくに言った。「ありがとうございます」
「それには繁林茂男と書いてありますが、実はぼくは森田といいます」
 ぼくは事情を説明した。
「あ、そうですか。かまいませんよ」とばあさんはにこやかな顔を見せながらいった。「なにしろこちらとしても、長く空き部屋にしておくのはもったいないですからね。いえ、生活のうえでも助かります。ありがとうございます」

 古い木造の町家で、二階は屋根裏のような和室が二部屋、その一部屋がぼくの新しい住処だった。なるほどかなり古びて傷(いた)んでいる。窓の外には大きな看板の残骸が取り付けられたままになって、視界をさえぎっている。
 けれどもぼくは、値段さえ安ければ、部屋についてとくに注文はなかった。たとえ洞窟のように窓がなく粗壁であったとしても、床が粗製のコンクリートであったとしても、それもまた牢獄のようでおもしろい、と常々友人にも語っていたところだった。

      4

 昨日炊いた飯が残っていた。
 きょうもまたタマゴ焼きでいこうか、ミソ汁はどうしようか、と思案した。
 タマゴ焼きはぼくの十八番で、味の素を少し多めに入れると、とてもいい味にしあがるのだ。

 部屋は畳敷きで、端に押入があった。押入の前が少しばかり板敷きになっていて、ぼくはそこに電熱器をおいて、簡単な煮炊きをした。水は階下へもらいにいく。包丁とまな板は婆さんが使っているのを借りる。ぼくの炊事が電気代を消費すること、畳を汚すおそれがあることに、ばあさんは不安をもっているのではないかと、ぼくはいつも気にしていた。

 タマゴを割って溶いていると、下の階で、婆さんと息子らしい男が言い争う声が聞こえた。男がばあさんに対して乱暴で横柄な口のきき方をし、ばあさんはばあさんで、それに対して自分の思うところを言い立てているようすである。

 男は一〇日ほど前から階下に住むようになっていて、ばあさんの質素な一人暮らしをおびやかしているようにみえた。三〇才を過ぎているか、あるいは四〇才にもなるのだろうか、と思われる小柄な男だ。事情があって一時的に居候しているのだろうか、そのうちにまた出ていくのだろうか。
 どうやら男は仕事をしていないらしい。昼間ずっと家に寝ころんでいて、夕方になると外に出ていくようである。

 階下は四部屋ほどあって、ばあさんが居間と奥の寝室を使っているらしい。
 男はたいてい四畳半の部屋で寝ていて、簡単な荷もつやテレビが置いてあった。
 もう一つの部屋は物置にでもなっているのか、ふだん使っているようではなかった。男が寝ている部屋は、二階から降りてきたとき通り抜ける通路にもなっていて、男が常時そこにいることは、ぼくにとっても男にとっても居心地よいものではなかった。

 つい先日、階下へ降りていくと、男は業者らしい人と話していた。ペンキ屋か看板業者かといった人だったのだろう。
「看板を修理するからちょっと二階を見せてもらうよ」と男がぼくにいった。
「看板?」
「うん、電機店の看板」

 二階のぼくの部屋の窓からは、すぐ下方に屋根瓦が見えた。瓦の上に古びた構造物が乗っかっていて、視界をさえぎっていた。それさえなければ屋根越しに街路を行き交う人びとの様子を見ることができるのに、とぼくはいつも思っていた。それは大きな看板で、そういえばたしか何とか電機店と書いてあった。すっかり塗装もはげ落ち、木の肌が露出して、意味もなくそこに存在している。今となっては障害物でしかない。あれがなければどんなにいいことか。

「ああ、看板」とぼくは常々思っていたことを何気なくいった。「あれはないほうがいいですね」

「ないほうがいいって」と男はいった。「勘弁してくださいよ。こちらにとっちゃあ商売道具なんだから」

 ある日ばあさんがぼくに話してくれたところによると、この家の権利は自分にあるのだが、あの男がその権利を奪って、彼女を家から追い出そうとたくらんでいる、という。
 裁判に訴えたらいいのだけれども、かわいそうだし何とかよい人になってくれないかと我慢している。それに裁判といってもそんな費用は自分にはとても用意できない…

 事態はかなり深刻らしい。倹約しながらかろうじて送れていたばあさんの質素な生活が、突然帰ってきた息子のために、脅かされようとしている、ということらしい。よくはわからないが、ぼくはそんなふうに想像した。

 別のときばあさんはこんなこともいった。

 男はばあさんを家から追い出して、妻を呼び寄せるつもりなのだ。妻の実家から費用を出してもらって、電機店をはじめるのだ。以前にも彼はここで電機店を営んでいたものらしい。商売がうまくいかなかったからか、彼が病気で入院したからか、店は閉鎖され、妻は子どもを連れて実家へ帰ってしまった、ということらしい。

 ばあさんによると、息子の妻とその実家の人たちは、彼を手先に使って、この家からばあさんを追い出そうとたくらんでいる。彼らは、彼を病院から出して、店をもたせてやるという希望をもたせて、この家に送り込んだのだ。彼は自分で店を経営することにはならず、嫁一家の思いのままに操られるだけだろう。嫁の実家は電機店を営んでいて、最近商売がうまくいかないのでこの家に目をつけるにいたったのだ。云々、云々…

 これがばあさんの話であるが、この話にもどこか妄想的なところがあるかもしれない気がぼくにはした。
 嫁と実家の人たちはなぜそんな悪辣なことをたくらむのか。?

 いずれにしても、男がこの家で電機店をやろうとしていて、ばあさんは反対している、という図は描ける。

 ばあさんが反対するのももっともかもしれない。

 今さらこんな場所で電機店をはじめても、成功するあてはない。どうにもできない借金を抱え込んで、身動きがとれない事態に落ちるのは目に見えている。男の方はというと、このまま仕事もなく無為で暮らしていくことはできない。彼に可能なのは、昔経験した電機店の経営しかない。二人がしばしば言い争っているのは、このことらしい、と、ぼくはぼくなりに事態を想い描くのだ。

 男の話を聞くと、別に悪い人とも思われないところもある。

 ひどく無邪気で子どもっぽい感じさえある。子犬を相手にじゃれていたり、廊下にすわって十円硬貨をいつまでももてあそんでいたり、鼻歌を歌ったり、どこか普通ではなく奇妙とも思われるところがあるが、話してみるとそうでもない。

 ただ、最近、彼がぼくにたいして露骨な嫌がらせのようなことを言うようになったのは、理解に苦しむところである。

 彼には奇妙に疑り深いような、執念深いようなところがあって、どうも精神が正常ではないのではないかと疑われるふしがある。たとえば階下から彼が大声でぼくの名前を呼ぶので、階段を下りていくと、彼は言った。「テレビの映りが悪いのはアンテナをいじっているのか」
前夜もバイトから帰ってトイレに行くと、入り口のところにちょうど彼の子犬がおいてあって、それがぼくの足に向かってほえかかってきた。その声を耳にして、彼は言った。「ほえているのは、犬に何か悪いことをしたのか」

 そのあとぼくが二階で寝ていると、彼がいきなりぼくの部屋へ入って来て言った。「犬の茶碗がなくなった。ここに隠しているのだろう」

 ぼくはタマゴ焼きを作ってから、みそ汁用の水を汲むために階下へ降りていった。男が来てから階下へ行くことがひどく煩わしく憂うつなことになっていた。できることなら階段を降りずにすませたかった。降りるときにはいつも、不快なことを覚悟して、何があっても無視しようと心を決めてかからなければならないのだ。

「たしか枕元に置いて寝たのに」と男がばあさんに言うのが聞こえた。そして彼は、ちょうど通りかかったぼくにわかるようにと考えたのだろう、もう一度内容を明確にして繰り返した。
「おかしいな。枕元に置いてあった金がなくなった。この家には泥棒が住んでいるのか」

 昨夜、ぼくは夜中と朝五時頃にトイレに降りた。彼が寝ている部屋を通らなければならないので、起こさないようにという思いから、そっと忍び足で歩いた。
 いったい彼は正気なのか。正気ならばこんな恥知らずで露骨な嫌がらせはできないだろう。
 ぼくは彼に対して不信感をもっていたので、あらかじめ考えていたとおりに、彼の言葉を無視して素通りした。隣の部屋にはばあさんがいた。
「木村君は下宿を出たんですか」とぼくはばあさんにたずねた。
「はい。そうなんですよ。きのう出ました」
「どこへ?」
「西野町だとおっしゃっていました。あなたは出ないでくださいよ。いま出られたらほんとうに困りますから」
 木村君というのは、もう一人いた下宿人で、おそらく同じような嫌がらせを受けたのだろう。ぼくとしてはもちろんここを出るつもりはない。出るといったって、転居のための経費が手元になかった。

 簡単に食事をすませ、外出するために階段を降りて、再び四畳半の部屋を通り抜けようとしたとき、男がまた言った。
「そこへ入ってはいかん」
ぼくはいぶかしく思いながら相手の顔を見た。
「裏口から出てくれ」
「え? 裏口から出るといったって」

 たしかに裏に戸口らしいものはあったが、ずっと締め切ったままだ。壊れそうな木戸には古い大きな錠前がぶらさがっていた。おそらく昔はずいぶん使われてもいたのだろう。が、それがいつの昔のことなのか、どんな人たちがどんなふうにそこを出入りしていたのか、ぼくには想像もつかなった。狭く家々が建て込んでいる一角のこと、裏から出るとよその家の裏口へ入ってしまうのではないかとぼくは単純に想像していた。

 また例のとおりだ、とぼくは思い、かまわずに男のそばをとおって、玄関へ出た。

 どうしてこんな嫌がらせをするのだろうか。街を歩きながらぼくは考えた。まちがいなくぼくを追い出そうとしているのだ。なにかまわない。ばあさんが出てくれというなら出てもいいが、男の思うツボにはまって、追い出されるのはシャクだ。かまわずに居坐ってやろう。それに何よりも自分が出たら、ばあさんが困るだろう。経済面でも安全面でも。

 それにしてもこの母と子の間柄はこの先どうなるのだろうか。息子の立場に立って考えると、彼があわれに思えないでもない。といって、ばあさんがこの状況をどうすることができただろうか。ぼくは男からひどい被害を受けた気になっているが、それも考えてみると、そこは彼の母親の家であり、部屋は男の住まいになっていたのだ。その住まいを無関係な他人が日々無神経に通り抜けるのは穏やかではないだろう。男が「そこを通るな」と言ったのも、たいへんもっともなことかもしれない。そうぼくは気づいた。

 
 
     5

 アルバイト先の料理店は、MMM大学のすぐ北がわにあった。
 夕方、店へ行くとき、ぼくは通常「大学前」で市バスを降りて、大学構内を南から北へ歩いて通り抜けた。

 その日南の正門から入ると、片手にステッキをもった小柄な老人がぼくに近づいてきた。

「ちょっといいですか」と老人はいった。
「北部出口まで手を引いていただけませんか。なにしろ学内が荒れていて危ないので。わたしは目が悪いんです」

 構内のあちらこちらに机、椅子、建築資材の破片、コンクリートの塊など、身元不明の品物が積まれていた。
 ショベルカー、ダンプカーなどの機械が精力的に活動していた。
 当局の苦渋の決断によって機動隊が導入され、占拠学生たちが排除された、その直後のことで、復旧に向かう作業が急ピッチで進んでいた。
 前の日、ぼくは友人にさそわれて、誰もいなくなった大学の建物を見物した。広い建物内は、部屋と部屋の区切りが取り払われてみごとなまでに空っぽだった。

 ぼくは老人の顔を見た。
 老人といっても、本当はまだ六〇才にもなっていないのかもしれない。
 白髪で、顔は小さくて、目は見開かれている。すり切れたようなよれよれの背広を着ていた。
 大学の先生なのだろうか。たぶんそうだ。でも目が悪いというのだから、今はもう現役ではないのだろうか。

「はい、どうぞ」
 ぼくは行きがかり上そう言って、その人の手をとった。

 この人がどういう人であるのかぼくには見当もつかなかったけれども、目が見えないというからにはたしかに困っているのだろう。そうであるのなら、この場だけはつきあって、危険な場所から脱出させてやるほかない。

 ぼくと老人は手をたずさえて歩き出した。
 目が不自由なひとのこと、歩行はきわめて遅々としていて、ぼくらは、切りはなすことの出来ないウサギとカメのセットのように、くっつきあって進んでいった。

「私は×××の○○○というテーマについて矢継ぎ早に論文を発表しました。それをまとめて著作も出しましたよ。かなり評判がよかったんです。評判がよかったために妬みも受けましてね。これでも私は△△教授よりもたくさん論文や著作を出しているんです。△△教授は、ご存じのとおり……」

 しゃべりながら彼はつばきをとばした。
 言葉は、ズズズという感じで、ひどく聞き取りにくい。おまけに話が一段落したかと思うまもなく、すぐまた次の言葉が切れ目なく続いてきて、当方がことばを差しはさむ余地がまるきりなかった。

「大学で同期だったひとたちは、たくさん戦争で死にましたよ」と彼はいった。「二〇人中一二人が死んでしまいました。あのころは死ぬなんてことは、とくに珍しいことではなく、ごく当たり前のことでしたがね。もちろん、彼らではなくて私が死んでいてもおかしくなかったんです」

「へえ?」とぼくはよくわからないながらに関心を示そうと、大きくうなずいてみせた。「そうなんですか。戦争は大変だったんでしょうね。失礼ですが、先生のご専門は何ですか?」

「さようです」と老人は、ぼくの言葉を耳に入れた様子もなく、彼自身の話を続けた。
「彼らは私の中で生き残っているんです。いや、私の中ではなく空中を浮遊しながら川のように流れていくのですが、流れながら私と繋がっているのです。というのも、生と死は一つの川を挟んであちらとこちらにあるというようなものではなくて、同じ空間の中に隣り合って存在するものですからね。… 長男の良平はよくできた子でしたが、MMM大学の大学院まで行って、自殺してしまいました。… 私のいとこの息子は大学を出てから、大阪の工場に勤めて、結婚もしていましたが、病気になって奥さんと別れ、実家に帰ってきました。幼い子どもが二人いて、長兄の一家が面倒をみていましたが、何しろおばあちゃんが彼らを可哀想に思って、ねだられるままに小遣いを与えて甘やかしたものですから、中学校にも行かずに悪い友だちと遊び回るようになって、どうしようもない子になってしまいましてね。おばあちゃんが動けなくなって老人ホームに入ると、子どもたちは家の金を盗むようになりました。注意しても、口答えしてののしり返すしまつです。長兄の嫁は、次第に年をとって、最近頭も働かなくなってきているのですが、子どもたちを目の敵のようにして、ことあるごとにののしって、出ていけ、出ていけ、というのです。彼女の夫、つまり子どもたちの伯父は、戦争で流れ弾にあたった後遺症で、入院したり退院したりを繰り返しています。なにしろ状態が悪いときには、苦しんで暴れ回って、手に負えなくなるのですからね」

 話っぷりや顔つきからすると、彼は知識人らしい印象で、自立した頭脳をもっているように見えた。
 しかし、明らかにどうも普通でないところがある。
 いちおうまともなことを言っているらしいし、まともなことしか言っていないらしい。
 しかし、やはりどこか奇妙だった。初対面のぼくのような若造に対して、いきなり込み入った個人的な話をはじめ、しかも相手の応答をまったく考慮せずに際限なくしゃべり続けるのだ。

「私は最近よくこんなことを思うのですよ」と彼はいった。
「もし私があの連続路上殺人魔の身に生まれたなら、どうなっただろうか、と。赤ん坊の時から彼と同じ遺伝子、同じ性格傾向を賦与されて、同じような環境の中で育ち、同じような経験をしながら生活する。つまり私は今のこの私ではなくて、彼という人間としてこの世に生存を受けるんですね。今の私が私であるのは、偶然にすぎない。事情によって、私は、〈彼として〉〈彼という人間の内部に〉生まれえたかもしれない。彼自身は彼という人間としてこの世に生まれついたのだけれども、それは彼が自分で選んだものではない。ということは、私も彼でありえたかもしれないのだ。もし私が彼であったなら、彼と同じことをするはめに落ちたかもしれない。つまり私と彼の違いは何なんだろうか?…」

「私はまたこんなこともよく想像するんですよ」と彼の話は切れ目なくさらに次へと続いていった。
「もし今この場所がヴェトナムのある村の一角であったならどうだろう。もしそうであったなら、ここを行き交う人たちは今とはずいぶん違った様相で見えるんじゃないだろうか。日常的に空からバラまかれるれる殺人兵器や毒薬の下で、恐怖と悲惨に見舞われながら、人々はどんなことを思い、どんなふうに振る舞い、どんなふうに生きるのだろうか。いまこの街角にいる男たちは銃をもって人を殺しに行かなければならないかもしれないし、幼い子どもを抱える女たちは、髪を振り乱し、形相を変えて生きていかなければならないかもしれない…」

 こんなふうに彼は終わりなく延々と話しつづけた。
 大学構内を通り抜けて北門のところまできても、いっこうに話しやめる気配がなかった。

 われわれはとうとう北門を過ぎて、さらに街路を東から西に向けて歩きはじめた。
 そちらはぼくの行き先とは逆方向だった。ぼくは立ちどまり、彼も立ちどまった。立ちどまったまま彼はなおしゃべりつづけた。アルバイトがあるからここで… とぼくは言おうとした。でも、いったいこの先彼はどうやって家に帰り着くのだろうか…

 ようやく彼を振りきってアルバイト先の料理店に着いたときには、四〇分余りも遅刻していた。 


                   (完)


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